だ、だまされたー!
フィルとリタは、繋いだ手を振りながら森を歩く。木々の陰になって少し肌寒い森の中、リタは先ほどの絵本のストーリーをフィルに話していた。
「それで、その女の子はお菓子の家をちょっとずつ食べるんだよ」
「なんで食べちゃうのー? その子のお家なんでしょー?」
「フィルだってお菓子の家に行ったら食べるでしょ?」
そう問われたフィルはハッとした。丸くなった目を細めてケラケラと笑う。
「食べるねー」
「でしょ?
それから女の子は魔女が帰ってくるのをジッと待つの。すぐには来てくれなくて、毎日毎日お菓子を食べて過ごすんだよ」
「うん、それでそれでー?」
続きが気になるフィルは足を止めて、リタの手をギュッと握りなおした。リタはうーん、と少し考えてニヤリと笑って続きを話し始める。
「それで、女の子は魔女が帰ってくる前に虫歯になるの。その虫歯が痛くて泣いちゃうんだけど——」
「う、うそだー! あの本にそんな絵なかったもん!」
リタの話を遮って、フィルは静かな森に響く声でそう言った。ムッと頰を膨らませ、不機嫌そうな目でリタを見つめる。
「あ、バレた?」
「もー、なんで嘘の話するのー」
楽しそうに笑うリタの背中のリュックを叩き、フィルは再び歩き出した。もう森の出口が見え始めている。
「フィルも虫歯に気をつけてね、って伝えたくて」
「歯磨きはしてるもーん!」
「……私が、ね?」
自信満々で胸を張ったフィルは、リタの言葉にエヘッと誤魔化すように笑った。
歯磨きをしている、なんて胸を張ったフィルはソファに寝転んで口を開けているだけだ。シャカシャカと歯ブラシを動かすのはリタの仕事。
「まーまー! で、ほんとーの話は?」
「本当はね……あ、まずはこっちに行くよ」
「はーい!」
ようやく森を抜けた二人は、人通りの多い道を歩く。リタは本当に絵本に描かれているストーリを話した。フィルは甘いお菓子のたくさん出てくる話にキラキラと目を輝かせた。時にじゅるりとよだれを垂らしては、手でぬぐう。
フィルはそんな話を聞きながら、リタに手を引かれるがままに歩いていた。だから、リタが向かっている店に気づかなかった。
リタが一軒の店の前で立ち止まり、重い木の扉を開ける。着いたんだ、とだけ思ったフィルは、そこがなんの店だかもわからずに一歩踏み入れた。
「いらっしゃいませ!」
店員はそう言って頭を下げる。その動きに、綺麗な長い耳が垂れ下がった。
「だ、だまされたー!」
「人聞きが悪いよ……」
ようやくここが服屋だと気付いたフィルは、リタをキッと睨む。いや、睨んでいるつもりなのだろうが、全く睨めていない。ただジッと見つめるだけのフィルに、リタは小首を傾げた。
「ごゆっくりご覧くださいませ」
そう言って別の客の接客に向かった店員に背を向け、フィルはしょんぼりと眉を下げる。
「うそつきー」
繋いでいた手をほどき、ペチペチと優しくリタの肩を叩いて、フィルはそう抗議する。
「お菓子の家つくるって言ったのにー」
「ちゃんとこの後買いに行くから、ね」
フィルの叩く手を掴み、リタは優しくそう言った。だって仕方がないじゃないか。きっとすぐに本格的に寒くなる。フィルには袖の短いワンピースしかないのだ。
「絶対だよー?」
フィルがあまりにも怪しむような目で見るので、リタは苦笑いでフィルの頭を撫でた。
少し落ち着いたフィルと手を再び繋ぎ、リタは店内を見て回る。始めてフィルと一緒に来た時とはガラリと変わり、防寒に適した物がかなり増えてきているのがわかった。
「ほら、これとか似合うんじゃない?」
白、黒、グレーの太い三色のラインが入ったニットを手に取ってそう尋ねる。長袖のワンピースもきっとあるのだろうが、リタは敢えてこちらを選んだ。
「なんでもいー」
「えー、じゃあこれ買うからね」
少しだけ見たフィルは、フイッと視線を逸らして興味なさげに答える。リタが横から顔を覗き込むと、未だに頰を少し膨らませていた。ポンとフィルの頭に手を乗せ、再びリタは店内を歩き始める。
「コートは……ね、これ可愛いよね?」
「そー?」
「うん、私も買おうかなー」
ポンチョの様な裾の広がったブラウンのコートを手に取り、リタは楽しそうに笑う。リュックを下ろして羽織って見せ、鏡の前でくるりと回った。その可愛いシルエットに満足したリタは、そのコートを買うことを決めて今度はフィルに尋ねる。
「フィルはどれがいい?」
「どれでもいー」
再び興味なさげに答えたフィルだったが、目線がリタの手元に注がれている。リタが試しに手に持ったコートを揺らすと、リタの視線に気付いたフィルはプイッとそっぽを向いた。
「んー、じゃあお揃いにしよっか!」
フィルの意図を汲み取ったリタは、嬉しそうにそう言ってもう一着を手に取った。フィルに羽織らせてみて、サイズが合っているか確認する。
「リ、リタが決めたならそれでいーよ!」
「うん、私が決めたからお揃いで着ようね」
無言でコクリと頷いたフィルの頭を、リタは再びわしゃわしゃと撫でた。
「よし、今度こそお菓子の家の材料を買おう!」
「ほんとー?」
コートの後もしばらく店内を回らされたフィルは、疑惑の目でリタを見る。リタの背負うリュックは、二人の服ですでにパンパンだ。
「ほんとほんと」
「じゃー、お菓子の家の材料を買いに行こー!」
リタはフィルの手をギュッと握る。その手に主導権取らせないよう、フィルは先に一歩を踏み出した。




