作ろうよ、お菓子の家!
「……おはよー」
ふぁあ、と大きなあくびをしたフィルは、眠たげな目をこすりながらリビングに入っていく。ベッドが新しくなってから昨日までの二日間、いつもよりぐっすり眠ったフィルが起きたのは、いつもよりほんの少し遅い時間だった。
しかし今日は違った。お腹が鳴って目が覚めたフィルは、いつもよりずっと早くベッドから出たのだった。
「……あれ、リター?」
自然な動作で椅子に座ったフィルだったが、周りにリタがいないことに気付いてキョロキョロと部屋を見回す。がらんとした部屋の中で、フィルは呆然とした。今の状況を理解しようと眠たい頭を回転させてみる。
「リ、リター……」
フィルの眠たげな目からじんわりと涙がにじみだす。いっぱいまで溜まった涙が頰を流れそうになった時、玄関のドアが開く音がした。
「あれ、もう起きてたの?」
「リター!」
「わ、どうしたの? 怖い夢見たの?」
リタは、涙を拭って抱きつくフィルの頭を撫でる。フィルはリタの肩口にグリグリと頭を擦り付けるように首を横に振った。状況が飲み込めないリタだったが、ハッと思い出して手に持っている物をフィルに見せた。
「ほら、見て。倉庫にあった絵本、出してきたんだ」
「えほんー?」
「フィル、私の本棚の本の挿絵しか見てないでしょ」
きょとんとしているフィルに、リタは少し埃のかぶった絵本を一冊渡した。受け取ったフィルはパラパラとめくる。全ページカラフルなイラストが描かれていて、フィルは目を輝かせた。
「ありがとー!」
「ちょ、綺麗じゃないから抱きしめないで!」
フィルがギュッと抱きしめた絵本を取り上げ、リタは玄関を開けてかぶった埃を払う。全部で五冊、埃を払い終わるまで隣でジッと見ていたフィルのお腹がぐーっと鳴った。
「あ、ご飯食べるよね」
「食べるー!」
綺麗になった絵本を抱きしめてリビングに駆け出したフィルを見て、リタはギクリとした。慌てて部屋に戻ってフィルの服を取り出し、椅子に座って待っているフィルに被せた。
「気付かなかった私も悪いよね……」
「んー、なにー?」
自ら袖から腕を出したフィルは、ため息をついたリタに不思議そうな目を向ける。あまりに自然なことで、リタも気付かなかったのだ。
「リタ、どーしたの?」
「いや、なんでもない。パンの準備するから待ってね」
リタはきちんと服を着たフィルの頭を撫で、リタはキッチンへ立った。箱に入った数種類のパンの中から、フィルが好きな物を皿に乗せて運ぶ。
「いただきまーす」
もぐもぐ、と食べ始めたフィルを確認して、リタは再びキッチンに戻ってミルクを注いだ。
「はい、どうぞ」
「ありがとー」
マグカップを傾けると、ごくごく、とフィルの喉が鳴る。ぷはっ、と息を吐いてマグカップを置くと、唇の上にミルクが少し付いていた。それがわかっていたのか、フィルはペロリと舌を出して舐めとった。
「ねー、この絵本リタが子供のとき読んでたのー?」
パンを片手に、テーブルに本を広げてフィルはそう問う。真剣な目で絵本を見ているようだが、きっと文字は全く読んでいない。
「そうだよ。本棚に入らないから倉庫にしまってあったんだよね」
「見て、これ!」
リタの返事を遮り、フィルは本を立てて見せる。その絵本は、リタの子供の時のお気に入りだった。懐かしいな、と思っていたリタにフィルは思いもよらない言葉をかけた。
「これ、リタも作れるー?」
つんつん、とイラストを指差すフィルの目はキラキラと輝いている。あまりの眩しい笑顔に、リタは言葉を詰まらせた。
「ねーねー」
「えーっと、それはちょっと難しいかなー……?」
そう言ったリタは改めて絵本を見た。そこには、お菓子でできた大きな家が描かれているのだ。壁はクッキー、屋根はチョコレート、その上から細かい砂糖が振りかけられている。他のページでは家の中まで描かれているのだが、それはそれは様々なお菓子が使われているのだ。
「えー、じゃあクレアならできるかなー?」
「うーん、どうだろうね」
魔法ならどうにかなるのかもしれない、と思ったリタに、ハッと一つのアイデアが浮かんだ。
「大きなお家はできないけど、小さいのならできるかも!」
「ほんとー?」
パタン、と絵本を閉じて、フィルは手に持ったパンを一気に口に放り込む。
「落ち着いて食べなよ」
「ほんほいつくえうのー?」
「うん、たぶんね」
ごくんっ、と飲み込んだフィルは、より一層目を輝かせて立ち上がった。お菓子の家の絵本を抱きしめ、右手を握って高く上げる。
「よし、作ろー! おー!」
「おー!」
リタがそれに従うと、フィルは満足そうに頷いた。キラキラと目を輝かせてテーブルに身を乗り出す。
「で、どーすればいいの?」
「えーっと、まずは買い物かな」
お菓子の材料を買わなくちゃ、と答えたリタに、フィルはさっきまでの興奮を失って椅子に座った。ベターっとテーブルに腕を伸ばし、頬をつける。
「えー、めんどくさーい」
目の輝きも消え、完全にいつも通りの面倒くさがりなフィルに戻った。ふぁあ、とあくびをして、目をつぶりかける。しかし、やる気が出ていたリタがフィルの腕を掴んだ。
「作ろうよ、お菓子の家!」
「んー、そのうちねー」
「買い物も行こう!」
リタはすばやくテーブルの上の皿とマグカップをキッチンに下る。リュックを用意して、薄手の上着を詰めた。
「この前行ったところでご飯食べよう?」
リタが駄目押しでそう言うと、フィルは閉じていた目をカッと開いた。テーブルに突っ伏していた体も起こして、笑顔になる。
「行くー! お菓子の家、作ろー!」
リュックを背負ったリタの手を掴み、一気にやる気の戻ったフィルは玄関へ駆け出した。




