ふかふかであったかい
青い光と共にリタの自宅前に運ばれた三人は、ゆっくりと目を開いた。家具屋の少女は、フィルに掴まれたままの手首をジッと見てあわあわとしている。
「あ、あの、すみませんお客様……」
少女は掴まれていない方の腕をせわしなく上下させてやんわりとそう言うが、伝わっていない様子だ。フィルは眠そうな目で、バタバタしている少女を見て首を傾げた。
「フィル、手はもう放して」
「あー、ごめんねー」
フィルが手を離すと、少女は大げさにホッとした表情を見せる。フィルは空いた手でリタの手とつなぎ、ふぁあ、と大きくあくびをした。コロコロと表情の変わる少女に、リタはなんだか微笑ましくなって頭を撫でようと無意識に手を伸ばす。
「あ、あの! こちらがご自宅でしょうか?」
少女は自分に伸ばされたリタの手を不思議そうに見つめた後、そう言って目の前の家を示しめす。ハッとしたリタは慌てて大きく頷いた。
「は、はい! ど、どうぞ、お入りください」
「それでは、お邪魔します!」
「えーっと、このベッドはこちらで引き取らせていただいても?」
リタの部屋のベッドを目の前に、少女はそう言った。
「はい、お願いします」
「枕やお布団はどうなさいますか?」
「あ、じゃあ枕だけ置いておきます」
「では……!」
リタはベッドから枕だけをテーブルに避けて、少女にあけ渡した。少女は背負っていた大きなリュックを地面に下ろして、ベッドに手をかざす。先ほど見た魔法でポンッと小さくなったベッドのおかげで、部屋がとても広く感じられた。
「持ち帰らせていただきますね!」
「わ、わたしのベッドがー」
「す、すみません!」
小さくなったベッドを手のひらに乗せる少女を見て、フィルは瞳を潤ませる。そんなフィルに勢いよく頭を下げた少女が不憫になったリタは、小さくため息をついた。
「フィルのことは無視していいですよ……」
「あ、えと、これは持ち帰らせていただいても……?」
「はい、うちにベッドを二つ置いても意味がないので」
リタがそう言うと、フィルはつないでいる手を強く引く。未だに瞳に潤ませている。
「わたしが使うー」
「そんなにこのベッドに愛着あったっけ?」
「ねむいからー」
ふあ、と大きくあくびをすると、瞳に溜まった涙が溢れた。潤んでいるように見えたのは、あくびを連続したせいのようだ。
「あの、えっと、すぐに新しいベッドを準備いたしますね!」
フィルの言葉に少女は慌ててリュックを漁り、丁寧にラッピングされたベッドを取り出した。包まれてから十分程で剥かれたラッピングを見て、リタは首を傾げた。包んでいるときも思ったけど、このラッピングになんの意味があったのだろうか、と。
「場所はこちらで構いませんか?」
「大きさは大丈夫ですか?」
「はい! 問題ないと思われます!」
ポンッと今度は大きくなったベッドは、少女の見立て通り部屋にぴったりの大きさだった。真っ白な新品のシーツが、窓から射す日の光を反射して部屋を明るくした気がした。
「だーいぶっ!」
ぼーっと見とれていたリタをよそに、フィルはテーブルの上の枕を掴んで真新しいベッドに飛び込んだ。
「こら、フィル!」
「ふかふか……」
その一言を残して、フィルはベッドに吸い込まれるように眠りについた。リタと少女はそんなフィルを呆然と見つめた後、目を合わせて笑った。
「あ、そうでした、お客様!」
ひとしきり笑ったあと、少女はリュックの中から書類を一枚取り出してペンと一緒にリタに押し付ける。
「最後にサインをお願いいたします!」
にっこりと満面の笑みの少女は、書類の一番下を指差した。リタは紙をテーブルに置いて丁寧に受け取りのサインをして返した。
寝てしまったフィルを部屋に残して、リタと少女は玄関を出た。少女は素早く魔法陣を描いた後、辺りを見回して満足そうに頷いた。
「ここは自然がいっぱいでいいですね! いつからこちらにお住まいなんですか?」
「あ、えっとー、私は魔族ではないので産まれた時から、ですかね?」
やはり勘違いされていたか、とリタは頭をかいてそう答える。その答えに、少女は目を白黒させた。なんと言おうか迷っているように口をパクパクさせ、ようやく出た言葉は「え」の一文字だけだった。
「まあ、いろいろありまして」
というより魔族がこっちに移住できるのか、という疑問を頭の隅に追いやり、リタは再び頭をかいた。少女は少しの間ぼんやりと口を開けたまま固まっていたが、突然パッと目を輝かせてリタの手を握った。
「そうでしたか! うちの店創業以来、初の異国のお客様だったのですね!」
すごい、すごい、と嬉しそうに呟く少女は、リタの手を勢いよく上下に振る。力強いその振りにリタはされるがままだ。
「はっ、そろそろ帰らなければ! では、お買い上げありがとうございました!」
リタの手を離して深く頭を下げた少女の背中から、大量の書類が雪崩のように落ちる。
「うわわわ、すみませんっ!」
涙目で慌てて書類をかき集める少女を手伝い、リタは小さく笑った。
「改めまして、お買い上げありがとうございました! また何かあった際にはお越しください!」
リュックに書類を詰めると、今度は小さく頭を下げて笑顔で魔法陣に乗った。村じゅうが青に染まり、少女は姿を消した。
一人になったリタは早足で部屋に戻る。フィルが幸せそうに寝ているベッドを見て、頬が緩んだ。ど真ん中を大の字で占領しているフィルのせいで、広いはずのベッドは少し狭い。しかし、リタは構わずに空いたスペースに体を滑り込ませた。
「狭い……でも、ふかふかであったかい……」
小さく丸まったリタはそう呟いて目を閉じる。空はそろそろオレンジに染まり始める頃だ。昼寝には遅く、次の日まで寝るには早い。ちょっと目を閉じるだけ、と思ったリタだったが、しばらくすると夢の中へと誘われた。




