魔王家御用達の家具店です!
「ねー、さっきからおんなじ所ぐるぐるしてないー?」
疲れた、と目線で伝えるフィルは、地面に座り込んでリタを見上げた。リタは、手に持った地図と周りの建物をしきりに見比べている。
「そ、そんなことないよ! もうつくよ……たぶん」
「さっきも、もーすぐつくって言ってたー」
ムッと頰を膨らませたままのフィルは、立ち上がる気もないらしい。リタが手元の地図に目を奪われているうちに、膝を抱え込んで丸くなった。
「ほら、次の角を右だよ。
……えっと、いまここだから、次も右?
……あれ、やっぱり今ここ? じゃあ次は右で
……お城が見えるから、右に曲がって……到着!」
ペラペラと一人で話しながら歩いたリタは、四回右に曲がって元の位置に戻ってくる。その間フィルは一歩も動いておらず、ずっとその場に座り込んでいた。
「ほらー、ぐるぐる回ってるだけじゃーん」
フィルが自分の後ろを着いてきていたと信じていたので、リタはその言葉に首をかしげる。
「でも着いたよ」
「んー、知ってるー」
フィルは気づいていた。自分が座り込んでいた目の前が目的の家具屋だったと。そんなこととはつゆ知らず、リタはドアを勢いよく開ける。ドアについたベルが大きく鳴った。
「すみませーん」
「ふぁあ、誰もいないんじゃないのー?」
リタの迷子に付き合わされたフィルは、店内に並ぶベッドにフラフラと近寄っていく。そのまま倒れ込み、子どものように丸くなった。
「あのー、すみませーん」
「は、はーい! ぅわっと!」
何かがぶつかる音と同時に現れたのは、リタの目線の高さほどの小さな少女だった。手には前が見えないほどの書類を抱え、展示されている家具にぶつかりながらリタの元へ駆け寄ってきた。
「大丈夫ですか?」
「は、はい、ご心配なく!」
抱えた書類をテーブルに慌てておろし、リタに笑顔を見せる。健康的な褐色の肌が、彼女の元気さを表しているようだ。
「いらっしゃいませ、魔王家御用達の家具店です! 何をお探しですか?」
「これなんですけ——」
「あ、すみません、お客様! ただいま店主が外出中でして……」
リタが引き換え券を渡そうとすると、少女は慌てて言葉を遮った。明るい笑顔から一転、申し訳なさそうな顔で頭をさげる。
「あの、注文していたベッドを受け取りに来たんですけど……また今度の方がいいですか?」
「そうでしたか! いえ、すぐに確認してまいります!」
少女は再び明るい顔になり、バタバタと奥へ戻っていった。奥から何かが落ちる音がして、リタは苦笑いをした。
「あのー、この券はいらないんですか?」
リタが店の奥に問いかけると、少女が何かにぶつかりながら飛び出してくる。
「すみません、お客様! これがないとわかりませんでした!」
「あ、いえ……お気をつけて」
リタの引き換え券を受け取り、再び店の奥へ。奥から聞こえる音に心配になったリタは、できるだけ聞かないように、と店内のフィルに目を向けた。フィルは脱いだ靴を丁寧に並べ、大きなベッドの真ん中に丸まっている。
「フィル、売り物で寝ちゃだめだよ」
「んー、このベッドふかふかできもちいー」
きゃっきゃと笑い、フィルは体を弾ませる。
「お待たせいたしました! ご注文のベッドは奥にご用意しております!」
なぜか汗だくな少女は、再び書類を抱えて戻ってきた。リタを店の奥へ案内し、そこに並んでいるベッドの一つを指差した。
「こちらで間違いないでしょうか?」
「えっと、はい、たぶん?」
「ふむふむ、お支払いは済んでいますね……」
手元の書類をめくり、少女は頷く。
一方のリタは、少女が指差したベッドに驚いていた。大きさは今の物の一点五倍ほど。脚とヘッドボードに細かい彫刻が施され、すごく高そうなのだ。
「では、配達だけでしたら私が承ります! ご自宅はどちらですか?」
少女の問いに、リタは口をつぐんだ。両親がどこまで話しているのかもわからない。"どこへでも届けます!"とは書いてあったが、国外も含まれるのだろうか。
「あの、お客様?」
「すみません、話すと長くなるんですが……この国の外に宅配して頂くことは可能ですか?」
「えっと、えーっと……あのー、向こうにお住まいなんですか?」
口ごもりながらも、少女はそう尋ねた。リタはこくんと無言で頷く。やっぱり無理なのだろうか、それならどうやって持って帰ろう、と頭をぐるぐるしていたリタに、少女は腕を組んで考えだした。
「あー、うーん……えーっとー、だ、大丈夫です! お任せください!」
少女はそう言ってドンと胸を叩き、咳き込んだ。クレアさんなら何とかしてくれるだろう、と頭の中で適当な結論をつけていたリタは、少女の返事に一拍遅れて反応した。
「……本当ですか?」
「げほっ、け、経験はありませんが、大丈夫かと!」
けほけほ、と苦しそうに咳をした後、得意げに胸を張る。
「では、少々お待ちください!」
そう言った少女はベッドに手をかざし、目を閉じて眉間にしわを寄せた。すると一瞬でポンッと、ベッドは小さくなる。
「わ、すごい」
「えへへ、あ、いや、ありがとうございます!」
おもちゃのようになってしまったベッドを手のひらに乗せ、少女は照れて笑った。なんて便利な魔法、とリタが感心していると、少女は申し訳なさそうな顔になる。
「えーっと、お客様、配達の魔法陣のことなんですけど……」
そう言いながら、手元の大量の書類をカバンに詰め、小さくなったベッドを手早くラッピングする。そのラッピングは必要なのだろうか、と疑問に思っているリタに、少女は言葉を続ける。
「目的地の地図もありませんし、少しだけお手伝いして頂けないでしょうか?」
可愛くラッピングされたベッドを丁寧にカバンに入れ、少女はそう言った。
「フィル、起きて手伝って」
店内でまだ寝ているフィルに、リタは声をかける。しばらく待つと、パタパタと歩いてくる音が聞こえた。
「んー、なーにー」
「わ、すみませんお客様! 私が魔法陣を描きますので、ご自宅を想像しながら私の手首を握っておいてください!」
「はいはーい」
ふあ、と大きなあくびをしたフィルは、言われた通りに少女の手首を握る。きっと外に出てから、という意味だったのだろうが、フィルは店内から握っていた。
少女は歩きづらそうに外に出て、店前の札を"おーぷん"から"くろーず"に変えた。そのまま店前にしゃがんで魔法陣を描きだす。さらさらと、時には考え込みながら魔法陣は完成した。
「はい、完成です!」
少女は誇らしげに立ち上がる。フィルは未だに手首を握ったままだ。
「では、出発します! 目はつぶってくださいね!」
その掛け声に、リタも今度は目をしっかりつぶる。魔法陣は青く輝き、三人を運んだ。




