このベッドともお別れだしー
リタは自室の本棚の中を覗く。確かここに置いたはずなのに、と額に入った魔法陣の裏を何度も見た。
「ねえ、フィル。どこやったの?」
「えー、わたしじゃないよー」
「フィル、昨日本棚触ってたじゃん」
さっきも本見てたし、と言って棚の本を出す。フィルは本を読んでいるわけではない。本当に見ているだけなのだ。主に挿絵を。わたしじゃない、とフィルはベッドに寝転び、枕に顔を押し付けた。
「あー、こんなところに……」
リタはすべての本の中身をペラペラと確認し、そのうちの一冊の間から見つけた。"引き換え券"がしおり代わりに挟まれていたその本は、確実に昨日フィルが見ていた本だ。それに気付いたリタはベッドに寝転ぶフィルをジッと見つめた。
「フィル、寝ようとしてない?」
リタがそう問いかけると、フィルは脚をバタバタさせて抗議する。
「だってー、このベッドともお別れだしー。最後に寝とかなきゃー、ねー?」
「眠たいだけでしょ」
「そーかもねー」
ヘラっと笑ったフィルは、再び枕に顔をうずめて大人しくなった。しばらくそのまま寝転んでいるフィルを眺めていると寝息が聞こえてきたので、リタは慌てて声をかけた。
「ねえ、この紙を持っていけばいいのかな?」
「んー、そーじゃない?」
眠そうな声ですぐに返事を返してきたフィルに、寝ていなかったんだとホッとしたリタ。手に持っている券を、裏、表、と確認して眉間にしわを寄せる。
「持ってこいとは書いてない……」
「まーだー?」
「はい、もう行きましょう!」
面倒くさそうな目のフィルに、散らばった本を棚に戻して立ち上がった。今度は綺麗に仕舞われている魔法陣九枚をベッドの上に広げてフィルに見せる。どれもこれもフィルの可愛らしい絵が描かれており、ベッドの上が華やかになった。
「ねえ、どれ使う?」
「どれでもいー」
「どれも一緒だよね?」
「んー」
「これって使ったらどうなるの?」
「んー」
「聞いてる?」
「きいてるー」
ふぁあ、と大きくあくびをして、フィルは面倒くさそうに一枚を指差した。紙全体が青く塗られ、魚が泳いでいる。
「うん、じゃあこれにしよう」
フィルが選んだ一枚以外をまとめ、再び本棚に戻した。戻し終わると、薄手のカーディガン二枚をカバンに詰める。準備はこれくらいでいいだろうか、と少し考えて、未だにベッドにいるフィルに目線を向けた。
「よし、行くよフィル」
「はーい」
その呼びかけにフィルは魔法陣を手にぴょんとベッドからおりて、リタの手を掴んだ。
玄関を出ると、フィルは迷いなく魔法陣を地面に置いてしゃがみ込んだ。よくわからないリタは、とりあえずそれに倣ってしゃがんでみる。
「えっと……クレアのお城の前でいーい?」
「あ、ここに地図が描いてあるけど」
"猿でもわかる魔法陣"に、"行ったことのない場所なら地図をよく見てください"と書いてあったことを思い出したリタは、引き換え券をフィルに見せた。チラッと券を見たフィルは首を横に振る。
「地図なんてわかんないもーん」
「じゃあ、お城の前でいいよ」
唇を尖らせて頰を膨らませるフィルの頭に手を乗せ、リタはそう言った。手元の券の地図には、目印としてクレアの城が書かれている。地図だけ見ると場所がわからないが、現地に行けばたどり着く自信がリタにはあった。
「リタはここに手を置いてねー」
いつの間にか魔法陣に手を置いているフィルは、自分の手の甲を指差してそう言う。
「乗らないの?」
普段なら、魔法陣はその上に乗るものだ。確かにこの紙の面積に二人乗るのは難しいか、とリタは首をひねった。
「いーから、いかないのー?」
「わ、ごめん」
フィルのジトっとした目線に、リタは慌てて手を重ねた。
「んー、しゅっぱーつ!」
その掛け声と共に魔法陣は青い光を発する。いつもより魔法陣の近くにいるせいか、目を瞑るのが遅れたせいか、リタの頭の中はその光でチカチカした。
「はい、とーちゃーく!」
フィルのその声で目を開けたリタだったが、しばらくのあいだ視界が真っ白で立ち上がれない。サクやクレアが毎回言っていた、きちんと目をつぶれ、という言葉の意味をひしひしと感じた。
「だいじょーぶ?」
「ちょっとだけ待ってね……」
リタはギュッと目をつぶって深呼吸する。吸って、吐いて、吸って、と繰り返すうちに、頭の中のチカチカが薄れていくのがわかった。
落ち着いたリタは目を開ける。目の前にはいつも通りの大きな城がそびえ立っていた。
「わ、すごいね」
「えへへ」
フィルの頭をわしゃわしゃと撫でる。フィルは嬉しそうに笑い、地面に置いたままの魔法陣を拾ってリタのカバンに突っ込んだ。リタはポケットから引き換え券を取り出して、裏に書かれている地図に目を落とす。
「えーっとお城がここで、この道が……これかな?」
大きく書かれた城を目印にして、リタは道順を考えていく。そんな隣でフィルは面倒くさそうに口を開いた。
「ねー、クレアにきこーよー」
目の前の城を指差してフィルはそう言う。しかしリタは首を横に振った。
「クレアさんは王様なんだから、お仕事とか忙しいでしょ」
「そー? わたしクレアがお仕事してるところ見たことないよー?」
ケロリとそう言い切ったフィルに、リタはハッとした。確かにリタもクレアが仕事らしいことをしているところを見たことがなかった。というより、魔王の仕事とは一体なんなのだろうか。いつも自分たちと遊んで、食べて、寝るクレアしか見たことがないな、とリタは疑問に思った。
「き、きっと私たちが寝た後で忙しくしてるんだよ」
「ふーん」
慌ててクレアを庇ったリタに、フィルはどうでも良さげに答える。クレアの仕事についてはそれほど興味がない様子だ。
「さ、とりあえず行ってみよっか!」
「おー!」
二人は手を取り、ブンブンと腕を振りながら歩き出す。太陽は高いが暑さはほとんど感じない。そよそよと吹く風が二人の髪を揺らした。




