理由なんていいから着て!
窓から入る風を感じるソファで、フィルは物憂げに膝に置いた本に目線を落としていた。長い銀髪が揺れ、伏せた目元も美しい。いかにも美少女という感じのフィルに、少しドキリとしたリタは手を拭きながら近づいてきた。
「はーい、フィルさん服を着てください」
ソファの背もたれにかかっているフィルのワンピースを手に取り、頭から被せる。ぷはっ、と襟から頭を出したフィルは不服そうな目でジッとリタを見た。
「え、何その顔。毎日そう言ってるよね?」
「もーあれないんだからいいでしょ!」
さっきまでの美少女感はどこへやら、頬を膨らませ、袖に通っていない腕をバタバタさせて抗議するフィル。目線を壁に向け、先日まで魔法陣の貼っていた辺りを顎で示した。
「服はね、毎日着るんだよ?」
そう当たり前のことをゆっくり丁寧に諭したリタは、袖から腕を通させる。面倒くさそうな顔でされるがままのフィルは、ムッとして言い返す。
「でもー、お家にリタしかいないじゃーん」
「誰か来るかもよ?」
「別に来てもいいよー」
ケロッとそう言ってのけたフィルは、自分の座った隣をポンポンと叩いてリタを座らせた。座ったリタの太ももに頭を乗せ、膝をペチンと叩く。
「私が困るの!」
「むー、わかんなーい」
下からリタの目をジッと見つめ、フィルはますます頬を膨らませる。あまりに見つめるのでリタは一瞬たじろぎ、さがりきっていないワンピースの裾を無理やり下ろした。
「もう、理由なんていいから着て!」
「うぇー」
「これから寒くなるんだからね」
視線を逸らしたリタは、そう言って一点を見つめて考えた。
「そっか、寒くなるんだ……」
ぽつりとそう言ったリタを見つめ、フィルは首を傾げる。
「フィルの寒い時期用の服がないな、と思って」
「だ、だいじょーぶ! わたし寒いの得意だから!」
いらないことを聞いた、とフィルは慌てて体を起こす。そのままなぜか、出来もしない力こぶを作ってペチペチと叩いた。
「え、あの卵の中って暑いとか寒いとかあるの?」
「ないけどー」
「じゃあわからないじゃん」
ケラケラと笑ったリタは、未だ力こぶを作っているフィルの二の腕を揉んでみた。肉がついているわけでもないのにぷにぷにと柔らかく、白い肌はさらさらで気持ちいい。二の腕の揉み心地と何かが似ていると聞いたことがあるな、と考えながらぷにぷにと触り続けるリタ。
「くすぐったいー」
フィルはクスクスと笑いリタの手を止めた。二の腕と何だったかな、とぼんやりして考え続けているリタの手を取り、にぎにぎと遊んで再び笑った。
ふぅ、と息をはいて考えるのをやめたリタは、自分の太ももを軽く叩いて立ち上がる。
「よしっ」
「どこか行くのー?」
「そろそろベッド受け取りに行かないと」
リタの誕生日からすでに五日経っていた。多分、客と連絡のつかない家具屋は困っているはずだ。両親が何と言って注文したのかはわからないが、家具屋と両親の連絡手段もない。改めてそう思ったリタは深くため息をついた。
「んー、いってらっしゃーい」
別の国だし一緒に行ってくれるはず、という期待はその一言で裏切られた。フィルの手を掴もうとして伸ばした手が、行き場を失って宙をうろうろする。しかし、リタは冷静さを取り繕ってフィルに目を向けた。
「一緒に行かないの?」
「えー、めんどくさーい」
リタが立ち上がって空いたソファに体を横たえ、フィルはヒラヒラと手を振る。床に落ちた本に手を伸ばし、拾った本を胸の上に置いて目を閉じた。
「えー、じゃあ今日の晩御飯は自分で準備して食べてね」
意地悪くそう言ってリビングを出ようとしたリタの腕を、フィルは手を伸ばして掴む。リタが振り返ると、うるうると悲しげな目を向けた。
「な、なんでー」
「どのくらいの時間がかかるかわからないし」
「やだー、わたしも行くー……」
ぴょん、と立ち上がりワンピースの裾を丁寧に整えた。くるり、と回って背中のリボンがほどけていないかも確認した。そうしている内に、ニヤニヤとしている顔のリタが目に入ってフィルは首を傾げる。
「な、なにー?」
「いや、思ったより簡単に……」
「えー、なにがー?」
「なんでもないよ」
頭の上にクエスチョンマークの浮かぶフィルの手を取り、リタはホッと胸をなでおろした。リタは、一人で魔族の国の知らない家具屋に行くのが不安だった。フィルがいたからといって何かをしてくれるわけではないけれど、リタはフィルの手を握っているだけで少し安心できるのだ。
「よし、じゃあ準備しよっか」
その掛け声にフィルはリタの手を握り、その手を上にあげた。その安心感に笑顔になったリタを見て、フィルも笑う。寝転んだせいで少し髪は乱れているが、やっぱり笑顔のフィルは可愛いな。リタは空いた手で彼女の頭を撫で、そう思った。




