クレア様、お仕事です。
一方、こちら魔族の国。魔法陣に乗ったフィルとリタを見送るクレアの背後で、雷がピカリと光った。一瞬遅れてゴロゴロと大きな音が響く。
「ひぃっ!」
その音に、クレアは耳をふさいで城の中へ走った。城の中でも響く雷の音に、小さく悲鳴をあげながら一目散に自室に逃げ込む。その勢いのまま、部屋の中に立っていた使用人に涙目でまくし立てた。
「雷だ、雷だぞ! ま、魔法でなんとかならないのか、これ!」
「それ、何度目ですか。おへそでも守ったらいかがですか?」
冷たい言葉でそう言った使用人のリーダーは、走って乱れたクレアの髪を撫でて整える。その言葉にサッと自分のお腹を守ったクレアは、どうして彼女がここにいるんだろうかと疑問を口にした。
「で、用件は?」
「ああ、そうでした。クレア様、お仕事です」
「仕事? 何か事件か?」
一瞬にして真剣な顔つきになったクレアを、こちらへ、と使用人は案内する。彼女の後ろを、真面目な顔でヘソを隠したままのクレアはついて歩いた。
「なあ、毎回思うんだが……これが“魔王様”のやる仕事か?」
大広間に用意された服、服、服。大量の厚手の服を目の前に、クレアは目眩がした。大広間には使用人のほとんどが集まり、なぜか期待の眼差しで壁に沿って並んでいる。
「ええ、もちろんでございます。魔王様にしか出来ませんので」
「チビだって言いたいんだろう?」
ムッとしたクレアは一番近くにあった"子供用"のコートを手に取った。
「ていうかさ、勝手に売ればいいだろ! どうしてボクが全部試着しなくちゃいけないんだよ!」
しぶしぶ、クレアはそのコートを身につけた。すると、壁際に並んでいた使用人たちがざわざわし始める。可愛い、よくお似合いですなど、褒める声が各所から聞こえて、クレアは一瞬頰がゆるんだ。
「魔族にふさわしくない服を売らせないため、でございます」
「そんな服今まで一着もなかっただろ! そもそも、魔族にふさわしくない、ってなんだ!」
使用人が手元の紙にチェックをつけたのを確認したクレアは着ていたコートを脱ぎ捨て、次の一着に手を伸ばした。
夕食の準備の残りがあるので、という使用人の声で仕事は一旦解散となった。完全に使用人たちの趣味で衣替えのたびに行われるこの"お披露目会"は、クレアの苦手な仕事だった。どうして魔王である自分が、サイズが合うからというだけの理由で子供服を着なければいけないのだ、と。
「まだ三分の二も残ってた……明日も地獄だ……」
疲れた顔のクレアはとぼとぼと自室に戻る。夕食まで……いや、外交相手が帰ってくるまで少し寝よう、とベッドに飛び込んだと同時に、ノックもなく扉が開かれた。
「クレアちゃーん!」
そう言って部屋に飛び込んできたのは外交相手のニーナだった。雨の中歩いて帰ってきたのか、全身ずぶ濡れでクレアに抱きつく。
「な、びしょ濡れで抱き着くな! 早くお風呂へ行け!」
「一緒にはい――」
「入るわけないだろ、さっさと行ってこい」
冷たい目で言葉を遮られたニーナは、頬を膨らませて風呂場へと向かった。彼女が出て行ってしばらくした後、今度はジャグがノックをしてクレアの部屋に入ってくる。
「ただいま帰りました」
「君たち、足して二で割ったらどうだ?」
ニーナとは違い礼儀正しく頭を下げたジャグに、クレアはそう言って苦笑いをした。とりあえず座れ、と椅子を指差したクレアはジャグの姿を見て気づいた。
「そういえば、ジャグは濡れてないんだな」
「ええ、サクさんに傘を借りましたので」
「毎日毎日サクのところに行って楽しいか? 何もわからないんだろう?」
ニーナとジャグが魔族の国に滞在して何をしているか、その答えはこれだった。毎日、サクが子供たちに魔法を教えているのを見に行っているのだ。
「ええ、さっぱりです。でも、何か分かるかもしれないですしね」
照れたように頭をかいてそう言ったジャグに、クレアは曖昧に頷いた。
「クレアちゃーん!」
「髪くらい拭けよ!」
ニーナが再び勢いよく部屋に入ってきた。今度は髪からポタポタと雫を垂らしている。クレアはため息をつき、ジャグの方を見てニーナを指差した。
「ていうか、ニーナはあそこに集まる子供たちが目当てだろう?」
「あ、いやぁ、どうでしょう」
そう言われてジャグは苦笑いをする。否定しないのがその答えだろう、とクレアはもう一度深くため息をついて笑った。
「まあいい、夕食にしよう!」
そう言ってクレアは立ち上がる。自分にまとわりついているニーナを引き剥がし、にっこりと笑った。
「今日も“そっち”の国のことを教えてくれ!」
これが魔王――クレアの、なんてことない普段の生活である。
――つまり
「あ、聞きたいことがあったんでした」
「なんだ?」
「魔王様のお仕事、とは何なのでしょうか?」
ダイニングへ向かうジャグは、いって真面目な顔でそう尋ねる。一歩先を歩いていたクレアは立ち止まって考え、パッと明るい笑顔になった。
「ここが平和であるうちは"ない"、な!」
そう言ってクレアはスキップでダイニングへ向かう。
理由不明のお披露目会も、外交という名の夕食も、仕事ではない、とクレアは考えているのだ。
ニーナとジャグがその小さな背中を追いかけた時、クレアは楽しげな足をピタリと止めて振り向いた。
「君たちが突然来た時の"あれ"は、間違いなくボクの魔王としての仕事だな!」
ニヤッと意地悪く笑ったクレアは再び口笛と共にスキップを始める。その表情にニーナとジャグは目を合わせて苦笑いをし、クレアを追いかけた。




