思い出で埋められればいいね
次の日の夕刻、魔王城の前でリタとフィルを見送りに来たクレアは、空を覆う黒い雲を面倒くさそうに眺める。
「ありがとうございました」
貰ったプレゼントと"ショッピングモール"で買い出した食材をクレアに借りたリュックに詰め、リタは頭を下げた。手には、丸めた十枚の魔法陣がある。隣に立つフィルはクレアの方に手を伸ばして彼女の頭を撫でている。
「おー、またパーティしような!」
角に触れ始めたフィルの手を払い、クレアは笑顔を見せた。雨が降り出す前に、と素早く地面に指を走らせて魔法陣を完成させる。青く光った魔法陣に迷いなく飛び込んだ二人に手を振ったクレアの背後で、雷がピカリと光った。
雲の浮かぶ青い空、リタとフィルが帰ってきたこの村はすこぶる天気が良かった。そんな空を見上げてリタはぽつりと呟いた。
「本当に遠いんだなあ……」
「んー?」
「なんでもない! さ、ただいまー!」
リタは首を振って、勢いよく家の扉を開ける。
「さむっ……」
一歩家に入ったフィルが、自分の肩を抱いて小さく震えた。外の気温も下がり一日家を留守にしていたせいだろうか、家全体が冷たくなっている。
「もう涼しいし、あれ取っちゃおうか」
壁に貼られた魔方陣を指差し、リタはその下まで椅子を動かす。ベリッと剥がして、そのままフィルに手渡した。魔方陣から出ている冷風で長い銀髪がなびいている。フィルは真っ白の紙を手に少し考えたあと、ポンと手を叩く。
「えーっと、ばってん、とー!」
これを描いた時に教わったように、フィルは見えない魔方陣の上に×を描いた。キラリと一瞬光った魔法陣は風を出すのやめて、ただの白い紙に戻る。椅子を元の位置に戻したリタは、得意げな顔のフィルに拍手を送った。
「うん、これで魔法陣はなくなったんだよね?」
「……でも、さむいー」
紙を放り出して抱きついてくるフィルを受け止め、リタはかろうじてソファに倒れ込んだ。
「ふー、リタあったかーい」
「フィル! リュック潰れるから離れて!」
「うわー、わたしのごはんー!」
リュックの中の食材を心配して飛び上がったフィル。リタは苦笑いで立ち上がり、野菜やその他もろもろをキッチンに運ぶ。
そんなリタの背中に張り付いたままのフィルは、手元を覗き込んで楽しそうな声を出した。
「ねえ、クレアからのプレゼント開けてみてー」
「そういえばまだ開けてなかったね」
「エプロンって言ってたけどねー」
"フィルのご飯"を全て出したリタは、リュックを持って再びソファに戻る。リュックの中身は、プレゼントと"ショッピングモール"でフィルが抵抗を見せたとある物だけだ。
「はやくーはやくー」
リタの隣に座って体を揺らすフィルは、リタがプレゼントのリボンをほどくのを急かした。
「わ、可愛い」
包みの中にはクレアの言っていた通り、エプロンが二枚。後ろで結ぶための太めのリボンに大きなポケットが二つ、青と赤のデザインに違いの全くない色違いだった。きっと胸元で揺れるペンダントと同じで、自分が赤でフィルが青だろうと理解したリタは青い方をフィルに渡した。
「クレア、センスあるー!」
受け取ったエプロンを掲げ、楽しそうにクレアを讃える。リタは立ち上がってエプロンを身につけ、くるりと回った。大きめに結んだリボンが可愛く揺れ、フィルはそれに見とれた。
「フィルも結んであげるから立って」
「わーい!」
「……はい、完成!」
リボンを作ってポンと背中を叩くと、フィルはリタと同じようにクルッと回った。
「服を汚さないようにするものだけど、汚すの怖いなあ」
ひとしきりエプロン姿を披露しあった二人はソファに座った。リタがそう呟くと、フィルは少し考えて、良いことを聞いたと言わんばかりの笑みでリタの方を見た。
「……わたしも汚すのイヤだから使わなーい!」
「お手伝いしたくないだけでしょ?」
「ち、違うよー」
企みはすぐにリタにばれ、フィルはムッと頰を膨らませた。そんなフィルに苦笑いを返し、リタはリュックの中から額縁を取り出した。
「よーし、次はこれを飾るところ探そ!」
この額縁こそが、フィルが買うのに抵抗を見せたものだ。今も嫌そうな顔をするフィルをよそに、リタはフィルから貰った"最後の魔法陣"をはめ込んだ。
「ぴったりだね」
リタは、丸い字が跳ねる魔法陣を見て満足げな顔で頷く。
「ねー、やっぱりやめないー?」
「どうして?」
「だってー、本来の使い方じゃないよー?」
「もしもの時は出して使うよ」
サラリとそう返されたフィルは赤らめた顔を両手で隠して俯いた。
「ぅう、恥ずかしいしー……」
弱々しく呟いたそれが本音だった。自分の描いた拙い絵が、この家のどこかに飾られることが少し恥ずかしかった。
そんなことは気にもせず、リタはフィルの頭を撫でて立ち上がった。額縁を持って、家中をウロウロする。
「どこがいいかな?」
リビングの壁、キッチンの棚の中、いろいろなところに当てて見てリタは楽しそうに笑う。そんなリタの後ろを、フィルはついて回った。
「やっぱりここかな」
うんうん、と満足そうに頷くリタが額縁を置いたのは、自室の本棚の中だった。ベッドに寝転べばよく見える位置、本棚の中段に額縁を置いたリタはベッドにダイブした。
「フィル、おいでよ」
自分の隣をポンポンと叩くリタに、フィルはゆっくりとベッドに腰掛ける。いつもと上下逆に寝転んだリタは、魔法陣を指差して明るい声で問いかける。
「あれ、すごくいいよね?」
「んー、ありがとー」
「この部屋ぜーんぶ、あんな思い出で埋められればいいね」
ね?と笑ったリタに、フィルはむぎゅっと抱きついた。
「もっちろーん!」
小さなベッドで二人はじゃれ合い、転がって、勢いよく床に落ちた。
「……あははははははっ」
「まずは、お母さんたちに貰ったベッドだね」
二人はフィルのお腹が大きく鳴るまで、そのまま床で笑い合った。




