リター、わたし食べるー?
「ねぇ、もういいでしょ!」
両親がする自分の昔話に、リタは遂にストップをかけた。楽しそうに聞いていたフィルたちには申し訳ないが、リタにはもうこれ以上は聞いていられなかった。
「えー、次はリタが迷子になった話聞くんだよー」
「ボクもまだ聞きたいこと聞けてないぞ!」
「また今度聞かせてあげるわ」
ムッと頰を膨らませたフィルとクレアに、ニーナはそう言って微笑んだ。リタはそんな母親に勢いよく頭を横に振って抵抗を見せが、伝わっていないことは明らかだった。
「楽しみにしてるー!」
話が終わったとわかると、キラキラと輝いていたフィルの目がすぐにとろん、とし始める。
「お腹いっぱいー……ねむい……」
ふぁ、と大きくあくびをすると、隣のリタの肩に頭を乗せて目を閉じた。
「もうおネムか? ちょっと待ってろよ」
クレアは椅子からピョンとおり、サクを連れて部屋を出た。
数分後、サクは大きなケーキの乗った皿を持って帰ってきた。扉を開けたクレアは人数分の取り皿とフォークを持っている。
「わー、すごーい!」
「でっかいだろう!」
テーブルに乗ったケーキに、さっきまで眠そうだったフィルの目は輝いた。大きな丸いケーキの上には小さなケーキが重なり、二段になっている。リタは小さな方の上に乗った砂糖菓子を見つけて指をさした。
「わあ。これ、私ですか?」
「そうだ! んで、こっちはフィルな」
自分を模して作られた二頭身の砂糖菓子。小さなリタとフィルはケーキの上で楽しそうに笑っている。それを見た本人たちも、目を合わせて笑い合った。
大きなケーキをニーナが器用に七等分して各々の皿に取り分けた。リタの皿には小さなリタが、フィルの皿には小さなフィルが乗っている。
「あまー!」
フィルはそれだけ言うと、勢いよく食べ始めた。
「すごく美味しいです!」
「んー、甘いなあ」
リタもクレアもみんなも、一口食べてぱあっと表情が明るくなった。イアンも心なしか笑顔で、次々と口に運んでいる。リタは、パクパクと食べ進めているイアンを温かい目で見つめた後、フィルの方へ視線を動かした。
「フィル、誰も取らないからゆっくり食べなよ」
そう言って、ケーキをがっついているフィルを落ち着かせる。
「クリームついてるよ」
「とってー」
「はい、取れた——」
口元についたクリームをすくい、紙ナプキンで拭こうとしたリタの指を——
「なっ!?」
フィルはパクリと咥え、クリームを舐め取った。驚いたリタは勢いよくフィルの口の中から指を抜き取る。指の腹にフィルの舌や歯があたり、リタの背中にぞわっとした感覚が流れた。
「もったいないでしょー」
フィルは当たり前だという風に笑って、再びケーキにフォークを刺した。
「リター、わたし食べるー?」
「な、何言ってるの?」
自分のケーキに集中していていたリタは、フィルの言葉に動揺して皿を鳴らした。ハッとしてフィルの方を見ると、彼女の皿には砂糖菓子しか残っていなかった。フォークでつんつんと小さな自分をつつき、薄く笑顔を見せる。
「いやー、自分を食べるのって気が引けるからー」
「あ、え、うん、交換する?」
フィルの言っていた"わたし"が砂糖菓子のことだとわかったリタは、誤解で跳ね上がった心臓を落ち着かせて冷静にそう言った。お互いの砂糖菓子を交換し、フィルは嬉しそうにフォークに乗せる。
「いただきまーす」
自分を食べるのは気がひけるといったのに、小さなリタを何の躊躇もなく口に運んだ。もぐもぐ、としばらく噛み砕いて笑顔になる。
「んー、あまー! 味は……特にない?」
フィルはそう言って首を傾げた。リタは指先で砂糖菓子のフィルをついて、
「食べないのー?」
「た、食べるよ」
こんなに可愛くできてるのにもったいない、と思っていたリタも、フィルの声に押されてフォークの上に乗せる。ギュッと目を閉じて口を開き、そろりとフォークを近づけると、隣からフィルの裏声が聞こえてきた。
「うわー、いたーい。助けてー、食べないでー」
クスクスと笑いながら棒読みの裏声を続けるフィルに、リタは目を開いて冷たい視線を向けた。
「フィル、やめて」
「ごめんごめん」
へらへらと笑って謝ったフィルに、リタは視線をフォークに落とした。にっこりと笑った砂糖菓子のフィルを見ると、なんだか食べづらくなってリタはフォークを皿におろした。
「食べないの?」「食べるよ!」と言い合っている二人に、向かいのクレアは冷ややかな目を向けていた。その視線に気づいたリタと目が合うと、クレアは手に持ったフォークで二人を指して口を開く。
「君たち、イチャつくならよそでやってくれないか……お腹いっぱいなんだ」
少し膨らんだお腹をポンと叩き、クレアはニヤッと笑う。サクや両親まで自分を見てニヤついていることに気がついたリタの顔がみるみる内に赤くなる。
「い、イチャついてません!」
リタは部屋に響く大きな声でそう反論し、フォークを掴んで砂糖菓子を口に放り込んだ。一度噛むとサラサラと形が崩れるのがわかった。リタの口の中に、純粋な砂糖の甘みが広がる。
「ごちそうさまでした!」
「今日はありがとうございました」
リタは貰ったプレゼントを抱え、用意された部屋の前でクレアに頭をさげる。隣のフィルは大きなあくびでフラフラとし、立っていることもままならない様子だ。
「ボクも楽しかったよ」
クレアはニッと笑顔でそう答えた。
「あの、両親にも部屋、ありがとうございます」
「いや、彼らはこの城に住んでるぞ」
「え、そうなんですか! すみません、ご迷惑とか……」
慌てたリタが、答えも聞かずに頭をさげる。てっきり宿をとって滞在しているのかと思っていた。旅行先の国の王様の城に止まるなんて、なんて贅沢だろう、とリタは申し訳なくなった。
「心配するな。それより、フィルがそろそろ」
リタの肩に頭を預けて目を閉じているフィルは、このままでは倒れてしまいそうだ。
「あ、そうですね、おやすみなさい」
「じゃあ、また明日」
クレアはヒラヒラと手を振って長い廊下を歩いていく。その後ろ姿を見送ったリタは、フィルを支えて部屋の扉を開いた。




