十枚あげるのー!
次の日、フィルとリタはサクに連れられて魔族の国へ来ていた。リタは理由を知らされておらず、不思議な顔をしている。
「よっ、リタ!」
三人が城の前に到着すると、クレアが中から迎えに出てきた。片手を上げて満面の笑み、明るい声に、リタはますます疑問を顔に浮かべる。
「こんにちは、クレアさん。今日はどうしたんですか?」
「あ、いやぁ、なんだ、ちょっと久しぶりに会いたくてな」
リタの誕生日パーティーだということを隠したいクレアは、口ごもりながらもそう伝えた。するとリタは首をかしげる。
「三日前に会いましたよね……?」
「クレアは毎日でもリタに会いたいんだってー」
「なっ!? 元はと言えば君が……っ!」
ぷぷっ、と口元を押さえて笑ったフィルに、クレアの顔は真っ赤になった。二人のやり取りの意味がわらかずのけ者になっているリタは、隣のサクに目を向ける。サクはそんなリタの頭に手を乗せて微笑んだ。何かを理解している様子のサクに、リタはより一層わからなくなった。
「じゃ、リタのことよろしくねー」
やいやい、とクレアと言い合っていたフィルは、そう言って二人に手を振る。そのままサクの腕を掴み、二人は城の奥へ消えていった。
残されたリタはどうしたらいいのかわからずにクレアに話しかける。
「あの、えっと、私に会いたかったんですか?」
「いや、ちが……あー、もうそれでいいよ! 会いたかった、会いたかった!」
やけになったクレアは投げやりにそう答え、リタを自室へ招いた。
一方、サクとフィルは城の端の方の部屋へ入っていく。部屋の真ん中に足の低いテーブルとクッションが二つ置かれただけの、この城の中では質素な部屋だった。
そのテーブルで向かい合い、サクは本を広げる。フィルが家から持ってきたものだ。
「さ、どれにする?」
「うーん、簡単なやつー」
「この前もそう言ってたな」
苦笑いのサクだが、フィルは至って真剣な顔だ。サクは小さくため息をつき、考える。
「じゃあ私が基本にちょっとアレンジを加えてやるから、それにしようか」
テーブルの上に用意されていた白い紙とペンをフィルに渡す。サクは分厚い本をペラペラとめくり、目当ての魔法陣を探した。
「えっと、定員は二人でいいよな? じゃあ基本はこれにしよう」
トントン、と指で一つの魔法陣をさす。フィルはそれをジッと見つめて紙に写し始めた。紙の大きさギリギリに丸を描いて、中を埋める。今までにない集中力だった。
かなりゆっくりではあるが、徐々に完成していく魔法陣をサクは向かいで見つめる。時には間違いを指摘したが、出来るだけ手を貸さないようにした。
「あ、そこでストップ!」
あと少しで完成だという時、サクがフィルの手を止める。再び本をめくり、最後の方にあるページを指差した。
「持ち運び用だから透過の呪文をここに書いて……えーっと、その線はこっちと繋いで」
今度は丁寧に教える。透過の呪文はややこしいのだ。一度描いたことのあるフィルだったが、あの時はなぞっただけ。初めて描く呪文に、フィルは頭を悩ませつつもなんとか描き切った。
「さ、これで完成だ!」
「やったー、おわったー!」
フィルは完成した紙を持ち上げ、後ろに倒れる。なかなか上手く描けた自信がフィルにはあった。しかし、サクは寝転ぶフィルを覗き込んで冷たい目を向けた。
「いや、まだ見本が出来ただけだぞ?」
「わ、わかってるよー」
フィルはムッと頰を膨らませて起き上がる。これからが本番だ。
新しい紙を手に取り、サクの指示通りにガラス窓に当てた。さっき描いた見本の上に白い紙を重ねると、太陽の光で見本が透ける。それをなぞればいいだろう?とサクは提案したのだ。
「この魔法陣は何を考えて描けばいいのー?」
描き出そうとしたフィルは、後ろにいるサクを振り返りそう尋ねる。
「プレゼントなんだから、リタのことでも考えながら描けばいいんじゃないか?」
「わかったー!」
この魔法陣は使う時に行き先を決めるものだ。そういう風にサクがアレンジを加えた。なので、描くときに何かを思う必要はないのだが、サクはそう答えた。その答えにフィルは笑顔を見せ、紙に向き合った。
なぞるだけ、とは言ったもののフィルの集中力は長く続かなかった。一枚描いて休憩、もう一枚描いて休憩。休み休みではあるが、なんとか目標の十枚目にたどり着いた。
フィルが十枚目の最後の線をつなぎ指を離すと、キラリと光ってただの白い紙に戻った。透過の呪文も上手くいったという証だ。
「できたー!」
「お、それで終わりか?」
「そー! 十枚あげるのー! ねえ、これ真っ白のまま渡すのー?」
フィルは白に戻った紙をサクに向けて首を傾げた。
「いや、フィルはそこに手紙でも書くと良い」
「何か書いて大丈夫なのー?」
「昔売られていた持ち運び用の魔法陣にも、絵や文字が書かれていたんだよ」
「わかったー!」
「ペンを借りてくるからちょっと待ってろよ」
サクはそう言って部屋を出た。フィルは完成した十枚を手にニヤつく。端から見れば真っ白な紙を見ているだけだが、フィルにはその白の中にもはっきりと魔法陣が見えるような気がした。
「ペンも色鉛筆もクレヨンも貸してくれたぞ!」
勢いよく戻ってきたサクに、ニヤついていた頰を戻して正座したフィル。サクは抱えていたペン類をドサッとテーブルにおろして、満足気な顔をした。
「んふー、何書こうかなー!」
体を左右に揺らし、楽し気にクレヨンを選んだ。赤いクレヨンを手にしたとき、サクが大声で止める。
「ちょっと待て! 透過されてるとはいえ、魔法陣を描いたところは指でなぞらないように注意するんだぞ」
「えー、もうどこかわかんなーい」
眉を下げてそう言うフィルに、サクは苦笑いで紙を裏返した。




