じゃあプレゼントはそれにするねー
「フィルー、本当に大丈夫?」
「んー」
夕食中はぼんやりし、文句も言わずにお風呂に入ったフィルをリタは心配そうな目で見る。お風呂に入る前に額や頰を触ってみたが、体温は高くなかった。
「ん、じゃあちゃんと頭拭いて」
リタはそう言ってフィルの濡れた頭にタオルを乗せる。
「拭いてー」
「はいはい」
ぼんやりしていたはずのフィルは、そう強請って笑った。わかっていました、とリタはわしゃわしゃとタオル越しにフィルの頭を撫でる。楽しそうに笑うフィルを見て、体調は悪そうではないな、と確認できたリタはホッとしたと同時に疑問に思った。
——なにをこんなにぼんやりとしているんだろうか?
「おやすみ、フィル」
「んー、おやすみー」
一人用の狭いベッドで二人は眠る。リタの方から寝息が聞こえてきた頃、フィルはハッとして目を開いた。寝ている場合じゃない、とゆっくりとベッドから出てリビングへ向かう。
フィルはソファに座って頭を抱える。いくら考えても思いつかない。魔力なんてプレゼントできないし……。しばらく考えた後、諦めたようにため息をついてフィルはペンダントを握った。
「クレアー」
『なんだ、フィルか』
フィルの頭の中に、眠さと面倒くささの混じったクレアの声が響いた。コソコソと小さな声で話しかける。
「明日のことなんだけどー」
『パーティの準備はこっちでするから心配するな。ボクは眠いんだよ……おやす——』
「まだプレゼント決まってないのー!」
クレアが何度もあくびをしているのがわかったが、フィルは言葉を遮る。思った以上に大きな声が出てしまい、フィルは慌てて自分の口を塞いだ。
『そんなの別になくたって……』
「クレアたちは買ったんでしょー?」
『ああ、買ったけど』
「わたしだけないの、いやだもん」
そう言ってフィルは頬を膨らませる。リタはきっとプレゼントがなくても笑ってくれるだろう、とはフィルも思っていた。だけど、クレアたちがあげて、自分だけあげないのは嫌だった。
『うーん、フィルは何をあげたいんだ?』
「わかんない……。リタは魔力が欲しいってー」
『はぁ、それは無理なお願いだな』
頭の中に響く声だけで、クレアが苦笑いしているのがフィルにもわかった。だよねー、とフィルも天井を見つめて苦笑いした。リタの一番欲しい物があげられないとわかってしまった二人は、しばらくの間黙って考え込む。
次の提案をしたのはクレアだった。
『あ、例えばさ、この前こっちのショッピングモールに来た時すごく喜んでただろ?』
「うん、こっちに売ってないものがいろいろあったーって言ってたよー」
『なら、いつでもこっちに来られるように魔法陣を描くとかはどうだ?』
いつの間にやら面倒くさそうな声色はなくなっている。未だ眠そうな声ではあるが、クレアはそう提案した。
「え、もう明日だよー?」
フィルは驚いて答える。魔法陣を描くことに自信がない。明日までにプレゼントになるだけの量はきっと描けない、そう思ったのだ。
『サクから分厚い本をもらっただろ? 魔法陣がいっぱい載ってるやつ』
「うん、もらったよー」
『それ、紙に写せばいいんじゃないかな。リタは君が魔法を使うことを喜んでるようだし』
フィルはソファから立ち上がってリビングの中をウロウロし始める。確かにいい案だとは思った。だけど——
「ほんとにそれってリタが欲しいものかなー」
ぼそりとそう呟いた。フィルはリタに喜んでもらいたいのだ。リタが困った顔をしてプレゼントを受け取るところは見たくなかった。
小さな声だったが、クレアにはきちんと届いていた。
『さあなー。でも、フィルはリタからもらったらなんでも嬉しいだろ?』
「うれしー!」
『リタもそうなんじゃないかな。それに、リタは君が魔法陣を描くのがあまり得意じゃないってわかってるだろうし』
そう言ったクレアの声は優しい。その声に安心したフィルは、頷く。クレアが言うなら間違いないだろう、という強い信頼があった。
「じゃあプレゼントはそれにするねー」
『あぁ、おやすみ』
フィルはペンダントを離すと、鼻歌交じりでリビングの棚に近寄った。
「かーみー! かーみー?」
ふふふん、と即席の歌を歌いながら棚の中身を上から確認していく。二段目に、サクからもらった本が入っていた。だんだんと下にいくにつれてフィルの鼻歌は小さくなる。
「この家に紙、あるのー……?」
チラリと壁に貼られた白い紙を見る。冷風が出ているあの紙、あれはどこから出してきたっけ?と考えて思い出した。あの紙はサクが持ってきてくれたものだった。
「クレアー!」
『フィル、ボクはもうベッドに入りたいんだけど』
フィルは再びペンダントを握ってクレアに泣きついた。クレアはさっき以上に面倒くさそうに返事をする。しかし、フィルはそんなことは気にせずに話を続けた。
「紙がないー!」
『明日こっちに来てから描けばいいだろう……お互いもう寝よう、な?』
いい加減にしてくれ、と言いたげな口調でクレアはそう訴える。くあっと大きなあくびを二度した。
「そっかー」
『じゃ、これ以上ボクの水晶を光らせないでくれよ』
その言葉を最後に、フィルの頭は静まり返る。とりあえずプレゼントは決まった。魔法陣を描くことには不安はあるけど、決まらないよりは良い。そのことがフィルを安心させたのか、糸が切れたようにソファに倒れこんだ。そのまま、朝までソファで眠った。




