リタの、欲しいもの……
「ただいまー、遅くなってごめんね」
日が沈み空がオレンジになってきた頃、リタは荷物片手に帰ってきた。フィルのために買おうと思ったクッキー屋台が、思いの外ならんでいて少し遅くなったのだ。
返事が返ってこなかったことを不思議に思ったリタだったが、キッチンへ歩いて気づいた。
「寝てるし……着替えてないし……」
ソファに仰向けで寝転がり、スヤスヤと眠るフィル。ただでも狭いソファで寝返りを打ったのか、ギリギリに寝ている。きっと少しでも動いたら落ちると思ったリタは、フィルの体をゆすった。
「おーい、フィル」
「……んー」
眉間にしわを寄せるが、起きる気配がない。今度は大きな声をかけてみる。
「フィル!」
その呼びかけにフィルは体をビクつかせて——
「ぃたー……」
——ゴツン、と大きな音を立てて落ちた。
「ごめん、大丈夫?」
「んー、なにー?」
痛みより眠気が勝っているのか、フィルは落ちた姿勢のまま目を細めてあくびをした。リタはフィルが打ったであろうところを触る。ペタペタと痛がらないか確認するが、フィルはまだ起ききってないのかぼんやりとした目をしている。
「おはよう」
特に痛がる様子もなかったので、リタは立ち上がってまだ寝転んでいるフィルの頭を撫でる。
「おはよー……」
ぼんやりした目でリタを見ると、手に野菜があった。えっと、リタが買い物に行って、クレアと話して、それから……と考えているうちに頭が冴える。目の前で微笑んでるリタを見て声を上げた。
「……ぅわ、リタ!?」
「え、なにその反応……」
「な、なんでもない!」
ぶんぶんと頭を振りごまかすフィル。リタにあげるプレゼントを考えていたのに、どうして寝ていたんだろう。はあ、と小さくため息をついて立ち上がった。
「晩御飯作るからね」
「わ、わたしお部屋行ってるー」
フィルのその提案に、リタは首を傾げた。
「え、あ、うん。いいけど……?」
リタのその返事を聞かないまま、フィルはリタの部屋へ駆け出した。
部屋に入ると、すぐにベッドに飛び込む。枕に顔をうずめ、両足をバタバタさせて独り言を始めた。
「……どーしよー」
いくら考えてもリタの欲しそうなものが思いつかない。うんうん、といつも以上に頭を悩ませる。
「うーん、クレアに……だめだめ……」
一瞬、クレアに頼んで何かを買ってもらおうかという考えが浮かんだが、首を振った。
「リタの、欲しいもの……自分で、出来ること……」
フィルはそれにこだわった。お金がない自分にできること。魔法は使えるけど、それをどうしたら? リタが使って欲しい魔法? 野菜を育てる? 部屋を涼しくする? 氷を作る? ぐるぐると様々な魔法がフィルの頭には浮かんでは消えた。
「……ル……フィル!」
「はっ、また寝てた……?」
フィルは再びリタの声で飛び起きた。リビングからいい匂いがしている。エプロンをつけたリタが自分を覗き込んでいるのに気づいて、フィルは頭を叩いた。
「ばーかー」
そう言いながらポカポカと自分の頭を叩くフィルに驚いたリタは、彼女の手を取って止める。
「フィル! どうしたの?」
「また寝てたー」
「いつものことでしょ。さ、ご飯だよ」
ふふふ、と笑ったリタはフィルの手を掴んだまま、リビングへ向かう。
「うぅ、今日は違うのー」
リタに手を引かれながら、フィルは潤んだ瞳でそう呟いた。
「いただきまーす」
パチン、と手を合わせてフィルはサラダに手をつける。いつものように美味しいが、フィルはなんだか上の空だ。ぼんやりとしたまま食事をしているフィルをジッと見つめて、リタは首を傾げた。
「体調悪いの?」
「んーん、だいじょーぶ」
フィルは首を振って否定するが、表情が明るくない。フィルの頭の中では様々な案が出ては消えているのだが、リタにはそれがわからないのでフィルの暗い表情が心配になる。
「大丈夫、って顔じゃないけど」
「だいじょーぶだもん」
「本当? 辛いなら無理しないでね」
こくり、と頷いて今度はパンに手をつけた。固いパンを噛みちぎり、フィルはリタに目を向ける。
「ねえ、リタ? な、何か欲しいものってある?」
できるだけ不自然にならないように、と思ったフィルだったが、突然の問いにリタは首を傾げて手を止めた。
「欲しいもの? うーん、特にないかな」
「えー、何かあるでしょー」
何か思いついてくれ、というフィルの願いは届かず、リタは首を横に振った。
「フィルは何かないの?」
「わたしはー、美味しいものかなー」
笑ってフィルがそう答えると、リタは口元を押さえてクスクスと笑う。
「いつも通りだね。で、欲しいものがどうしたの?」
その問いかけにフィルの頭の中は大慌て。プレゼントをあげることがバレないように、フィルは冷静さを取り繕って口を開く。
「あ、え、いやー、さっきクレアと話したのー」
「クレアさんは何が欲しいって?」
「えっとー、なんだったかなー……あれだ、角! 角が欲しいってー」
「角かぁ、クレアさんらしいね」
クスクス笑うリタに、フィルはホッと胸を撫で下ろした。
「じゃあ、冷めないうちに食べようね」
リタはそう言って食事に戻る。バレなかった安心でフィルもパンをかじったが、ハッと思い直す。
「えっと、本当に欲しいものないのー?」
ズイっとテーブルに体を乗り出してフィルはそう尋ねる。その真剣な眼差しに押されてリタはしばらく考え込んで、ポンと手を叩いた。
「あ、そう言えば……」
「いえばー?」
「私も魔力が欲しいな」
リタはそう言ってニッと笑う。リタのいい笑顔に一瞬見とれたフィルだったが、その願いには頭を抱えた。
「魔力、ねぇ……」
真剣な表情でそう呟いたフィルに、パンを口に入れたリタは首を傾げた。




