帰っても一緒だよ
リタとフィルは時々笑い合いながら食べ進めた。大きな器のシチューとパンは、よく食べるフィルのお腹を充分満足させる量だった。
二人が器を空にした頃には、周りの客は一人もいなくなっていた。店内には女将が皿を洗う音だけが響いている。
「ごちそうさまでしたー」
フィルが満足気なその声に、女将が手を止めた。濡れた手をエプロンで拭きながら、テーブルにやってくる。
「おかわりはいらなかったか?」
「はい、お腹いっぱいです」
「おいしかったー!」
フィルがポコポコとお腹を叩いてみせると、女将は白い歯を見せて笑った。わしゃわしゃと頭を撫でられたフィルは楽しそうに笑う。どうしてフィルはすぐ人に撫でられるのだろうか、とリタは首を傾げた。
しばらく二人をぼんやりと見ていたリタだったが、ハッとしてポケットから財布を取り出す。
「あの、おいくらですか?」
「ああ、代金は結構だよ」
フィルを撫で回していた手を止めて女将はそう言う。その答えにリタは一瞬フリーズして、すぐに首を振った。
「え、いえ、そういうわけにはいきません」
「いいもの見せてもらったしな」
「なっ!」
リタを見てニヤリとする女将。その表情に、リタは顔が熱くなるのを感じた。一方で、フィルは女将のニヤつきの理由が分からずに首を傾げている。
「だから、また仲良く二人で来てくれよ!」
「くるー!」
「えっと、本当にそれで……?」
「おうよ! 常連さんになって貰えれば万々歳だ!」
戸惑うリタの頭に手を置き、女将は白い歯を見せた。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまー!」
店のドアを開け、リタは頭を下げる。外は真っ暗で、来た時よりも風がひんやりしている。
リタはランプに火をつけるためのマッチをポケットから出そうとする。ポンポン、と外から叩いてもマッチの箱の感覚がなくハッとした。
「あ、マッチ忘れた……」
「マッチか? 待ってろよ」
リタの異変に気付いた女将はすぐに店内に戻って行く。そんな中、フィルはリタの服の裾を引いた。
「リタ」
小さく呼びかけると、フィルはランプに手をかざす。なにしてるの、と言おうとした次の瞬間、ランプの中に小さな火が灯った。足元が明るくなる。驚いたリタに、フィルは得意げに笑ってランプから手を離した。
「あれ、あったのか?」
マッチを手に戻ってきた女将は、不思議そうにランプの明かりを見た。リタは慌ててランプを持った手を背中に回す。
「あ、えっと、そうなんです」
慌てたリタに首を傾げた女将だったがリタの嘘に疑問を持つ様子もなく、もってきたマッチをエプロンのポケットに仕舞った。
「さ、暗いから気をつけて帰れよ」
「ありがとうございました」
リタは再び頭を下げ、フィルの手を取って歩き出す。
「おいしかったねー」
「そうだね」
「また来ようねー」
「うん、来なくちゃね」
そんな会話をしながら、二人は手をつないで町を歩く。人は誰もいない。道を照らすのはリタの手にある明かりだけ。
「フィル、見て」
「……なにー?」
森に入る手前、リタはランプを持ち上げて空を指差す。フィルは眠そうに、ゆっくりとその手の先へ目線を動かした。
「わあ……すごーい」
空には欠けた月と、無数の星、星、星。見上げたままその場でぐるりと回ってみるが、星しか目に入らない。フィルは未だ眠そうな目をほんのり輝かせて、リタの手をギュッと繋ぎ直した。
「ちょっと座ろー」
リタとフィルは手をつないだまま大きな木にもたれかかって座る。地面に置いたランプが辺りを照らした。空を見上げると、木の葉の隙間から輝く星々が見える。二人はぼんやりと空を見つめていた。
「星すごいねー」
「うん、綺麗だね」
冷たい風が抜ける。その風は、もう暑い季節の終わりを感じさせた。フィルはリタの肩に頭を乗せ、眠たい目を閉じる。
「フィル、眠いんでしょ」
「……んー、ちょっとー」
「じゃ、早く帰ろう」
空いている方の手でフィルの頭を撫でた。くすぐったそうに笑ったフィルは、眠たそうに口を開く。
「もーちょっと、リタと、一緒に、いる……」
「帰っても一緒だよ」
眠たさから途切れ途切れにそう言ったフィルに、リタは笑って返事をする。サラサラの銀髪が風に揺られてリタの頰を撫でた。
「フィル、目あけて」
「……おきてるー」
半分寝ているままのフィルの手を引き、リタは家に帰った。
もう涼しくなってきたから、とリタは自室のベッドにフィルを寝かせる。着替えさせることもできなかったが、まあいいか、と布団を首元までかけてあげた。
「おやすみ」
目を閉じているフィルの頭をポンと叩き、リタはそう小さく呟いて部屋を後にしようとした。そのとき、フィルが薄っすらと目を開けてリタを呼ぶ。
「……リター?」
「ん、どうしたの?」
リタがベッドの近くに戻ると、もう寝そうだとは思えない力でリタの腕を引く。よろけたリタはベッドに倒れ込んだ。驚きの声を上げたリタを抱き枕にして、フィルは小さく呟く。
「……明日もすき」
眠そうな目のままニコッと笑ったフィルは、それだけ言うとすぐに目を閉じて寝息を立て始めた。
抱きつかれたリタは少しの間フィルの顔を見つめる。強く抱きつかれているわけでもないので、ベッドから出ようと思えば簡単に出られた。着替えてもいないし、ポケットに財布は入ったまんま。しかしリタは目を閉じた。
このうるさい心音でフィルが目を覚ますかも。そんないらない心配をしているうちに、リタも眠りについていた。




