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わたしのこと嫌い……?



 目の前に置かれた器に目を輝かせて、フィルは手を合わせる。


「いっただっきまーす!」


 まわりの喧騒にも負けないよく響く声でそう言ったフィルは、湯気の立つ白いスープと中の野菜をすくって口に運ぶ。


「はふっ、はひっ……おいしー!」


 はふはふ、と息を吐きながら、野菜を頬張っている。それを飲み込むと、カゴに入ったパンに手を伸ばす。


「パンもふわふわー!」


 笑顔で食事を楽しむフィルを、リタは無意識にじっと見つめていた。その目線に気づいたフィルは手を止める。


「リタ、食べないのー?」


 そう言われてリタは自分の手がスプーンを持ったところで止まっていることに気がついた。


「た、食べるよ」


 慌てて目を逸らしてそう答えると、シチューをすくう。大きく切られた野菜と肉がゴロゴロ入ったミルクのスープだ。スプーンを口に運ぶと、ふんわりと甘いミルクの香りが立つ。


「ん、美味しいね」


 リタは笑顔でそう言う。今度はフィルがリタを見つめる番だった。ジッと見つめられるリタはシチューに気を取られて、その視線に気付かない。


「ねえ、体調悪くない?」


 しばらく見つめたフィルはスプーンを置いて唐突にそう尋ねた。いつになく真剣な口調に、リタは少し考える。


「えーっと、頰っぺたは痛いけど……」

「それはごめんなさい……」


 自分の頰を触って答えたリタに、フィルは小声で謝る。それは店内の騒がしさにかき消されてリタには聞こえなかったのだが。


「ん? 後は悪くないかなあ。どうして?」


 私が起きた時も同じようなこと聞いてきたけど、リタが小首を傾げる。フィルは再び黙って見つめる。しばらく見つめた後、眉毛をハの字にして口を開いた。


「リタ昨日から体温高くない?」

「そんなことないと思うよ」

「うーん、だってー……」


 フィルはそう言うとリタの額に手を伸ばす。ハッとしたリタは、それをサラリとかわした。フィルは首を傾げて再びリタの額を目指すが、リタも再び避けた。


「リタ……わたしのこと嫌い……?」


 フィルは伸ばした手を引っ込め、目を潤ませる。その瞳にリタは慌てて顔の前で手を振った。


「そ、そんなわけない!」

「じゃあなんで触らせてくれないの! 触られたくないんでしょ! さっきだって目逸らしたし!」

「ちがっ……」


 フィルの大きな声に、静まり返る。束の間の静寂の後、店内は元の騒がしさに戻った。

 その原因に気づいた女将は二人のテーブルに駆け寄ってくる。結ばれた短い髪がぴょこぴょこ跳ねている。


「どうした、どうした?」

「リタがぁあ、わたしのこと嫌いだってぇえ」


 俯くフィルの目から、ポタポタとテーブルに涙が落ちた。テーブルに出来た小さな二つの水溜りを、女将は丁寧に布巾で拭く。


「私そんなこと言ってない……」

「でもぉ……」


 弱々しく否定したリタを見ず、女将に助けを求めるような目線を送るフィル。そんなフィルの頭を女将はポンと叩く。


「ほら、シチュー食べて落ち着け」


 フィルは言われた通りにスプーンを取り、口に運ぶ。目に溜まった涙を残して笑顔を作った。


「……おいしー」

「だろう?」


 あまり明るくはない顔だが、女将はあえて大袈裟に笑う。フィルがシチューに夢中になり始めたところで、リタの方を見た。リタは身振り手振り多めで女将に話しかける。


「あの、私、えっと、その、フィルが……」

「落ち着け、な?」


 ポンポンと背中をたたき、リタを落ち着かせる。深く息を吸ったリタは胸に手を当てて小声でポツリと話し始めた。


「フィルに触られると心臓がチクチクして……」


 リタが真面目な顔でそう言うと、女将は口元をニヤつかせる。


「ははーん」

「な、なんですか?」

「いーや、続けて」


 首を傾げたリタに、より一層ニヤつく女将。


「それで、今触られそうになったのを避けちゃって、フィルがあんな風に」


 そう言ってリタはチラリとフィルの方を見る。フィルは黙々とシチューをすくっている。食事中だというのに、フィルの顔は暗い。流れるギリギリ手前の涙が、目に溜まってこぼれそうだ。

 はあ、とため息をついた女将は再びフィルに話しかける。


「なあ、フィルちゃん」

「リタ、わたしのこと嫌いだって?」


 女将に声をかけられてハッと顔を上げたフィルの頰に涙がツーっと流れた。女将は白い歯を見せてその涙をぬぐう。


「逆だよ、逆」

「嘘だもん……」


 スプーンを持った手をプルプルと震わせ、フィルは再び俯いた。涙はもう流れていないが、リタにはフィルの暗い顔が思い浮かんだ。想像上のその表情に、リタは心臓がギュッと縮む感覚を感じた。


「まあまあ、聞いてあげなって。じゃ、後は若いお二人でー」


 ニヤつく口元を隠すことなく、女将は手を振ってキッチンへ戻っていく。残された二人には気まずい空気が流れる。

 フィルはシチューの器に視線を落としたまま。リタは指を組んだりほどいたりしながら、話し出す機会をうかがっている。そんな二人を女将はキッチンからニヤニヤと眺めていた。


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