隣町に食堂があるんだよ
「ね、どこ行くのー?」
ランプを用意するリタを、玄関の扉を開けて足踏みして待つフィルは明るい声でそう問う。外から入る空気はもう冷たくも感じられた。
「隣町に食堂があるんだよ。そんなに大きくないけどね」
リタはマッチを擦って、その火をランプに移す。消えないようにソーっと蓋を閉め、待ちきれないフィルの元へ向かった。
「ふーん。さ、行こー!」
「わ、危ないから引っ張らないで!」
リタの空いた手を引いてフィルは家を飛び出した。ランプがカチャカチャと音を立てる。暗闇には、ランプの光と月明かりだけがぼんやりと輝く。
繋がれた手からピリピリと小さな電流が流れるように感じたリタは、大きく息を吸ってギュッと握り返した。そうするとリタの心臓は落ち着いてくる。
「フィル、ゆっくり!」
「はーい!」
へらっと嬉しそうに笑ったフィルは、スピードを落としてリタの持つランプを手に取った。火の光を覗き込んで笑うフィルを、リタは微笑ましく思った。
森の中を歩きながら、リタは空いた手で自分の頰を揉む。なんだか痛い気がするのだ。そんなリタに気づいたフィルは光を彼女に当てて、見つめる。
「何してるのー?」
「あ、いや、なんか痛いんだよね」
ぷにぷにと揉んでも痛い、伸ばしてみても痛い。どこかにぶつけたのだろうか、と疑問に思っているリタに、フィルは慌てて目線を逸らす。
「へ、へぇー、どうしたんだろうねーえ」
そう言いながらも、フィルは心の中で謝った。寝ているリタの頰にいたずらをしたのは、何を隠そうフィルだ。楽しくなってつつきすぎたな、と心の中で強く反省するのだった。
隣町についたフィルは辺りを見渡す。
「わー、夜は人いないんだねー」
「そうだね、暗いと危ないしね」
フィルは嬉しそうにブンブンと腕を振って歩く。ランプで照らされているのは足元だけだが、リタにはフィルの嬉しそうな表情が想像できた。
「どこも閉まってるね……本当に食堂は開いてるのー?」
「開いてる……はずだよ?」
そう返してすぐ、目的の店に着いた。窓からは光がこぼれており、営業中だとわかったリタはホッと胸をなでおろす。フィルからランプを受け取り、中の火を消した。
リタが食堂の扉を押すと、扉についたベルがチリリンと鳴った。
「いらっしゃーい!」
狭い店の中はざわざわと騒がしい。その中から、女将のひときわ大きな声が響いてきた。
「わ、人がいっぱいー!」
「どこか空いてますか?」
リタは騒がしさに負けないように大きな声を張る。その声に、輪をかけて大きな声声で女将が返す。
「こっちが空いてるよ!」
二人は手招きされて女将の方に向かった。小さなテーブルに椅子が二つ、それが二人の案内された座席だった。天井から各テーブルにランプが吊るされている。
「いらっしゃい! お客さん、初めて見る顔だね」
「はじめて来ましたー!」
女将が笑うと、健康的に焼けた肌に白い歯が見えた。その元気な笑顔に、フィルも笑顔で答える。今度は向かいに座るリタをジッと見つめて何かを考え始めた。
「君は、えーっと……リタちゃんだ!」
ビシッとリタを指差し、女将はそう言い切る。それにはリタも驚いた。
「覚えてるんですか!?」
「あたしの特技だよ! 客商売にはぴったりだろ!」
女将は得意げに鼻の下をこすり、口元を緩ませた。
「で、今日は何にする?」
「おいしいのー!」
「おー、美味しいのかあ。うちのは全部美味しいぞ!」
フィルのぼんやりとした答えにも、女将は大きな反応を返す。それでもわざとらしくなく、人と話すのが本当に好きなのだということがよくわかった。
リタは笑いあっている二人に恐る恐る口を挟む。
「あの……名物とかありますか?」
「あるぞー、それでいいか?」
「はい、じゃあそれを二つお願いします」
「わかった! すぐに作るからな!」
女将は腕まくりのジェスチャーをして、笑顔でキッチンへ戻って行った。後ろから見ると、短い髪を一つに結っていることに気がついた。
「リタ、来たことあるのー?」
「すっごく小さい時に二、三回……」
「それを覚えてたの! 魔法かなー?」
フィルは尊敬の眼差しでキッチンの女将を見つめる。水を差すのもよくないか、とリタは否定せずに苦笑いで誤魔化した。
「お待たせ! 当店名物クリームシチューだ!」
女将は大きな器を二つ、勢いよくテーブルに置く。器からは湯気が立ち、ミルクのかおりがふんわりと香ってくる。
「おいしそー!」
「あと、パンはサービスだ! 可愛いお客さんのためにな」
そう言って女将は二人ににウインクをし、パンのたくさん入ったカゴをテーブルの真ん中に置いた。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ! じゃ、ごゆっくり」
女将はヒラヒラと二人に手を振り、他のお客の元へ戻っていった。そのお客のところでガハハと豪快に笑う声が聞こえる。
この店がこんなに繁盛しているのは女将さんの性格のおかげなのだろうな、と遠くで笑う彼女の姿を見てリタは思った。




