人の気も知らないで……
「もういらないよー……えー、だってわからないもん!」
フィルはリタの膝に頭を乗せ、楽しそうに誰かと会話をしている。サラサラの髪が太ももに当たってこそばゆい。リタには相手が誰だかはわからないが、フィルがコロコロと表情を変えるのを眺めていた。
「えへへー……む、そんなことないー!
リタと代わる? あー、そうなのー。じゃあねー」
フィルは握っていたペンダントを離し、自分を見つめていたリタと目を合わせる。
「どうしたのー?」
そう言って、フィルはリタの眉間のしわに指を伸ばす。リタ自身も気付かない内に、しかめっ面になっていたようだ。フィルの柔らかい指先にほぐされた眉間からじんわりと顔全体が熱くなるのを感じたリタは、慌てて顔をそむける。
「あ、え、っと、なんでもないよ。クレアさん?」
「そーそー」
フィルは体を起こし、リタの隣に座りなおした。そのままリタの肩に頭を乗せて続ける。
「また本忘れていったよねーって」
「あ、うん、そういえば」
「一応置いといてくれるってさー」
「こ、今度は忘れないようにしなくちゃね」
言葉を詰まらせるリタに、フィルは怪訝な顔を向ける。昨日、魔族の国から帰って来てからこんな態度なのだ。
「ど、どうしたの?」
フィルの表情に、リタはなおも言葉を詰まらせて言葉を口にする。フィルは不機嫌そうに頬を膨らませて再び太ももに頭を下ろした。
リタの健康的な肌にフィルの柔らかい頬が触れる。リタの心臓はドキリと跳ねた。
リタ自身も自分のおかしさに気が付いていた。フィルに抱きしめられて慰められてからというもの、彼女の一挙手一投足に、言葉一つに、今まで以上に心臓が高鳴るのを感じた。時には指先までぴりりと電流が流れたように感じることさえあった。
「リタ、どこか行く?」
リタの方を向かずにフィルはそう問う。
「えっと、今日は行かない予定だけど、どこか行きたい?」
「んーん、じゃあおやすみー」
「え、寝るの?」
小さくあくびをしたフィルは目を閉じる。リタの膝枕でフィルが寝ることなど日常茶飯事なのだが、今日のリタはどうしたものかと頭を悩ませた。
フィルの頬が当たっている太ももが熱い。じんわりと全身に熱が広がる感覚もある。リタは、既に気持ちよさそうに寝息を立てているフィルの頬をつついてため息をついた。
「人の気も知らないで……」
頬とぷにぷにとつつき続けていたリタはその柔らかさに癒され、いつの間にか眠りについていた。
「んぅ……」
先に目覚めたのはフィルだった。すっきりと目が覚めたフィルは、寝ているリタに気付いてそっと体を起こした。
フィルは、座ったままの態勢で眠るリタをソファの前にしゃがんで観察する。いつもは必ずリタの方が先に目覚め、フィルが寝顔を見る機会はなかったのだ。風邪を引いていたときの辛そうな表情はなく、穏やかに寝息を立てるリタを間見つめた。
リタを見つめるフィルの表情が緩む。太ももをつついてみるが起きない。お腹をつついても起きない。楽しくなったフィルが頬をつついても起きない。試しに両方の頬を同時につついてみると、眉間にしわを寄せて嫌そうな顔をする。その表情に、フィルの頬はより一層緩んだ。
「楽しい……」
しばらくの間、頬の柔らかさを堪能し続ける。しかし、さすがにそろそろ目覚めてもいい頃ではないだろうか、とフィルは心配になってきた。お腹も空いてきた。最後にぷにぷにとつつき、リタの体を揺らす。
「……リーター!」
「わっ、どうしたの」
フィルの声で目覚めたリタは、体をビクリと震わせる。ハッとして見た窓の外は真っ暗で、フィルの方が先に目覚めるほど長い時間寝てしまったことに気が付いた。
「ごめん、こんなに寝ちゃうとは思わなかった」
「リタ、だいじょーぶ?」
フィルは心配そうな表情でリタをのぞき込む。昨日からの自分に対する反応、あまりにも深い眠り、体調が悪いのではないかと心配になっているのだ。
「ん、大丈夫だよ」
リタは立ち上がって伸びをする。座ったまま寝たせいか、体のあちこちが痛い。なぜか頬も痛い気がして、リタは手を当てて不思議に思った。
窓に近づいて覗いてみると、空には月が輝いている。寝起きで料理をするのも面倒くさいリタは、フィルの方を振り返って提案した。
「……何か食べに行く?」
「行くー!」
フィルはぴょんと立ち上がり、嬉しそうに手を高く伸ばす。そのまま軽やかに玄関まで走り、早く早くと手招きをした。




