リタ、助けてほしいんだ
『リタ、今すぐサクを向かわせるから準備しておいてくれ』
フィルのペンダントが光り、クレアの声がリタの頭に響いた。早口でそれだけ言うと、頭の中は静まり返った。
日が沈みはじめ、空がオレンジになりかけている。
クレアの切羽詰まった声に、二日前の慌て様が脳裏に浮かんだ。何か大変なことがあったんだ、とリタは自分の膝で寝ているフィルを強くゆする。
「フィル、起きて! サクさんが来るって!」
「……んぅ」
フィルは目をこすり、体を起こそうとする。その時、玄関が大きく開いた。
「おーい、リター?」
「ちょ、ちょっとその場から動かないでください!」
リタは慌てて玄関を開けたサクを制止する。サクは不思議そうな顔をするが、言われた通りに玄関で二人を待った。
その間にリタはフィルを立たせ、乱れた服装を直す。捲れ上がった裾をおろし、ほどけたリボンを結びなおす。冷風の魔法陣がある間は服を着ること、という約束がこんな形で役立つとは、とリタは少しホッとした。
「お待たせしました」
大きなあくびでよたよたと歩くフィルを支えながら玄関を出る。家の前には青く光る魔法陣がすでに用意されている。魔法陣は、三人が飛び乗ると、待っていましたと言わんばかりに輝きを増す。次に三人が目を開けたときには、魔王城の前だった。
いつもは賑やかな魔王城の周りがなんだか静かに感じ、リタは不安を覚えた。
「な、なにがあったんですか」
城の中を早足で歩くサクの後ろを追いかけながら、リタは尋ねる。フィルはサクに背負われて、再び寝ようかと目を閉じている。
「詳しいことは魔王様から聞いてくれ」
サクは大きな扉の前で立ち止まり、フィルを下ろしてそう答えた。目をこするフィルの手を引き、不安な心持ちでリタは重い扉を開いた。
「クレアさん……っ!?」
「リタ、助けてほしいんだ」
扉の向こうは初めて二人がこの城に来たときに通された部屋だった。豪華な赤い絨毯の先、金ぴかの椅子にクレアは腕を組み、不機嫌な顔で座っている。その機嫌の悪さの理由は、何も言わなくたってわかった。
「……お母さん、離れて」
リタは赤い絨毯の上を歩き、クレアにまとわりついている自分の母親――ニーナを引きはがした。
「ああ、本当だったのか」
クレアは俯いて額に手を当てる。そんな彼女の乱れた長い髪をリタは慌てて直した。
クレアから離されてニーナは、ターゲットをフィルに代えて駆け寄った。勢いそのままにギュッと抱きしめる。
「きゃー、フィルちゃん! 相変わらず可愛いわねー!」
眠い上に耳元で大きな声を出されたフィルは、迷惑そうにリタに目線を送った。
「すみませんでした」
「いや、リタは悪くないんだ」
扉の前でもみくちゃにされているフィルに心の中で謝りながら、リタはクレアに頭を下げる。クレアは疲れ切った顔で立ち上がり、下げられた頭を撫でる。
「それより、一緒にいた男はもしかして……」
「はい、たぶん父です」
リタの答えにクレアは頷き、ペンダントを握って誰かに支持を出した。
「……リタの父親だそうだ。連れてきてくれ」
どこからか連れてこられたリタの父親――ジャグは、疲れ切った表情で絨毯の上に座り込んだ。近寄って来たクレアに、怯えた表情を見せる。
「リタの父親だな?」
「は、はい!」
「こいつは君の妻か?」
フィルを撫でまわしているニーナを指さし、厳しい口調で問う。その声にジャグはより一層縮みあがった。
「そ、そうです! ニーナは私の妻です」
「ニーナっていうのか……」
クレアがそう呟くと、離れて見ていたリタは驚いて駆け寄る。
「名前も聞いてなかったんですか!?」
「ああ、だから怪しいと思ってこの男と隔離して話を聞いていたんだよ。話を聞くうちにリタと関係がありそうだと思って君を呼んだんだ」
クレアにそう言われてリタは頭を抱えた。そこまで馬鹿だとは思わなかった、とリタの目にはじんわりと涙が浮かぶ。
「こっちがニーナで、こっちはジャグです。私の両親です。ご迷惑をおかけしました」
リタは両親を交互に指をさし、深く頭を下げる。
友達だとはいっても、クレアは一国の王様だ。そんな彼女に、自分の両親が大きな迷惑をかけたことに涙が出た。ポタポタと落ちる涙は、赤い絨毯にシミを作る。
「か、顔をあげてくれ、リタ」
いきなり泣き出したリタに、クレアはオロオロすることしかできない。もみくちゃにされていたフィルは、こちらの騒がしさに気付きニーナの腕から抜け出してリタに駆け寄った。
「リタ、だいじょーぶだいじょーぶ」
フィルはリタを正面からギュッと抱きしめる。子どもに言い聞かせるように、頭をゆっくりと撫でた。
「そうだぞリタ。迷惑……は、確かにかけられたかもしれないが、何事もなかったんだからな」
クレアはそう言ってにっこりと笑う。
リタが泣いたからそう言ったわけではない。“何事もなかった”というのはクレアの本心だった。魔族が傷つけられたり、魔族が誰かを傷つけたりしていないなら、クレアにとっては本当に“何事もなかった”のだ。
「ほら、顔を上げろ、な」
そのクレアの声に、リタは涙をぬぐって顔を上げる。優しい笑顔のクレアの後ろに、土下座をしている両親が見え、リタはプッと吹き出した。




