魔法は想像力だ
魔王の国に着いたリタは、迷惑そうな顔のイアンに頭を下げる。魔力のあるフィルがいるにも関わらず、足にされているのが気にくわないようだ。フィルはそんな彼のことなど気にせずに、大きなあくびをする。
「よー! フィル眠そうだなあ」
「んー」
クレアは片手を上げ、笑顔で城から走り出てくる。機嫌が悪いのではないか、と思っていたリタは拍子抜けした。
「無理やり起こしたので……」
「いや、もう昼過ぎだぞ?」
クレアにそう言われて、リタは苦笑いすることしかできない。
「フィル、教える前に氷を食べさせてやろう」
うつむき加減のフィルに近寄り、クレアは見上げる。満面の笑みでそう言うと、眠気はどこへやらフィルの顔がパッと明るくなった。
「冷たーい」
「また頭痛くなるからゆっくりね」
細かく削られた氷をスプーンですくって次々と口に運ぶフィルを、リタは自分の分そっちのけで心配そうに見つめる。その発言に、クレアは手を止めて首を傾げた。
「食べたことあるのか?」
「はい、もう少し涼しい季節に」
リタは、フィルを初めて隣町へ連れて行った時に彼女が食べたいと言ったことを思い出す。あの時は勢い良くかきこみ、眉間にしわを寄せていたのだ。
「なーんだ」
クレアはつまらなそうにそう言って、スプーンを口に運んだ。フィルがこれを食べたことがないと思っていたのだろう。
「あ、でも暑くなってからあっちで食べるのは難しいんですよ」
クレアの冷たい返事に、今日の彼女は虫の居所が悪いのではないかとリタは慌てて取り繕う。クレアは、リタがどうして慌てているのか、と再び首を傾げた。
「さ、じゃあ教えるかあ」
器を空にしたクレアは、伸びをしてそう言う。中から体が冷えたフィルは面倒くさそうにスプーンで空になった器を叩く。
「えー、クレアが作ったの持って帰ればいいじゃーん」
「覚えたら家でも食べれるぞ?」
フィルの顔が一瞬パッと明るくなる。しかし、すぐにシュンとした。
「でもおうちにシロップない……」
「売ってないのか?」
クレアはリタの方を向いて尋ねる。
「どうでしょう? 買おうと思ったことがないので……」
「こっちには普通に売ってるから必要ならあげるぞ」
「えーっと、じゃあフィルをお願いしていいですか? その間に買ってきます」
どうせフィルが魔法を教わっている間にリタに出来ることはほとんどない。暇を持て余すくらいなら、と考えたのだ。
「一人で大丈夫か?」
「場所だけ教えていただければ」
誰かついて行かせようか?というクレアの提案に、リタは勢いよく首を横に振った。クレアは、一番近くの店まで行き方を口頭で伝える。それでも安心できなかったクレアは、地図を描いてリタを送り出した。
「まあ、迷ってもペンダントがあれば大丈夫だよな」
「リタのはまだ魔法かかってないよ?」
あっけらかんとそう言ったフィルの背中を叩き、クレアは部屋を飛び出そうとする。
「なんのためのペンダントだ! リタが迷ったらどうするんだ?」
「ここは目立つから帰ってこれるよー。それに、お店はすぐそこでしょ?」
フィルに落ち着いた口調でそう言われたクレアは、顔を赤くして椅子に戻った。
「魔法は想像力だ。それさえあればほとんどなんだって出来る」
「ほー?」
クレアは使用人が持ってきたバケツいっぱいの水を、さっき食べた器に入れてみせる。
「ここにある水、氷になれ……」
クレアはそう言って器に手をかざす。するとみるみる内に音を立てて凍り始める。フィルは目を丸くして器に見入った。
「って思うだけでいいんだ。ほら、やってみろ」
クレアはフィルの分の水をすくい、差し出す。フィルも見よう見まねで手をかざした。
「……なあれ」
ぼそりとそう呟くと、ゆっくりと凍り始める。ゆっくりとだが着実に凍る。フィルは、おお!と声を漏らして笑顔になった。
「な、簡単だろう? じゃあ次、この紙に火をつけてみてくれ」
「火?」
クレアはリタに地図を描いた残りの紙をフィルに差し出す。フィルは先ほど同様、紙に手をかざす。うーん、と唸り手に力を入れる。
「……あれ、もうやってるのか?」
しばらく黙っていたクレアだったが、あまりに何も起こらないので声をかけた。フィルのではプルプルと震えるばかりで、紙にはなんの変化ももたらさない。
「できなーい」
「さっきと一緒だぞ? ほら、簡単だ」
クレアが手をかざすとボッと火がつく。広がっては困ると慌てて吹き消し、残りを再びフィルに渡した。
フィルは受け取って手をかざす。すると今度はすぐに火がついた。チリチリと紙を焦がしていく。
「できたー!」
クレアはその火も慌てて吹き消す。そして首をかしげた。フィルは嬉しそうに、凍った器と火のついて焦げた紙を見つめている。
「フィル、出来なかった時と出来た時は何が違った?」
「何が? うーん、なんだろー……」
クレアの真剣な眼差しに、フィルは腕を組んで考える。うんうん、と唸るが答えは出ない。しかし、クレアは何かに気付いたように頷いていた。




