ボクがそっちに行く!
次の日、リタはまだ寝ているフィルの首からペンダントをソッと取る。そろそろ起きないか、と軽く頭を叩いてみるが、寝返りをうっただけで目を覚ます気配はみられたかった。
リビングに戻ったリタは、ソファでペンダントを握る。クレアに繋がれ、と思うと頭の中がザワザワとする。それが繋がった合図だ。
「おはようございます、クレアさん」
『おー、リタか!』
クレアの明るく元気な声が頭に響く。リタは挨拶もそこそこに本題に入った。
「かくかくしかじかで、氷を作りたいんですけど……」
『そっちでは満足に氷も作れないのか? 氷なんて簡単だぞ!』
クレアは不思議そうにそう言う。そう、人間が氷を作れるのはとても寒い季節だけだ。寒い季節に大量に作り、保存する。長く持つわけもなく、本当に必要な暑い季節には無くなってしまうのが運命だ。
「本当ですか! じゃあ、フィルに教えてもらえますか?」
『ああ、構わない。そうだ! いい機会だ、ボクがそっちに行く!』
クレアは声を弾ませてそう言う。来てもらえるのは有難いことだが、リタはその提案に驚いた。
「え、この前は国王だから行けないって言ってたじゃないですか」
『ボクだってそっちの国を見てみたいんだ! ちょっと伝えてくるから待ってろよ』
クレアが早口でそう言うと、リタの頭の中は静かになる。元気だなあ、と思ったリタは一人で苦笑いした。
◇◇◇◇◇
水晶から手を離したクレアは自室を飛び出した。長い金髪を揺らしながら、スキップでキッチンを目指す。これから人間の国に行ける嬉しさで、頰が緩み鼻歌交じりだ。心なしか角まで輝いて見える。
扉を勢いよく開けると、キッチンでは騒がしく使用人たちがクレアの昼食を作っている。広いキッチンに響くようにクレアは深く息を吸って大きな声を出した。
「今からリタのところに行ってくる!」
肯定の言葉が返ってくると信じて疑わないクレアは、腰に手を当てて使用人たちの言葉を待った。突然の魔王様の大声にキッチンは静まり返る。
しばらくして、使用人たちは口々に返事を返す。
「ダメです」「いけません」「何をお考えなのですか」
多方向から返ってくる否定の言葉に、クレアはうろたえた。こんなに風になるとは思っていなかったのだ。
ムッとしたクレアは一番近くにいた使用人に詰め寄る。偶然にも古株の女性だった。彼女が他の使用人たちをまとめているのだ。使用人リーダーと言っても過言ではない。
「なんでだよ! ボクだってこの目で世界を見たいんだ!」
「あなたは一国の王なのですよ。あなたに万が一のことがあったら国民はどうなるのですか」
「う゛……」
あまりの正論に、クレアは何も言い返せなかった。確かにクレアも、リタたちに「自分は王だからそっちには行けない」と言ったことがある。でもあれは二人に格好をつけたかっただけで、クレアも人間の住む国に行ってみたいというのが本音だ。
「で、でも!」
「クレア様は私たち国民を見捨てるのですね」
およよ、とわざとらしく泣き真似をした彼女に、クレアはため息をついた。
何を言っても無駄だと感じたクレアはキッチンを出る。トボトボと自室に帰って、リタと話すべく水晶に手を置いた。
◇◇◇◇◇
『ダメだった……』
さっきまでの元気な声はどこへやら、クレアは沈んだ声でそう言ってため息をついた。
『ボクがいたっていなくたって、大事件なんて起こらないのに!』
「もしものことがあるじゃないですか」
ぐぬぬ、と唸ったクレアだったが、しばらくして明るい声を出す。
『サッと行って、サッと帰ればわからないかもな!』
「バレたらどうするんですか」
リタは間髪入れずに返答する。その返事にリタからは見えないものの、クレアの頰が膨れたのがわかった。
『むー、じゃあイアンに頼む。フィルが起きたら教えてくれ』
「わかりました、よろしくお願いします」
クレアは少し不機嫌なままだが、とりあえず約束はできた。頭の中がしんとなると、リタは小さくガッツポーズをする。
リタは冷たい野菜に一歩近づいた。




