上手にできたね!
次の日の朝、リタがキッチンにいるとドンドンと玄関の扉を叩く音がした。誰だろうか、と玄関に駆け寄って扉を開ける。
「はーい……あ、サクさん!」
「おはよう、リタ。フィルは起きてるか?」
「すみません、まだです」
起こしてきます、とリタは急いでフィルの元へ走った。フィルはぐっすりと眠っている。
「フィル、起きて」
リタは声をかけつつ、フィルの服を探す。サクが家に来た時にフィルが起きていなかったのはラッキーだったのかもしれない、とリタは思った。
「……おはよー。
サクー、どうしたのー」
無理やり起こされ、服を着せられたフィルは不機嫌な顔でサクを見る。
「魔法陣を教えに来たんだ」
笑顔でドンと胸を強く叩いたサクを、フィルは面倒くさそうに見た。リタはそんなフィルの頭を撫で、朝ごはんの準備をし始めた。
「なんで先に言ってくれないのー」
「魔王様も忘れておられたんだろう」
魔法陣の紙への描き方を聞いたフィルは頬を膨らませる。手にはサクから受け取った紙とテープがある。そんな姿に、サクは頭をかいて苦笑いをした。
キッチンで皿を洗っていたリタが、手を拭きながら二人の元に来た。壁に描きかけのまま残っている魔法陣を指差す。
「サクさん、あれはどうしたら……」
「ああ、あれは……フィル」
魔法陣の下に移動したサクは、フィルに手招きをする。
「なにー?」
「あの大きな丸をもう一度なぞれば消えるぞ」
描きかけの魔法陣を指差したサクの言葉に、リタは椅子を魔法陣の描かれた壁の近くに移動させた。フィルは素直に椅子に上がり、言われた通りに外側の円を指先でなぞる。
「……こう? おお、消えた!」
フィルの指になぞられると線はキラキラと消え、丸が全て消えると中の模様もきれいさっぱり無くなった。それを見たサクは満足そうに頷く。
「じゃあ、私は帰るからな」
「お忙しいところ、すみませんでした」
「いや、頑張ってくれよ。さすがに暑すぎるからな」
そう言って片手を上げて玄関から出て行くサクは、服の胸元をパタパタさせて苦笑いだ。
「じゃあやってみようか」
「これって壁に描くのと一緒じゃないー?」
フィルはクレアの書いた見本と白い紙を見比べて、首をかしげる。リタは二枚の紙を取り上げ、フィルの手を引いて玄関を出た。フィルは訳が分からず、されるがままになっている。
リタは見本を下にして二枚の紙を重ね、太陽にかざす。クレアの見本が白い紙に透けて見える。
「これでどう?」
「おー、見えるねー」
「これをなぞればいいでしょ?」
「賢いねー!」
フィルは紙を覗き込んで目を輝かせる。
どうすれば透けて描きやすいか、二人はしばらくの間考える。様々なポーズを考えた結果、フィルを後ろから抱きしめるような形でリタが腕を伸ばして紙を太陽にかざす、というのが一番良いのではないかということになった。
「暑いから早く描いてね……」
炎天下で密着している二人は、じんわりと汗をかき始める。
「う、でも細かい……」
「頑張れ頑張れ!」
リタはそうして励まし続けた。フィルは文句を言いつつも、魔法陣を描き進める。
二十分程そうしていると、フィルが声を上げた。
「で、できたー!
……あれ、消えちゃったー
わ、涼しい! リタ、涼しい!」
フィルはコロコロと表情を変える。完成した魔法陣はキラリと光り、その後消えた。これは魔法陣の下の方に描いた透過の呪文の効果だろう。魔法陣が消え、真っ白に戻った紙からはそよそよと冷たい風が出ている。魔法陣が上手くいった証だ。
「すごい! 上手にできたね!」
汗だくの二人は手を取って跳ねる。そのまま楽しげに家に戻った。
「窓は閉めとこうか」
「どこに貼るー?」
「魔法陣描こうとしたところでいいんじゃないの?」
リタがそう言うとフィルは椅子に立ち、サクにもらったテープで壁に貼り付けた。リタはそれを見て、壁に白い紙が貼られているのは不思議だな、と思った。
「涼しくなるかなー?」
ジャンプで降りたフィルは首を傾げて、椅子を元の位置に戻す。あとは待つだけだ、と二人はソファに座り、不自然な壁の紙を見つめた。
「あ〜、涼し〜」
「涼しいねえ」
五分程で部屋全体がひんやりとしてきた。二人の汗は完全に乾いた。
「クレアさんにお礼しとこう」
あまりの涼しさに少しぼんやりしていたリタは、思い出したようにそう言ってフィルのペンダントを指差す。眠りそうになっていたフィルは面倒くさそうに目を開き、ペンダントを握った。
「クレアー、魔法陣できたー
……涼しいー
……リタに代わるねー」
ふぁあ、とあくびをしてリタに手渡す。そのままリタの太ももに頭を落とした。
「クレアさん、ありがとうございました」
『ボクがもっと早く思い出していれば、フィルも楽だっただろ』
「いえ、フィルに苦労させるのも大切ですから」
そう言うと、クレアは一瞬驚いたように黙り込み、すぐに大きな声で笑った。リタの頭に笑い声がキンキンと響く。
うとうとしているフィルの頭を撫で、リタはクレアに尋ねる。
「あの、お聞きしたいんですけど、この魔法陣って放って置いていいんですか?」
『ああ、使いたい期間はずっとそのままでいい。涼しくなってきて使わなくなったら、剥がして破ると魔法陣は無効になるぞ』
「直接描いた魔法陣はどうすれば無効に?」
『どこに描いたかを覚えておいて、上から大きくバツを描くんだ。忘れたら悲惨だよな』
ははっ、と笑ったクレアに、本当に忘れたらどうするつもりなんだろうか、とリタは首を傾げた。




