どうしてそれを早く言ってくれないんですか!
魔法陣を描き始めて三日が経った。壁に大きく描かれた円の中は上半分も埋まっていない。
「ねえ、これ描き終わるまでに涼しくなってくるんじゃないのー」
「あり得るね……」
リタとフィルは壁を見上げて呟く。徐々にフィルが飽きてきており、描き進めるスピードがかなり落ちてきている。このままでは、本当に涼しい季節に入ってようやく完成するくらいだろう。
フィルは大きく伸びをする。
「もう今日はやめるー」
「そうだね、今日も頑張りました」
リタはフィルの頭をポンと叩く。頑張った、というほど進んでいないのだが、フィルのやる気を削いでも仕方がないと頭を撫でた。
「じゃあ私はご飯の準備するから、フィルは水撒いてきて……って、雨降ってきた!」
日の沈みかけたオレンジの空から細かい雨が降り、地面を濡らして始めている。水撒きを免れたフィルはソファに倒れ込み、にししと笑った。
夕ご飯を終え、リタの太ももで寝ているフィルの胸元のペンダントが青く輝く。フィルは起きそうにもないので、リタは慌てて首から外してギュッと握った。
『フィルー、魔法陣はできたか?』
リタの頭にクレアの明るい声が響く。
「クレアさん、こんばんは。まだまだなんです。どうしても難しくって」
『ああ、リタ。まだまだ、か……じゃあ伝えておこうかな』
クレアの少し勿体をつけた言い方に、リタは首を傾げて次の言葉を待った。
『……さっき思い出したんだけどな、昔、持ち運び用の魔法陣が流行ったんだ』
「持ち運び用、ですか?」
『ああ、魔法陣が描けない人用だったんだけど、サクのおかげで多くの人が描けるようになって廃れたんだよ』
「はあ、それがどうしたんですか?」
リタはクレアの話の要領が掴めないでいる。スヤスヤと眠るフィルの頭を撫でながらクレアの話を聞いた。
『持ち運び用は紙に描かれていたんだよ! つまり、紙に魔法陣を描けば使えるってことだな』
「ええっと……」
『描き方は普段とほとんど同じで、指で模様を描くんだ。これなら少しは楽なんじゃないか?』
クレアの言葉を頭でこねて考える。紙に描けば使える、描き方は同じ、少しは楽……クレアの言いたいことがわかったリタはハッとした。紙を透かせて指でなぞるだけで魔法陣が完成するのだろうと気付いたのだ。
「どうしてそれを早く言ってくれないんですか!」
『す、すまん! 最近は見ないから忘れてたんだよ……』
珍しく大きな声を出したリタに驚き、クレアは勢いよく謝った。
膝で寝ているフィルも体をビクつかせて目を覚ます。ごめんね、とフィルには手で謝り頭を撫でた。
「あ、いえ、すみません。ありがとうございます」
『一手間あるらしいんだが、それはサクからフィルに伝えてもらおうと思ってる』
明日サクから連絡があると思うから、と伝えてクレアは通信を切った。
身体を起こして大きなあくびをしているフィルの首にペンダントを返す。戻ってきたのを確認したフィルは、リタの膝に座り対面で抱きついた。肩に顎を置いて眠そうに口を開く。
「……だれー?」
「クレアさん。魔法陣のことだったんだけど……」
耳元で大きなあくびを繰り返しているフィルを見て、今伝える必要はないなとリタは感じた。
「明日話すから、今日は寝ようか」
「んー、そうするー」
フィルは大きなあくびと共に立ち上がり、フラフラとリタの部屋のベッドへと向かった。
部屋に着くやいなやベッドに倒れ込み、すぐに寝息を立て始める。後ろをついてきていたリタはそんな姿に笑いをこらえて、フィルの隣に入った。
「明日には完成するといいね」
倒れた勢いで乱れたフィルの髪を撫でてリタはそう呟いた。窓の外からはサラサラと雨の音が聞こえ、冷たい風が入ってくる。
「おやすみ、フィル」
「……むにゃ」
タイミングよく言葉にならない寝言を言ったフィルに微笑み、リタは目を閉じた。




