ただ写すだけなのにね
フィルはジッとお手本を見つめたまま手を動かさず、うんうんと唸っている。
「指、動かさないと描けないよ?」
「わ、わかってるよー」
そう言ったフィルは目を見開いて、魔法陣を睨む。首を傾げたまま円の上部に模様を描き始めた。少し指を進めるごとに首を反対に倒し、見本と手元を見比べる。
「こう、かなあ?」
「ここはこうじゃない? あれ、違う?」
「うーん、違う気がするー」
リタも隣からアドバイスをしようとするが、そのアドバイスすらも正しいのかよくわからない。そのくらい複雑で細かい模様が全面に描かれているのだ。
「難しーい」
「ただ写すだけなのにね……」
手元の紙に目を落としたリタはそう呟く。紙に書かれたものを壁に描けばいいと思った。しかし、なぜか壁と向き合うとわからなくなってくるのだ。
うーん、とリタが首をひねっていると、フィルが壁から勢いよく指を離した。
「わ、間違えたー」
壁を見ると確かに必要のないところに線が引かれている。フィルは苦い顔をして椅子から降りて、円を見上げる。リタも椅子から降り、フィルの隣に立って見上げる。
「消せるの?」
「わかんなーい」
うーん、と少し考えたフィルはペンダントを握る。手の中で少し光を放った。
「クレアー? 間違えたー
……魔法陣だよー
……ほう?」
フィルは激しく頷いてクレアの話を聞いている。最後に大きく頷くと、再び椅子の上に立った。
フィルは間違えて引いた線の上を素早く往復するようになぞる。すると、キラリと輝いて線は消えていった。それを見てフィルはおぉ、と感嘆の声を上げる。
「消せたー! ありがとー、クレア」
にっこり笑ったフィルはそう言ってペンダントから手を離した。椅子の上で得意げに腰に手を当てて胸を張る。
「これで間違え放題だねー」
「そうだね」
苦笑いしたリタは、そう答えて椅子に上り直した。
「フィル、その線はこっちに繋ぐんじゃない?」
「えー、ほんとにー?」
フィルの指先はフラフラと迷い、無駄な線を複数生み出していく。
「もー、また間違えたー」
「消して消して」
描いては消し、描いては消し、一本一本間違いがないように丁寧に模様を描いていく。一向に完成しそうにもない魔法陣だったが、二人は楽しみながら描いていった。
そんなこんなで二人がドタバタと時間も忘れて魔法陣と格闘していると、窓の外が薄っすらと暗くなってきていた。魔方陣は上部がすこし埋まった程度だ。沈む太陽に気付いたリタは手にしていた紙をフィルに渡し、椅子から飛び下りる。
「ちょっと私、水撒いてくるね」
「はーい」
リタは走ってじょうろを取りに行く。じょうろを手に戻ってきて、キッチンで水を注いだ。リタはたっぷりの水を入れこぼさないようにそーっと運ぶ。チラリとフィルを見ると、首を傾けて壁とにらめっこしていた。
花壇の植物は毎日二回の水撒きでグングンと成長している。野菜は実をつけ、花は蕾が膨らんでいる。季節も考えずに埋めた種だったが、すべての植物がうまくいっているようだ。
リタの撒く水はキラキラと輝く。昼の厳しい日差しで乾いた土を潤わせ、植物の成長を助ける。
一杯目を撒き終え、リタは空になったじょうろを持って家へ戻った。描きかけの魔法陣の方に目をやるが、フィルの姿がない。どこへ行ったのか、とキッチンの方へ進むとソファで寝ているフィルを見つけた。腕を組んで眉間にシワを寄せ仰向けに寝てるフィルを、背もたれの方から覗き込んでリタは声をかける。
「諦めたの?」
「んー、今日はもういいですー」
そう言うと、組んでいた腕をほどきリタの方に伸ばした。かなり長い間頑張ったし今日はもういいか、とリタはフィルの頭を撫でた。
「じゃあ水撒き変わってくれる?」
「……ぐぅぐぅ」
寝たふりをしたフィルの頭を軽く叩き、リタはキッチンに入ってじょうろに水を入れた。未だ寝たふりをしているフィルの横を笑ったまま通り、リタはもう一杯を撒きに花壇へ向かった。




