フィルの描いた魔法陣で涼しくなりたい
「あつい……」
フィルはリタの太ももに頭を乗せてボソボソと呟く。
「クレアさんから貰ったやつは?」
リタがそう尋ねると、フィルは面倒くさそうに立ち上がり、サクから貰った厚い本の間から二枚の紙を取り出した。
「これー?」
「涼しくなるにはそれしかないよ」
「読んでー」
ダラダラとソファに戻り、リタに紙を渡す。そのまま再びリタの太ももに頭を置いた。
リタはびっしりと字の書かれたメモに目を落とす。真ん中に大きく魔法陣が書かれていて、その周りにクレアの可愛らしい字でアドバイスが書かれている。
「なになに、冷たい空気は下に落ちるから出来るだけ上に描くとよい?……どうやって?」
リタはその一つを読み上げて首を傾げた。
「クレアにきいたらー?」
「ちょっとこれ貸してね」
フィルの首にかかったペンダントを握る。
リタのものは、まだただのペンダントだ。そんなに急ぐこともないだろう、とリタはフィルに魔法をかけることをお願いしなかった。
「えーっと、クレアさん? あの冷気を出す魔法陣について質問なんですけど」
『ああ、なんでも聞いてくれ』
少し眠そうなクレアの声がリタの頭に響く。
「魔法陣を上の方に描く、ってどうやるんですか?」
リタが思いついたのは、せいぜい台を持ってきてそれに登って描くぐらいだ。しかし、魔法なのだから他に方法があるのかもしれない、とリタは考えた。
『あー、そういえばボクも知らないなあ』
「え、クレアさんも描けるんですよね?」
『描けるのと、描くのは違うだろう? そういうのは全部使用人がやってくれるんだよ。何て言ったって、ボクは魔王だからな!』
ちょっと聞いてくるから待ってろ、という言葉を最後にリタの頭の中は静かになった。
「ねえ、クレアさんのお城で誰か見たことある?」
未だ膝でゴロゴロしているフィルに尋ねる。
リタは城でクレア以外の人を見たことがなかった。少し席を外している間に食器は片付けられ、脱衣所には綺麗なタオルが用意されていた。その上、城はどこもかしこも綺麗に掃除されていていた。
「見たことあるよー」
「え、どんな人?」
「うーん、お料理出したり下げたりしてる人? いっぱいいたけど、みーんな同じような格好してたよー」
フィルは何かを思い出すように顎に手を置き、そう答えた。
やっぱりいるんだ、とリタが思っているうちに、ペンダントが青く光り再びクレアの声が頭に響く。
『待たせたな、リタ。なんでも、脚立で登って描いてるらしい』
「あ、地面に描いて移動させるーとかっていうのはないんですね」
自分の想像を上回らない答えに、リタは肩を落とした。魔法も結局そんなものなのだろうか。
『そうだな。それか諦めて届くギリギリに描くかだろうな』
「そうですか、何か登れるものを探してみます。ありがとうございました。
……上に描くしかないってさ」
「えー、そんなの無理だよー」
面倒くさそうに舌を出したフィルに、リタは考え込む。前回は地面に下書きしたけど、家の壁に何かで下書きをするわけにもいかない。
「あ、サクに描いてもらうのはどうかなー」
ポンと手を叩いてそう言ったフィルの額を優しく叩く。全く痛くないはずなのに、フィルは眉間にシワを寄せた。
「フィル、そんなんじゃ成長しないよ?」
「暑くなくなれば何でもいいもーん」
そう言って頬を膨らませ、唇を尖らせる。リタはそんなフィルの頬をつついた。ぷにぷにと柔らかい。
「私、フィルの描いた魔法陣で涼しくなりたいなー」
わざとらしい言葉だったが、フィルはピクリと反応して勢いよく立ち上がる。照れたように頬をかいて、リタから少し視線を逸らした。
「もー、わかったよー」
「よし、やってみよう!」
倉庫の中を一通り探したがハシゴは見つからず、諦めたリタは椅子を使うことにした。リビングの壁近くに椅子を移動させ、フィルがそれに登る。隣にもう一脚運んで、それにはリタが登った。
「これ、よく見てね」
「うーん、見てもわかんないー」
「とりあえず丸を描いてみようか」
コクリと頷いたフィルは、目をつぶって壁に大きく丸を描く。何を思って描いているのかリタにはわからない。しかし、描かれた円の内側がキラキラと輝き、とりあえず成功したのだということがわかった。
「じゃあ、とりあえず簡単そうなところから描いてみたら?」
「どこが簡単なのー」
フィルはリタを見て頬を膨らませる。紙に書かれた魔法陣はどこもびっしりと模様で埋まっているのだ。クレアが透過の呪文だと教えてくれた部分は、より一層模様が詰まっている。
「あはは、じゃあ上の方からいこうか」
リタは苦笑いでそう促した。フィルは頬を膨らませたまま、円の上部に指を乗せて紙をジッと見つめた。




