リタママ?
「あ、私じょうろ取ってくるね」
「わかったー」
玄関のドアに手をかけたリタだったが、荷物をフィルに渡して花壇の方に向かう。花壇の横に置いてあるじょうろを手に取った時だった。
「ぅわっ!?」
家の中からフィルの大きな声が響いてきた。リタはじょうろを手に、慌てて家に戻った。
「フィル、どうしたの!」
勢いよくドアを開けたリタの目に映ったのは、床に落ちた荷物と、自分にどこか似た大人に抱きしめられているフィルだった。
「可愛いねえ、可愛いねえ」
「リター、助けてー」
むぎゅっと抱きしめられ、可愛い可愛いと頭を撫で回されているフィルは、リタに助けを求める。
「何してるの」
リタは彼女に冷たい目を向け、フィルを引っ張って助け出した。
フィルを取り上げられた彼女は残念そうな目でしょんぼりと目尻をさげる。
「あらー。おかえり、リタ」
「た、ただいま」
「可愛い子ね、お友達?」
リタの後ろに隠れたフィルを覗き込み、にっこりと笑ってそう尋ねる。未だに誰なのかわかっていないフィルは怯えた顔でリタの腕を掴んでいる。
「うん、まあ、そんな感じ。
で、お母さん——」
「リタママ?」
ようやくリタの母親だとわかったフィルは、リタの言葉を遮って目を輝かせる。リタの後ろから飛び出し、リタの母親——ニーナの顔をジッと見つめた。
「リタママ、ちょっと似てるねー」
「ママ! なんていい響き! リタは全然ママって呼んでくれないのよー」
ニーナは再びフィルを抱きしめる。相手の正体がわかったフィルは、キャッキャと抱き合っている。
「お母さん、フィルが嫌がってるよ。
とりあえず、私は水撒いてくるから。話は後でね」
「いってらっしゃーい」
ニーナに抱きついたままのフィルは、ヒラヒラとリタに手を振った。
二往復して戻ってきた時には、フィルはニーナの膝で寝息を立てていた。
「寝てる……」
「すぐ寝ちゃったわ」
可愛いわねえ、と頭を撫でられている。いつもよりかなり早めに起こしたから、ずっと眠かったのかもしれない、とリタは思った。
ソファに座る場所がないので、リタはしょうがなくソファの前に膝を立てて座る。
「何しに帰って来たの?」
「あー、それがねえ、パパと喧嘩しちゃって」
「そんなことだろうと思ったよ。でも手紙届いてから結構経ってるよ?」
「ちょっと寄り道してて」
両手を頬に当ててかわい子ぶりっ子をする母親に、リタは再び冷たい視線を送る。
別に嫌っているわけではない。二年程会っていなかったはずなのに、相変わらずな母親に呆れているのだ。
「はあ。で、どうするの?」
「しばらくここにいるわ」
「お父さんは?」
「居場所はわかってるから大丈夫よ。それに……」
ニヤっと笑った母親に、リタは首を傾げる。
「まあ、いいけど」
お昼になってもフィルは寝続けていた。枕代わりにされているニーナは、脚が痺れているのか少し辛そうな顔をしている。
「フィル、起きて、ご飯食べるよ」
「……んー、おきる」
リタが体を揺すると、フィルは眠そうに目をこすって起き上がる。ふらふらと立ち上がると、食卓についた。
「いただきまーす」
もしゃもしゃと美味しそうに食べるフィルを、ニーナはうっとりと見つめる。その視線に気付いたフィルは首を傾げて口を開いた。
「リタママは何してる人なのー?」
「私は旅をしてるのよ」
「たびー?」
「そうよ、リタのパパと一緒に世界中の色々なところに行ってるの」
そう言ってフィルの口元についたソースを拭き取る。母親の口元がニヤついているのを横目で見たリタは呆れた。
「ふーん、楽しそうだねー」
「楽しいわよ! フィルちゃんも一緒に行く?」
「わたしはいいやー」
即答で断られ肩を落とした彼女の目に、フィルの胸元に揺れるペンダントが入った。
「ねえ、それ光ってるように見えるけど、どんな鉱石を使ってるの?」
フィルの胸元に揺れる青い直方体を指差す。色々なところを旅行していた彼女は、様々な鉱石などを見てきた。しかし、内側から光を放つ鉱石を見たことがなかった。
ペンダントは、誰かから通信が入って青く光っている。
「わ、ほんとだー」
そう言ったフィルは直方体をギュッと握る。
「……あー、クレアー!
……そーそー、忘れちゃったんだよねー
……でも、これがあるからだいじょーぶだよ」
相手はクレアの様で、食事の手を止めて楽しそうに話し出す。
そんな光景を目の当たりにしたニーナは、目を丸くしてリタを見た。目の前の光景の意味がわからないのだ。楽しげに一人でペラペラと話すフィルを理解しきれていない。
「あ、あの、フィルちゃん……?」
リタはため息をつく。説明しなくてもどうにかしのげるかと思ったのに、理解してもらえるだろうか。
「お母さん、話してなかったけど……
フィルは、魔族の子なんだ」
生物兵器だの、森で見つけただの、詳しく説明するのが面倒くさくなったリタは、少しの嘘を混ぜつつ説明を始めた。




