ボクだって魔族だぞ!
「なあ、少しお腹が空かないか?」
城への途中、クレアが二人に尋ねた。
その問いにフィルのお腹がぐぅー、と鳴った。
「すいたー!」
「よーし、じゃあ何か甘いものでも食べて帰ろう!」
クレアとフィルは繋いだ手を空に向かって上げ、リタを引っ張るように走り出した。
「なんでも注文しろよ!」
「何がおいしいのー?」
暑い中引きずられるように店に着いたリタは、メニューを覗き込む二人の会話についていけない。テーブルを挟んだ二人は、キャッキャと楽しげだ。
店内のひんやりとした風で汗が乾いていく。
「リタは何にする?」
「……なんでもいいです」
「そうか、すいませーん!」
クレアは大きな声で店員を呼ぶ。店員は笑顔でテーブルについた。
「これと、これと、これをください」
「かしこまりました。少々お待ちください」
ウエイトレスは頭を下げてキッチンに戻っていった。
用のなくなったメニューを閉じ、クレアはフィルとリタの胸元のペンダントを指差す。
「それ、先に使えるようにした方がいいんじゃないのか?」
「えー、これがあるからいいよー」
フィルはテーブルに乗せた本をクレアに見せて、めんどくさそうにする。
「何のために買ったんだ」
クレアが呆れたようにため息をつくと、フィルは尚もめんどくさそうにペンダントを首から外した。フィルは目を閉じて青い直方体を両手でギュッと握る。
すると、一分もしないうちに手の中から光が漏れ出してきた。
「はい、でーきた!」
パッと手を開くと光は消え、元のペンダントに戻った。得意げに笑ったフィルに、クレアは驚いた顔を見せる。
「飲み込みが早いんだな……ちゃんと出来ているか試してみようか」
クレアは自分の首のペンダントを握る。
「聞こえるか?」
「耳からも聞こえて気持ちわるーい」
フィルは耳を塞いでキャッキャと楽しげに笑う。
「じゃあリタの――」
「お待たせいたしました」
リタのペンダントも、と言いかけたクレアの言葉を、商品を運んできた店員が遮った。
「美味しそー!」
フィルは目を輝かせ、皿に見入った。
リタとフィルは、クレアの勧めで夕食をご馳走になりお風呂にも入った。
「ねえ、国中を涼しくは出来ないのかなー?」
フィルはクレアの部屋のベッドに飛び込んで尋ねる。
「それは難しいんじゃない?」
ベッドに腰掛けたリタが首を傾げてそれに答えた。
ブツブツと部屋のドアの向こうから声が聞こえ、ドアが開けられる。ペンダントを握ったクレアが、誰かと話しながら部屋に入ってきた。
「……ああ、やっぱり教え方が上手だなー
……じゃ、ありがとうな」
ペンダントを離したクレアは、反対の手に持った二枚の紙をフィルに渡す。びっしりと文字と魔法陣が書かれており、受け取ったフィルは苦い顔をした。
「げ、なにこれー」
「これでリタの家も快適空間だな」
クレアはリタにウインクをする。その行動でリタにはわかった。その紙に書かれているのは、この涼しさの源だ。
「え、これも魔法陣なんですか?
どこにも見当たりませんでしたが……」
この城の中にも"ショッピングモール"にも、魔法陣は見当たらなかった。リタは首を傾げて尋ねる。
「ああ、この魔法陣のこの辺りには、透過の呪文が描かれているんだ」
クレアは紙に書かれた魔法陣の下の方を指差してそう言う。この魔法陣の中でも一層複雑な部分だ。
「じゃあ、そこ描かなくてもいいの?」
「描かないと光って邪魔だと思うぞ?」
クレアに苦笑いで返され、フィルは頬を膨らませて枕に顔を埋めた。
フィルはそのまま静かに眠りについた。
次の日、リタはフィルを早い時間に起こした。花壇に水を蒔かなければいけないのを忘れていたのだ。
三人は朝食を済ませ、庭に出た。
「よーし、じゃあ魔法陣描くかー」
気合をいれるクレアに、フィルは目を丸くして驚いた。
「え、クレアが描くの!?」
「フィルが描くか?」
「そうじゃなくて、クレアも魔法陣描けるの?」
フィルの怪しむ顔に、クレアは頬を膨らませる。
「ボクだって魔族だぞ!」
悔しそうに地団駄を踏んだクレアに、フィルは未だに怪しんだ顔をしている。
「じゃあ、どうして前回も今回もサクさんとイアンさんが迎えに?」
今度はリタが尋ねた。リタもクレアには魔法陣が描けないとぼんやりと思っていた。
「一国の王がそう簡単に自国を離れられないだろう」
ごもっともです、とリタが深く頷いたのを確認したクレアは気合を入れ直す。
「さ、描くぞー」
クレアは楽しげに鼻歌を歌いながら、サラサラと地面に魔法陣を描く。踊るように地面を滑るクレアの指に、二人は見入った。
魔法陣は青く光る。これが完成の合図だ。
「おお、ほんとに出来たー」
「なんでちょっと疑ってたんだよ」
クレアは再びムッと頬を膨らませる。フィルはそんなクレアの頬を指でつつき、空気を抜いて笑った。
「でも、フィルも早く描けるようになった方がいいぞ」
「まあ、そのうちねー」
フィルは苦笑いでそう答える。"そのうち"はしばらく来ないだろうな、とクレアもリタも感じた。
「まあ、頑張れよ」
「じゃあねー」
軽く片手を上げたクレアに、リタは頭をさげる。ぴょん、と魔法陣に乗ったフィルは両手を振り、リタにもそうするように促した。言われるがままに、リタは荷物を右手で持ち、恥ずかしそうにクレアに手を振った。
魔法陣は強い光を発する。その時、クレアは気づいた。
——フィル、両手を振ってたな。
「まあ、いいか」
クレアはそう呟いて城の中に戻った。
その頃、村に帰った二人も気づいていた。
「ねえ、フィル? ……本は?」
「わ、忘れたー」
大げさな動きをしたフィルの胸元でペンダントが揺れた。それを見た二人は目を合わせて笑顔になる。
「「まあ、いいか」」
そう声をハモらせて玄関の扉に手をかけた。




