しょっぴんぐもーる、ですか?
リタの母親からの手紙に書かれていた“しばらく”は、中々来なかった。
手紙を受け取った次の日、リタは家じゅうを掃除した。
その次の日はそわそわと、また次の日もそわそわした。
しかし、さすがに二十日も経つと緊張感もなくなってきていた。
「ねえ、リタのお母さんいつ来るのー?」
「わからない……」
フィルは日課のようにリタにそう問う。フィルも初めの頃はリタの母親の到着をワクワクと待っていた。あまりに来ないので、もう興味すら薄れている様子だ。
「あついねー」
日々暑さは酷くなってきている。
膝の上に頭を乗せているフィルをパタパタと扇いでいたリタの目の端に、青い光が映った。
「フィル、光ってるよ?」
「取ってー」
リタは、光り続ける“サルでもわかる魔法陣”を掴む。本に触れてしまった為、クレアの声がリタの頭に響いた。
『フィル、元気かー?』
「わ、すぐフィルに渡しますね」
盗み聴きしてしまったみたいで、リタは慌ててフィルに手渡す。
「……あー、クレアー? あついねー
……え、ほんとにー?
……うん、え、魔法すごい! 行く!
……わかったー、待ってるねー」
本から手を離したフィルは、ニコニコとしてソファに座り直した。
「あのねー、クレアのお城は涼しいから来てって!」
「え、そうなの?」
——コンコンコン
しばらくボーッとしていると玄関が叩かれた。
「サクだ!」
「フィル、待って!」
そのまま飛び出そうとするフィルの手を掴み、ちょっと待ってくださいねー、と玄関の外に声をかける。
リタは慌てて自室のクローゼットを開き、フィルの服を取り出す。
ジッと待っていたフィルに、ワンピースを着せると同時に、フィルは体当たりする勢いで玄関に向かった。
「サクー! うわっ、イアンだ」
家の前で待っていたのはイアンだった。フィルの大声に、迷惑そうに眉間にしわを寄せている。
「博士に頼まれて来ました」
リタを見てペコリと頭を下げたイアンは、すぐに魔法陣を手で示す。
「あ、ありがとうございます」
リタは慌ててフィルの背中を押し、魔法陣に乗る。二人が乗ったことを確認したイアンもそれに従う。
いつも通り村中が真っ青になり、三人の姿は消えた。
魔法陣というのは本当に不思議だ、とリタは思った。瞬きをする間に、目の前はもう別世界だ。しかし、気温は変わりなく高い。
「では、僕はこちらで失礼します」
「ありがとうございました」
城の前に着いた三人は二手に分かれる。
イアンは頭を下げてどこかへ去ってしまった。
「本当だ、暑くない……」
城に一歩入った二人はひんやりとした風を感じた。日差しが遮られたから、というわけではないほどの涼しさだ。
「おお、来たか!」
クレアがパタパタと玄関まで迎えに来た。長い金髪が揺れて輝いている。
「クレアー、魔法すごいねー」
「フィルも練習すればできるんだぞ」
バシバシとフィルの背中を叩いて、クレアは笑う。フィルは恨めしげな顔をしてリタを見る。
「リタにも魔力があればなあ」
「おいおい、リタに無理言うなよ」
あはは、と笑ったクレアは二人を中へ招き入れる。
長い廊下を歩くが、どこも暑くない。城中にひんやりとした空気が漂っているのだ。
「さすが王様のお城ですね」
そのリタの言葉に反応し、クレアはピタリと立ち止まる。
「いや、ここだけじゃなくて国中こんな感じだぞ。暑い季節は涼しく、寒い季節は暖かく、建物の中くらい快適にしないとな!」
クレアは両手を広げ、鼻高々にそう言う。
魔力のない人間や獣人にとってはなんとも羨ましい話だが、魔族にとっては普通の生活なのだ。
「わあ、いいですね。私、買い物に行くのも億劫で」
「買い物ならこっちの国ですればいい!」
ドンッと胸を叩いたクレアは、リタとフィルの手を引いた。
「クレアさん、国王なのに無防備に出歩いていいんですか?」
「誰も気にしないよ。少しくらいボクも息抜きしないとな!」
クレアは普段と変わらない格好で街を歩いている。クレアの言葉通り、不思議と街の人の視線が集まったりはしていない。
「クレアー、暑いー、お城帰ろー」
少しの間歩いただけで、フィルは駄々をこね始めた。一度涼しいところに入った後だと、外の気温が一層高く感じるのだ。
「フィル、もう着いたぞー、ここだ!」
クレアは両手で大きな建物を示す。城を出た時から遠くに見えていたが、近くに来ると大きさがよくわかった。
「なにこれー、お城?」
大きな建物に、フィルは不思議そうに首をかしげる。
「ショッピングモールだ!」
「しょっぴんぐもーる、ですか?」
耳慣れない言葉に、今度はリタが首を傾げた。
「リタのところにもマーケットはあるだろ? それを一つの建物にまとめた感じなんだ」
なんでも売ってるぞ、とクレアはにっこりと笑いかけた。
リタは改めてショッピングモールを見上げる。リタの村には当然だが、隣町にもこんなに大きな建物はない。人間と獣人には、こんなに大層なことをする技術はないのだ。
もし、魔族と人間が共生できていたら——
「リター、涼しいよー! はやくー!」
もし——と考えていたリタに、すでに建物に入っていたフィルが、扉を開けて大きな声をかけて手招きをする。
いつの間に、と二人は目を合わせて笑い、フィルの元へ走った。




