フィルは私を呼べただろ
気合を入れたものの、どうして良いか分からなくなったフィルは“サルでもわかる魔法陣”を取り出す。
「サク! リタが!」
フィルが慌てた声でそれだけ伝えると、返事もなくすぐに玄関の扉が勢いよく開けられた。
「どうした!」
「サクー!」
「リタがどうしたんだ!」
「風邪なのー」
「とりあえず、これでよし」
サクはキツく絞った濡れタオルをリタの額に乗せる。
辛そうな顔が少しマシになった気がする。
「ありがとう、サク」
「ああ、何があったかと思ったよ」
「ごめんね……」
しゅん、としてしまったフィルの頭を優しくなでる。
「心配だったんだろ? 魔法の正しい使い方だよ。
よし、ちょっとキッチン借りるぞ」
「え、っと、わたしも手伝うー」
「フィルはリタのそばにいてくれ。また様子がおかしくなったら呼ぶんだぞ」
そう言ってサクは部屋を出ていく。
ベッドの隣に腰掛けたフィルは、ベッドに腕と頭を乗せてリタを見つめる。
ほんの少し、朝よりは辛くなさそうに見えた。
落ち着いてきた息遣いに、安心したフィルはいつの間にか寝息を立てていた。
「……ん、あれ、フィルここにいたの」
「……リタ! だいじょーぶ?」
先に目を覚ましたのはリタだった。リタの小さな声に反応し、フィルは一瞬で目を覚ます。
「あ、起きたか! ちょっと待ってろよ」
額のタオルを変えようとちょうど部屋に入って来たサクは、目覚めた二人を見て微笑んだ。
リタの額のタオルを回収し、早足で部屋を出て行く。
体を起こすリタを、フィルは心配そうな顔で見守る。
「どうしてサクさんが?」
「わたし一人じゃどうしていいかわからなくて……」
しゅんとしたフィルの頭をリタが撫でる。手のひらの温度が少し下がっている。
「ミルクパン粥だ! とりあえず何か食べないとな」
サクはお盆に器とスプーンを乗せて部屋に戻って来た。器からは湯気が立ち、甘いにおいが漂っている。
「熱いから気を付けるんだぞ」
「あ、ありがとうございます」
リタはベッドの上でお盆ごと受け取り、スプーンを手に取る。湯気の立つパン粥をすくい、ふーふーと息をかけた。
「ん、美味しいです」
「それはよかった」
リタが美味しそうに食べたのを確認し、サクは再び部屋を出ていった。
——ぐぅぅう
甘いにおいに誘われて、フィルの腹の虫が大きく鳴く。早く起きてから何も食べていないのだから仕方がない。
ふふ、と笑ったリタは少しすくってスプーンをフィルの方に向ける。
「フィルも食べる?」
「い、いらない! リタのだから」
目の前で両手を振って断るが、ふたたびお腹が大きく鳴った。
「ほら、食べて」
恥ずかしそうに赤くなったフィルは口を開けて、リタのスプーンを受け入れる。
「……ん、あまい!」
そう言って目を輝かせる。その姿を見たリタは薄く微笑み、残りの粥を食べ始めた。
「体調はどうだ?」
戻ってきたサクは食べ終わった器を受け取り、代わりに水の入ったコップを渡す。
「朝よりは悪くないです」
「でもまだ悪そうだな……」
「もう一晩寝たらよくなりそうです」
そう言って微笑んだリタの額に手を当てて、体温を確認する。フィルに呼ばれて来た時よりは下がっている。
「そうだ、この家に薬はないのか?」
「えーっと、たぶんないと思います」
そうか、と返事をして、サクはポケットから小さな包みを取り出した。
「イアンが数種類の薬草を調合して作った解熱剤だ。よく効くぞ」
サクは二人が寝ている間に、この薬を家に取りに帰ったのだ。包みを開けると、粉状のクスリが紙に挟まっている。
「ちょっと苦いかもしれんが我慢してくれよ」
薬を受け取ったリタより、なぜかフィルが嫌そうな顔をする。眉間に寄ったしわを、つんつんとサクがつついた。
リタは薬を口に含み、水で一気に流す。
「……苦い、です」
「ははは、イアンに言っておくよ」
リタがコップに残った水を飲み干すと、サクは笑顔で立ち上がった。ポン、とリタとフィルの頭を軽く叩く。
「よし、じゃあ私は帰るからな」
「あの、ありがとうございました」
見送ろうとベッドから出ようとしたリタを、サクは両手で制止する。
「だめだめだめ、リタは寝てるんだぞ
じゃあ、お大事になー」
サクはひらひらと手を振り、部屋を出る。サクの背中にリタはベッドの中から頭を下げた。
フィルは帰ろうとしたサクに付いて玄関を出た。
「ごめんね……」
「何を謝ってるんだ?」
「わたし、何もできなくて……」
迷惑をかけた、と悲しげな顔をしているフィルの頭をわしゃわしゃと撫でる。
「フィルは私を呼べただろ」
それだけ言うと、なんの迷いもなくさらさらと地面に魔法陣を書き始める。あっという間に完成した魔法陣は青く光った。
「薬でよくなると思うが、また何かあったらすぐに呼んでくれよ。
あと、ミルク粥は鍋にまだあるからな」
「うん。ありがとう、サク」
じゃあ、と軽く手をあげてサクは魔法陣の光に包まれて消えていった。




