よーし、やるぞ!
部屋に戻ると、リタは穏やかな顔で寝息を立てている。
「早く元気になってねー」
リタの頭を撫で、小さくそう呟いた。じんわりと汗をかいているのがわかった。
「よーし、やるぞ!」
リタの容体が安定したことで落ち着いたフィルは再びグッと拳を握り、気合を入れなおす。
静かに部屋を出て、まずは花壇へ向かった。
じょうろにたっぷりと水を注ぎ、丁寧に撒く。
「大きくなーれー!」
額の濡れタオルも定期的に交換した。ぬるくなるとパタパタとキッチンに走り、濡らして絞る。
それ以外の時は眠っているリタのそばでジッとしていた。苦しむ様子もなく、規則的に呼吸して上下する胸を見つめていた。
外が暗くなり、再びリタが目を覚ました。
「おはよー、リタ。お水飲む?」
「ありがとう」
「ご飯食べる?」
「ちょっとだけ」
待っててね、と頷いたフィルはパタパタと部屋を出てキッチンへ。
サクが作ったミルクパン粥の鍋に火をかける。
フィルはどのくらい温めればいいのかわからず、そわそわと鍋の蓋を何度も取った。
ぐつぐつと音を立て始め、そろそろいいのか?とスプーンで少しすくって味見をしてみる。
「あつっ」
舌の火傷を代償に、十分に温まっていることを確認したフィルは器に盛る。コップに水を注ぎ、器と一緒にお盆に乗せて運んだ。
こぼさないようにゆっくりとした足取りでリタの元へ戻る。
「はーい、どうぞ」
「ありがとう、フィル」
冷ましながらゆっくりとミルク粥を口に運ぶリタを、フィルはジッと見つめる。
体調が少し戻ったリタが嬉しいようで、口角が上がっている。
「見られると食べにくいんだけど……」
「わ、ごめんね!」
プイッと勢いよく別の方向を見たフィルに、リタは可笑しくなって笑った。
「ねえ、フィルはご飯食べた?」
水を飲み、リタがそう尋ねる。
フィルはぎくりとした。朝リタにもらった一口しか食べていないのだ。リタのことが心配で、おなかが空いたとすら感じなかった。
「……リタが食べ終わったら食べるよー」
「ちょっと楽になったし何か作ろうか?」
ベッドにお盆を置き、立ち上がろうとするリタをフィルは大声で止める。
「だめ! サクがたくさん作ってくれたから大丈夫だよ」
「そっか」
リタは残りの粥に手を付ける。フィルはジッと見つめるが、リタと目が合いそうになると勢いよくそっぽを向いた。
お盆を下げたフィルは、額の濡れタオルを代える。絞りが甘く、ぽたぽたとベッドに雫が落ちた。
満足したフィルは、リタに微笑んで問いかける。
「あとは何してほしい?」
「お風呂には入ってね」
「うん」
「移るといけないから寝るときは服を着てね」
「わたしのことじゃなくてー」
フィルは頬を膨らませる。
「えっと、じゃあちょっと遅いけど水まきしといてほしいな」
「もうやったよー」
フィルは、えっへん、と胸を張る。
意外な答えに、リタは驚いてすぐには言葉が出なかった。
「本当に? 偉いねー」
リタの手招きに、フィルは体を寄せる。近づいてきたフィルの頭をわしゃわしゃと撫でる。フィルの頬が緩む。
フィルは体温が着実に下がっているのを感じた。
「えへへ、他には?」
「うーん、特にないかな」
「じゃあ、もうお休みー」
「ありがとう、フィル」
お盆を持って部屋を出たフィルは、キッチンに戻って残ったミルク粥を器によそって食べる。
使った食器は綺麗に洗った。水が飛び散り、服とキッチンをびしょ濡れにしたが、丁寧に拭き取りさえした。
言われた通りにお風呂にも入った。リタはどうせ見ていないんだから入らなくても……と思ったが、頭を振って思い直す。
体をきちんと拭き、ローブを羽織って部屋に戻った。
ベッドではリタがすやすやと眠っている。
呼吸は荒くない、体に触れても体温が下がっている。ホッとしたフィルは心の中でイアンに感謝した。
フィルはリビングのソファに横になり、目を閉じた。
次の日、フィルはリタに頭を撫でられて目を覚ました。いつもなら起きないほど、そっと触れただけで起きたのは眠りが浅かったからだろうか。
「……リタ!」
ガバッと起き上がったフィルに、リタは優しく微笑みかける。
「おはよう、フィル」
「もう元気なの?」
「もう大丈夫だよ。イアンさんの薬のおかげかな?」
「よかったー」
ふふふ、と笑ったリタはキッチンに向かい朝ごはんの準備を始める。
「あとでサクさんにお礼言おうね」
「わかった!」
リタは棚からパンと木の実のジャムを取り出し、テーブルに並べた。
「さ、朝ごはん食べようか!」
「はーい」
こうしてリタは完全復活した。
しかし、リタは不思議に思った。
——フィルの方がびしょびしょだったのに、どうして私だけ風邪を引いたのだろうか?
「……まあ、いいか」
そう独り言を言ったリタを見て、フィルはパンをかじったまま首を傾げた。




