水浴びする?
「花はいいねー、暑くても毎日水浴びできるんだから」
リタは、もう一往復して運んできた水を撒く。その横でフィルは花壇のそばにしゃがみ、埋めたての種に向かって恨めしそうな目をする。
「フィルも水浴びする?」
「お風呂でしょー?」
チッチッチ、とリタが人差し指を横に振ると、フィルは首を傾げる。
「ふふふ、お忘れかね、フィルさんよ。
……この村には、川があるんだよ!」
「川! 行くー!」
フィルは、ぱあっと顔を明るくして飛び上がる。
「ちょ、水撒きが終わってからね!」
早く早く、とリタを急かす。
フィルがあまりに急かすので、リタは焦ってじょうろを傾ける。空になったじょうろを花壇のわきに置くと、退屈そうにしていたフィルが笑顔になった。
「ちょっと待ってて、釣りの用意もするから」
そう言ってリタは一度家に戻って準備をする。
餌と折り畳みの椅子をかばんに突っ込めば準備オッケーだ。
「さ、行きましょう!」
「ちょっと涼しい気がする!」
河原に着いたフィルはそう言って川に近づいた。
履いていたサンダルを器用にポイポイと脱ぎ捨てる。
「フィル、入るのは足だけにしてね。
それ以上は本格的に暑くなってからだからね」
「はーい」
「あと、針が危ないからあんまり釣り竿に近寄らないでね」
「わかったー」
「あ、深いところには絶対行かないでね」
「わかってるよー」
あと、と言葉を続けようとしたリタをフィルは面倒くさそうにジッと見つめる。
リタはたじろいで、口をつぐんだ。
「入っていーい?」
「うん、気を付けてね」
フィルは恐る恐る川につま先を入れる。
川の水の感触に、おお、と明るい顔をして両足を突っ込む。
「冷たい!」
釣りの準備をしているリタの方を振り返って、満面の笑みを見せた。
「リタも入りなよー」
しばらく一人で水遊びをしていたが、飽きてきたのかリタに声をかける。リタは魚が一匹も釣れておらず釣り竿に集中している。
「私は食糧調達が先だよ」
それでは面白くない、と頬を膨らませたフィルがソロリソロリと近づく。
そのまま両手で一気にリタに水を浴びせた。
「わ、冷たいっ。もー、フィル」
「いししっ」
フィルは上手くいった、といたずらっ子のように笑う。
「もー、やったなあ!」
「わーお、リタさんこわーい」
リタは釣り竿を水から出し、河原に放る。
もたもたした手つきで靴を脱いで、川に入る。冷たい川の水にぶるりと震えたが、離れたフィルに向かって両手で水をお見舞いする。
「きゃー!……ぅわっ!」
リタにやり返そうとした瞬間、フィルは尻餅をついた。周りの水が跳ね上がり、一気に水浸しになる。
「フィル、大丈夫!?」
「いたた……でも、冷たくて気持ちーよー」
へそ位まで水に浸かってしまったフィルにリタは慌てて駆け寄る。さほど痛がっている様子もなく、大丈夫そうだ。そう思ったリタは、立ち上がらせようと手を差し出す。
「立てる?
って、うわっ」
リタの手を掴んだフィルは、自分の方へと引き寄せる。油断していたリタは、そのままフィルに抱き着くような形で水の中に倒れ込んだ。
リタの体重を受け止めきれなかったフィルは、後ろに倒れて頭まで川に入ってしまった。
幸いにも、リタは両手を川の中についたことで、全身ずぶ濡れは免れた。
「ぷはっ、にしし、お返しだー」
「フィルの方が濡れてるじゃん……」
リタは川に入って濡れた、というより、フィルがが川に入った水しぶきで濡れた、という感じだ。
「もー、びしょ濡れだよ……」
川から上がって、リタはTシャツの裾を絞る。濡れたTシャツはずっしりと重い。
フィルは未だ水に浸かったままリタに手を振っている。
「っくしゅん。うー、冷たい」
くしゃみをしながらも、リタは再び釣り竿を持って釣りを再開した。
「よーし、そろそろ帰ろうか」
釣果は二匹。何度もくしゃみをしたリタは、諦めてフィルに声をかけた。
フィルは河原にあがると、ぶるぶると動物のように体を振って水を飛ばす。
「……はっ、くしゅんっ」
「フィル、大丈夫?」
こくり、と頷いたフィルは左手でサンダルを右手でリタの手を掴み、ずぶ濡れのまま家に向かった。
二人はポタポタと雫を垂らしたまま玄関に入る。
「フィル、お風呂行くよ」
「えー……くしゅんっ」
「ほら、体温めないと風邪ひくよ?」
フィルはくしゃみが止まらなくなり、されるがままにズルズルとお風呂場に連れて行かれる。
足跡のように雫が落ち、廊下が水浸しになるがリタは構っていられなかった。
しっかり温かいシャワーを浴びた。にも関わらず、次の日、一方は高熱にうなされ、一方は看病にあたふたすることとなる。




