種蒔きだ!
フィルが一人で魔族の国へ行ってから、何日も経った。
フィルは相変わらずの面倒くさがりだが、リタと仲良く元気に暮らしている。
“サルでもわかる魔法陣”を使って、サクやクレアと話すこともよくある。
「リター、これなにー?」
珍しく自分でキッチンに入りコップを取り出そうとしたフィルは、小さな袋を手に持ってソファでくつろいでいるリタに尋ねる。
「あ、花の種、そんなところにあったんだ」
フィルが食器棚の隅から見つけ出したのは、リタが花屋で買った植物の種だった。買ってから長く経ってしまって、リタは存在すら忘れていた。
「ふーん」
「フィル、花好き?」
「んー、あの光ってるキノコは好きだよー」
綺麗だったよねー、とフィルはうっとりとした顔をする。ちょっと見てすぐに寝てしまったのに、フィルはあのキノコのことをよく覚えている。
「その種、植えてみようよ!」
リタはソファから立ち上がり、伸びをする。
「めんどくさーい、ていうか暑い……」
ここ数日少し気温が高く、フィルは毎日のように溶けていた。とは言っても少し暑いだけで、一年のピークはまだまだ先だ。
「これからもっと暑くなるんだから、これくらいでバテてちゃ駄目だよ」
リタはそう言って自分の部屋に移動した。
クローゼットの中からフィルの服と帽子を二つ取り出す。フィルの服は三着に増えている。リタがこっそり買い足しているのだ。どんな服でも似合うとは思うのだが、着せやすい、という一点で三着ともワンピースになってしまっているのがリタは残念だった。
リタはキャップをかぶり、麦わら帽子の方を手に持ってリビングに戻った。
水の入ったコップを持って椅子に座ろうとしているフィルに、上からワンピースを被せる。長い髪を襟口から出し、麦わら帽子をかぶせる。
「おー、似合うねえ」
真っ白なワンピースに、麦わら帽子。
似合うとは言ったものの、もう少し暑くなってからする格好だな、とリタは思った。
「よーし、種蒔きだ!」
拳を高く突き上げたリタに、フィルは面倒くさそうに従った。
「どこに植えるのー?」
「こっちこっち」
リタは家の裏へと手を引く。
小さな倉庫の隣にはレンガで囲われたスペースがある。リタはその前にしゃがみ込んだ。
「ここ昔は花壇だったんだけど、今も使えるかな?」
「草だらけだよ?」
「よし、まず雑草を抜こうか」
リタは手でしゃがむように指示し、雑草引きに取り掛かった。
無言でブチブチと抜くリタを見て、フィルは渋々手伝い始めた。
「おーわったー!」
フィルは立ち上がり、伸びをする。花壇の外には雑草の山ができている。
「ほとんど私がやったけどね」
「そんなことないよー」
「はいはーい」
少しムッとしたフィルの頭を軽く叩き、今度は種を手に取る。
「こっちが野菜で、こっちがお花なんだけど……一緒に植えてもいいのかな?」
小さな袋を五つ手にして、リタは頭を悩ませる。
リタは少し考えた後「まあいいか」と、花の種二種類をフィルに渡した。
「フィルは半分からそっちに蒔いてね」
「どうやるのー?」
リタは土に指を軽く差し込み、穴を開ける。その穴一つに、数粒を蒔いてみせた。
「たぶん、こんな感じ?」
「ほんとにー?」
疑問形で返事をしたリタに、フィルは眉をひそめる。
リタもよくわかっていない。昔、両親と一緒にこうやって蒔いたような記憶があったのだ。
フィルは見よう見まねで花の種を蒔いていく。リタもその隣で手を動かす。
「本当はさ、フィルの魔法でどうにかしてもらおうと思ってたんだよね」
土を触りながら、リタはボソリと呟いた。
「クレアに教えてもらったやつ? 今も出来るよー」
フィルが足元に生えている雑草に手をかざすと、にょきにょきと伸びる。得意げな顔をしたフィルにリタは拍手を送り、話を続けた。
「でもやっぱり駄目だなー、と思って」
「そうなの?」
「うまく言えないけど、間違ってる気がして」
ふーん、とわかっているのかわかっていないのか、フィルは適当に頷いて種蒔きに戻る。
「だから、毎日水やり頑張ろうね!」
「え、わたしがー?」
「私もやるよ」
リタはその後もテキパキと作業を続け、フィルより先に終わらせた。
「じょうろ探してくるね」
まだ蒔いているフィルにそう声をかけ、リタは隣の倉庫に入る。ごちゃっとした倉庫の中、古い本の山の上にじょうろがあった。
リタはそれを手に取り、倉庫を出て再びフィルに声をかける。
「ちょっと待っててねー」
じょうろを手に家の中に戻ったリタは、キッチンでじょうろに水をたっぷり入れる。
「わ、重い」
なみなみまで水の入ったじょうろは重く、リタはゆっくりと運び出す。
「フィル、終わった?」
「もう終わるー」
手に持った残り数粒を蒔ききり、勢いよく立ち上がったフィルは両手を突き上げる。
「よし。じゃあ、初めての水やりはフィルに任せるよ」
重いからね、とフィルにじょうろをそっと渡す。
「よーし!」
フィルは楽しげにじょうろを傾けた。
先からは何本もの細い水が勢いよく出る。太陽の光に当たってキラキラ光る水が綺麗だ。
「大きくなあれ!」




