いってらっしゃい、フィル
「もうちょっと見てる……」
フィルはリタを後ろから抱きしめたまま、じっと光る魔法陣を見つめている。
「どうして?」
「なんか怖いじゃーん」
「そうかな」
リタは首を傾げる。
どうやらフィルは自分で描いた魔法陣を信じていないらしい。
またそのまましばらくじっとしていたが、しびれを切らしたリタが声をかけた。
「そろそろ行く?」
「……リタが行く?」
うーん、と少し考えたあと、フィルは恐る恐るそう口にした。
「私が行ってもどうしようもないでしょ」
「ううう……」
フィルはズルズルと地面に座り込み、膝を抱える。
「やっぱり行くのやめようかなー」
「せっかく描いたんだから行きなよ」
「明日にするー」
「ええ、これって消えたりしないの?」
「知らなーい」
フィルはぴょんと立ち上がり、魔法陣とリタを残して家の中へ入っていく。
残されたリタは光る魔法陣を見つめ、フィルの後を追った。
リタが家に入った時、フィルはすでにソファでくつろいでいた。
リタはその隣に座り、“サルでもわかる魔法陣”を手渡す。
「明日、消えてたらどうするの?」
「行くのやめるー」
リタから受け取った本を開き、面倒くさそうにそう答えた。
「さっきまでのやる気は?」
「なんかできる気がしたんだよー」
そのままソファに寝転がり、リタの太ももにに頭を乗せる。
リタはフィルの髪を撫でる。サラサラの髪はリタの指をスッと通す。
その撫でられる感触が気持ち良かったのか、
フィルは眠たげに目を閉じた。
しばらく無言で髪を撫でていたリタだったが、退屈になってきてフィルの頭を軽く叩く。
「……んー、なにー?」
「釣り、行く?」
「えー、リタ一人で行ってきてー」
おやすみー、と言ったフィルは、再びリタの膝の上で目を閉じた。
「ちょ、そこで寝られたら行けないんだけど」
結局、お腹すいたー、と言ってフィルが目を覚ますまでの間、リタはソファでじっと座っていることしかできなかった。
退屈を紛らわすためにフィルの手にある魔法陣の本を読んではみたが、リタにはよくわからなかった。
次の日。
フィルはいつも通り、昼近くに起きてきた。
太陽が高く上がり、窓からの日差しが眩しくなるまでは起きてこないのだ。
ゆっくりと昼食を取り、大きくあくびをしてソファに座ろうとするフィルをリタが止めた。
「魔法陣は?」
「もうないんじゃないのー」
今日のフィルはいつも通り面倒くさげだ。
「見てみないとわからないじゃん」
「ええー」
ソファにお尻を付けたフィルを引っ張り、立たせた。
ブーブー、と面倒くさそうに唇を尖らせたままのフィルを、玄関の外に出す。
「あった……」
そこには、昨日のまま薄い光を発した魔法陣が残っていた。
「これって使うまで消えないのかな?」
「そうなのかも……」
絶対に消えていると思っていたフィルは落胆した。あからさまに残念な顔をし、リタを見る。
「何?」
「一人用しか教えてくれなかったサクが悪いー!」
両手をバタバタと振り、駄々っ子のようにサクへの恨み節を吐く。
「仕方ないよ。ほら、昨日のやる気はどこ行ったの?」
「うぅ……」
リタの言葉にフィルはうなだれる。相当面倒くさい様子だ。
その隙にリタは家に戻る。裸のまま魔族の国へ行かせるわけにもいかない。
洗いたてのワンピースとサクにもらった本を取り出し、玄関に戻る。
フィルは郵便受けに体重を預けていた。
リタは慣れた手つきでフィルに服を着せ、本を持たせる。準備はばっちりだろう。
「他に何か持っていきたい物は?」
「リタ……」
「私は物じゃないでしょ」
ムッと頬を膨らませたフィルの頭を撫で、ギュッと手を握る。
「お城に入ればクレアさんがいるし、大丈夫だよ」
「うーん……」
「何が心配?」
「この魔法陣……ちゃんとできてるかなー?」
そう言ってフィルは光を見つめる。
まだ自分の描いた魔法陣を信じていないようだ。
「サクさんは子供の時に出来てたんだよ? フィルにも出来てるって」
そう言ってリタがもう一度強く握ると、今度はフィルも握り返してくる。
「うーん、大丈夫な気がしてきたー」
フィルはにっこり微笑み、そのまま手を離す。
「よーし、じゃあいってきまーす」
「いってらっしゃい、フィル。気をつけてね」
その返事を聞くと同時に魔法陣の真ん中に飛び乗ったフィル。
あの時と同じように村中が青い光に包まれる。
その瞬間、リタの心に少しだけ不安がよぎった。
――フィルは一人でも大丈夫だろうか?
リタが再び目を開けた時にはフィルも青い光もそこにはなく、魔法陣が成功したという事実だけが残った。




