転移用魔法陣(一人用)
魔族の国に行ってから10日以上経ったある日のことだった。
フィルはよく食べよく眠り、ダラダラとした毎日を過ごしていた。
相変わらずの面倒くさがりで、リタは釣りに行くのを二度断られていた。
「何見てるの?」
昼食を終え、ソファに寝転んでいるフィルをのぞき込む。
「サクでもわかる魔法陣の本なんだけどー、ここ見てー」
フィルはそう言って、本を指さした。
リタはソファの前にしゃがみ込み、本を覗き見る。
フィルの指先には『簡単! 転移用魔法陣!(一人用)』と書かれている。
どうやら“サルでもわかる魔法陣”には一人用の転移魔法陣しか載っていないようだ。
「リタと一緒に使えるやつをサクに教えてもらいに行こうかなー」
「本当に?」
珍しいフィルの前向きな発言に、リタは驚いて目を輝かせる。
「うーん、でも読むのめんどくさいなー」
「読んであげるよ!」
気が変わらないうちに、とリタはすぐに本を取り上げ、ソファから立ち上がるように促す。
「えーっとまず……室内では行わないでください、だって! 外に出ようか」
ゆっくりと立ち上がったフィルの手を引き、家の外に引っ張っていく。
外に出てから気付いた。そういえば服を着ていない。
リタは慌てて家に戻り、フィルの服を引っ張り出す。10日ほど着られていなかったワンピースは、リタの服の下敷きになっていた。
リタが戻ってきた時には、先ほどの前向きな言葉はどこへやら、すでにフィルはやる気を失った様子だ。
「ほんとにやるのー?」
「フィルが言ったんでしょ」
「でもー……」
フィルは面倒くさそうに地面にしゃがみ込み、頬を膨らませてリタを見上げる。
その隙に、頭の上からすっぽりと服をかぶせる。自主的に着ようとはしないものの、どうやら慣れてきた様子で嫌がることもなかった。
「さ、読むよ。
えっと、地面に指を当てて……」
「こう?」
「たぶんそうかな」
リタが本を開き、読み始めるとフィルはリタの言葉通りに動き始める。
「行ったことのない場所なら地図をよく見て、行ったことのある場所ならその景色を思い浮かべてください、だって」
「うーん……」
目を閉じて必死に思い浮かべている様子のフィル。眉間に寄ったシワが可愛い。
「思い浮かべながらこの模様を……フィル、目開けてこれ見て」
リタは本に載っている魔法陣の模様を指差す。どうにも形容しがたい、複雑な模様だ。
「これ、難しくないー?」
どこかを思い浮かべながら本の模様を見ることが難しかったフィルは、より一層眉間にシワを寄せる。
「でも誰にでもできるって言ってたよ?」
「えー、難しいよー」
頭を悩ませているフィルにリタは何もすることができず、パラパラとページをめくる。
しかし、特にヒントのようなものは見つけられなかった。
リタも何か手伝えることがないかと考えて、ハッと思いついた。
「下書きって、しちゃ駄目かな?」
「下書きー?」
この本に書かれている魔法陣の描き方は、場所を思い浮かべて指先で魔法陣を地面に描くというものだ。
先に木の枝か何かで地面に模様だけ描き、その上をなぞるのはどうなのか、とリタは思いついたのだ。これなら場所を思い浮かべることにだけ集中できる。
「うーん、いいんじゃない?」
「やってみようか!」
リタは近くに落ちていた木の枝を拾い上げ、フィルに渡した。
本を覗き込んだフィルは、真剣な顔で地面と向かい合う。そのまま、枝で土の地面に下書きを始める。
「これ、あってるー?」
「ここ違わない?」
複雑な魔法陣の模様は、描き足す毎にどこか違うような気がしてくる。
リタとフィルは何度も地面と本とを見比べ、30分ほどかけてようやく下書きが完成した。
「……これ、誰でもできるって嘘じゃないのー」
集中力が切れたフィルは地面に寝転んでしまう。
「続きは明日にしよーよー」
「雨降ったらどうするの?」
また一からやり直しだよ、と言うと、フィルは苦い顔をして勢いよく立ち上がった。
「よし、やろー!」
「私も手伝うよ!」
とは言っても、ここからリタに手伝えることは応援することだけだ。
「えーっと、思い浮かべながらなぞればいいんだよねー」
フィルはそう言って、ふぅと深く息を吐く。
リタはフィルのそばで祈っていることしかできない。
「よーし、やりますよー」
フィルは少し難しい顔をしたあと、地面に座り右手の人差し指で先ほどの下書きをなぞりだす。
いつになく真剣な顔をしたフィルに、リタは見入ってしまった。
なぞるだけの魔法陣は、五分ほどで描き終わった。
「はあ、描けたー!」
再び飛び上がるように立ち上がったフィルは、勢いそのままにリタに抱きつく。
その時、魔法陣が薄く光り出す。
その青い光は、サクが描いたものと同じ輝きだ。
「うーん、できてるのかなー?」
「光ってるし大丈夫なんじゃない?」
魔法陣は光り続ける。
失敗はしていないようだったが、フィルは心配そうな声を出しリタをギュッと抱きしめる。
「じゃあ、そろそろ行ってみる?」
しばらく光る魔法陣を見つめていた二人だったが、リタはそう問いかけた。




