魔法を使ってみないか
「あの、サクさんは……」
「博士はまだお休み中です」
次の日、遅めの朝食を済ませた後、リタは再びサクとイアンの仮眠室を訪れていた。
部屋の明るさこそ変わったものの、イアンが机に向かって機械をいじっているという図は変わらない。
「そうですか……」
いつ帰れるのか、と心配そうにするリタに、イアンが声をかける。
「今日中には必ず」
「ありがとうございます」
失礼しました、と部屋を出るリタに、やはりイアンは目を向けなかった。
「まだ寝ていました」
「そうか、時間ができてしまったな……
そうだ、フィル。魔法を使ってみないか!」
「めんどくさーい」
フィルは間髪入れずに断る。
しかし、クレアもそのことを分かっているので諦めない。
「サクはいつ起きるかわからないだろ? それまで暇じゃないか」
「ダラダラしたいー」
「フィルの魔力なら練習すればなんだってできるようになるぞ!」
クレアの言葉に返事をしたのは、フィルではなくリタだった。
リタは目を輝かせる。
「楽しそうですね」
「リタは出来ないぞ?」
「フィル、やってよ! 楽しそうだよ」
あまりにリタがノリノリなので、フィルは重い腰を上げた。
「ちょっとだけねー」
「じゃあ庭に出てやってみようか!」
案内されたのはとても広い庭だった。花壇には色とりどりの花が咲き、真ん中には小さな噴水がある。
ところで、この城は誰が管理しているのだろうか、とリタは疑問に思った。
昨日の夕飯時も、今日の朝食時も、皿を下げる様子をリタは見なかった。
廊下を歩いても誰ともすれ違わなかった。
庭だってこんなに綺麗に手入れされている。
「あの、クレアさん――」
「よし、フィル、何からやろうか!」
リタの疑問はクレアの明るい声にかき消された。
「疲れないやつねー」
「役に立つのがいいよな」
腕を組んで考えるクレア。何かを思いついたのかすぐにポンと手を打ち、城の中に帰っていった。
しばらくして、クレアは手に小さな袋を持って戻ってきた。
「待たせたな。よし、この種を蒔いてみてくれ」
「こう?」
花壇の端の空いたスペースに、フィルは受け取った種を蒔く。
「あとは、こう、伸びろ~って感じでやってみろ!」
雑な説明に、フィルは不機嫌そうな顔で首を傾げる。
「言葉にするのは難しいんだよ」
そう言ってクレアが種を蒔いた地面に手をかざすと、ニョキニョキと緑の芽が出た。
そのまま手を持ち上げると、手についてくるようにグングンと伸びる。
「わあ、すごいですね!」
「だろう? フィルも出来るぞ」
リタが期待のまなざしでフィルを見る。
期待に応えようとフィルはしゃがみこみ、地面に手をかざす。全く変化がない。
地面にかざした手がプルプルと震えているが、一向に芽が出る様子は見られない。
「無理だよー」
「もっと伸びているところを想像してみるといいぞ」
クレアのアドバイスに、フィルはコクリと頷き再び手をかざす。
関係のないリタの手にも力が入る。
「のーびーろー」
そう願ったフィルの声に、緑の双葉が少し出る。
「できたー!」
「え、これだけ?」
「んー、精一杯やりましたー」
やりきった、という感じでフィルは額の汗をぬぐう。
「フィル、もっとやれるぞ」
「もういいー」
フィルは立ち上がり、リタに後ろから抱きつく。両腕を肩にかけ、体重を預けた。
「もうちょっとやろうよ」
「えー、出来たからいいでしょー」
「フィルならもっとできるんだ、ボクが教えるから!」
張り切ったクレアの声に、少しフィルが嫌そうな顔をした。
「はー、疲れたー」
クレアのスパルタ特訓でぐったりと疲れはてたフィルは、地面に倒れこむ。
はじめは空いていた花壇のスペースも、フィルのおかげで綺麗にうまった。
「おつかれさま」
リタはフィルの頭を撫でる。
村に帰ったらこの魔法で畑を作って貰おうと考えていた。そうすれば、わざわざ町に行かなくても済む。
我ながらいい考えだ、とリタは心で思った。
クレアとリタが、疲れたフィルの頭を交互に撫でていると建物の中からサクがやってきた。
「おー、こんなところにいたのか。リタ、フィル、魔法陣ができたぞ」
サクは声を弾ませて二人に声をかけたが、疲れ切ったフィルは喜ぶ様子を見せなかった。
「ありがとうございます。フィル、帰れるって」
「今日はもうここで寝る……」
何を言っているんだ、と全員が一斉にフィルを見ると、すでにすぅすぅと寝息を立てていた。
三人は顔を見合わせて笑い、起こさないようにゆっくりとベッドまで運んだ。




