65話 中島知久平ですが、少女の皮を被った誰かの絵を検分しています
1940年4月 東京 秩父宮邸
「フフフンフンフン♪」
「藤宮様、ご機嫌ですね」
「まあねー」
「今度は何を描いておられるのですか?」
「じゃじゃーん!」
桜子ちゃん特製、ジェット戦闘機であります!
このジェット戦闘機は後退翼機であります。なおかつ、ジェットエンジンは機体後部に取り付けるようになっているのです。
第一世代のジェット戦闘機と比べれば、先進的な戦闘機だと自負できるだけの設計図だと思いますね!
まあ、私が未来の戦闘機のイメージをだいたい知っているからこそ、この絵が描けたともいえるのですけれども。
これこそが、知識チートの醍醐味といえるのかも知れません。
け、けして、Mig-15やF-86のパクリでは断じてない!
ないったら、ない!
私の設計図は、1.5世代ジェット戦闘機なんだから!
このスケッチどおりのジェット戦闘機を開発できれば、直線番長だけで格闘戦ではカモ同然である、メッサーシュミット262なんて目じゃない気がしますね!
「ジェット戦闘機ですか?」
「そうだよ! 先日描いたジェットエンジンを搭載する戦闘機がこれなんだよ!」
「しかし、プロペラが無いのに空を飛べるというのが、どうもピンときませんね」
まあそれは、夏子さんが言うのも理解できる気がしますね。
飛行機が空を飛べるとは理解できても、それはプロペラを回して飛んでいると理解しているのですしね。
これはきっと、江戸時代の人間に空を飛ぶ乗り物の絵を見せたとしても、上手くイメージできなくてピンとこないのと似たようなモノなのでしょう。
東京 某所
「ジェット戦闘機か、ふーむ……」
「ほう? このスケッチの機体は後退翼ですか。立体図はよく描けていると思いますけど、平面図はちと酷いですな」
「まあ、子供の描いた絵だから、それは仕方なかろう」
まだぞろ、幼女の皮を被ったナニかであらせられる藤宮様から、飛行機のスケッチを手渡されたのだが、よもやプロペラが無い飛行機のイメージ図だったとは!
理論を聞けば確かにジェットエンジンが優れていて、将来的にはジェットエンジンが主流になるとは理解できたのだが、いかんせんプロペラが無いとどうにも尻の据わりが悪い。
これはワシが古い人間ということなのかも知れんの。航空機開発の第一線から退いて政治家に転身したのは、どうやら正解だったようだな。
古臭い頭の人間が権力を握ったまま居座っていると、組織という生き物は硬直してしまうのだからの。
「子供が描いた絵でしたか。どうりで…… しかし、コレを描いた子供は天才ですね! まず、後退翼という発想が素晴らしいですよ!」
「天才、天才か…… おそらくは、天才。そうなんだろうな」
「なんだか奥歯に物が挟まった感じがしますけど、どうしましたか?」
「なに、少しばかり天才に心当たりがあるだけだ。気にせんでもよい」
確かに藤宮様は天才であらせられる。しかし、一歩間違えれば天災に転がってしまう危うさも秘めている気がするのが、なんともはや……
それに、なぜかしらオッサンであるワシが藤宮様に気に入られてしまったようなので、ちょくちょくとメモやらスケッチやらを渡してくるのが胃痛の種なのだが。
断ったりメモをゴミ箱に捨てるわけにもいかんし、藤宮様から渡される資料は拙いながらも正鵠を得てるのだから、ワシの悩みはつきん。
「は、はぁ。それにしても、ジェット戦闘機ときましたか……」
「この前、君にも見せたスケッチのとおり、ジェットエンジンが実用化すれば、そのエンジンを搭載する機体ということだな」
「しかし、ジェットエンジンの実用化までは、まだ時間が掛かるのでしたね?」
「陸海軍とも、まだ研究が始まったばかりだ。早くても三年は掛かるだろうな」
高熱に耐えうるタービンブレードの開発が、ジェットエンジンを実用化する上でのボトルネックになりそうな予感がするぞ。
しかし、藤宮様は一体何処でジェットエンジンのことを知ったのだ?
いくら藤宮様が聡明であらせられるとはいっても、藤宮様はまだ十歳におなりになったばかりの子供なのだ。
まあ、いくら考えても埒が明かない問題の気もするし、あまり詮索しすぎると痛くもないこっちの腹も探られることになるのだから、この問題は藪蛇だったか。
触らぬ神に祟りなしとは、まさしく藤宮様に当て嵌まる言葉のようであるな。
それに皇室は神話から続く神の系統なのだから、元々、神の子孫であったか。
「エンジンと機体のマッチングもありますから、ジェット戦闘機を実用化するには、エンジンの完成から更に一年以上は掛かりますよ」
「エンジンの完成までには、モックアップを作って風洞実験とかをしておくべきだな」
「それもそうでしたね。幸いにも、このスケッチのイメージした機体の完成度は高そうですので、模型から作り始めてみます」
「完成度が高いのか?」
「先進的といっても過言ではありません」
先進的、か。その言葉は、まるで藤宮様が未来の戦闘機の理想的な姿を知っているかのように聞こえるな。
いかんいかん。藤宮様のことは詮索はしないと誓ったばかりだったな。
藤宮様のアイデアに限らず、誰のアイデアであってもそれが有用であれば使えばいいだけなのだ。
「ふーむ、子供の柔軟な発想なのか…… いや? やはり藤宮様が人一倍に聡明であらせられるのか?」
「藤宮様? このスケッチは藤宮様が描いた絵だったのですか?」
思わず声に漏れていたのか。独り言は気を付けねばならんの。
「そうなのだが、いま聞いた藤宮様の部分は忘れるように」
「皇室の機密と軍機でしたか。分かりました」
そこまで大した機密ではないのだがな。大人の面子というヤツが一番なのだよ。
いや、軍事的には機密になるのだったな。
「それはさておき、このスケッチにも但し書きが書いてあるように、後退翼は低速時に翼端失速しやすい特徴がありますので、そこがネックになるかと」
「失速とロールは不味いぞ!」
「元々、楕円翼やテーパー翼に比べたら、後退翼は揚力を発生させる部分でも多少劣っていますので」
「それなら、テーパー翼でも良いのではないのか?」
「後退翼は速度を出すのにメリットがあるのですよ」
「ふーむ、二律背反になるのか……」
彼方を立てれば此方が立たぬということか。だが、どこかに最適解があるはずなのだ。
航空力学というのは、まだ未知の部分が多いのだから、トライ&エラーを繰り返すしかなさそうだな。
「それと、スケッチに書いてあるとおりですけど、高速飛行時の安定性は後退翼の方が上だと思います」
「それなら、いっそのこと三角翼というのはどうだ? ねじれのモーメントにも強そうだぞ?」
「翼が大きくなりますので、揚力を得るのと胴体と翼の結合部分の強度の面では有利になりそうですけど、風洞実験をしてみないことには、なんとも言えませんね」
「ジェットエンジンがモノになるには、まだ時間が掛かる。その間に色々な種類の翼で風洞実験をするのも無駄にはなるまい」
低翼、中翼、高翼とか、それぞれモックアップを作るのも良さそうだな。
「了解しました。予算の方をよろしくお願いします」
「弟に話は付けておくよ」
ふ~、どうやらこのまま上手くいけば四年後ぐらい先の未来では、ジェット戦闘機が日本の空を飛んでいるのかも知れんな。
日本の航空機のパイオニアの面子に賭けても成功させねばならん。




