64話 空技廠発動機部々長ですが、少女の絵を検分しています
1940年4月 東京 秩父宮邸
「フフフンフンフン♪」
「藤宮様、ご機嫌ですね」
「まあねー」
「今度は何を描いておられるのですか?」
「じゃじゃーん!」
桜子ちゃん特製、ジェットエンジンであります!
これを、知久平さんや軍の航空関係のお偉いさんに渡せば、レシプロ戦闘機を凌駕する速度を得られるのです!
敵機に対して優速ということは、空戦においてはそれだけで大きなアドバンテージになりますので、敵機に対して有利な位置を常に確保できますし、自機の生存性も高まるというものです。
また、万が一にもアメリカと戦争になった場合に備えるためにも、ジェットエンジンは必要不可欠な存在なのであります。
そう、高高度を高速で飛行するB-29を撃墜するためにも、ジェットエンジン搭載の迎撃戦闘機が大量に必要になるのですよ。
竹槍でB-29を撃墜できるのであれば、どんなに楽ができることやら。
まったくもって、度し難い。
まあ、このまま行けばこの世界線では、アメリカとの戦争が勃発する可能性は低い気もしますけど、それでも用心するに越したことはありませんよね?
この世界では、まだ第二次世界大戦が終わったわけではありませんので、欧米列強による帝国主義の風潮は生きているのですから。
自分の国は自分で守らればなりません。このことを放棄してしまえば、その国は大国の属国に成り下がってしまうのであります。
前世での日本は、太平洋戦争でアメリカに負けてしまったから、21世紀に入ってからも、半分はアメリカの属国みたいな地位だったような感じでしたしね。
まあ、冷戦崩壊以降の在日米軍は、日米安保で日本を守っているというよりも、二度と日本が暴走しないようにするための、安全弁。瓶の栓みたいな気がしないでもありませんでしたが。
あとは、アメリカの軍事的プレゼンスの維持と、アメちゃんの経費削減のためのタカリでしょうかね?
在日米軍への思いやり予算、毎年五~六千億円とかだもんね。
ジャイアンとのび太くんの関係が一番分かりやすいように思います。
敗戦国は戦後七十年八十年経っても、弱い立場のままなんや……
しかし、アメちゃんが日本に居座っているメリットもあるのだから、あまり文句も言えないのでしたね。
在日米軍が沖縄に駐留していなかったら、下手をしたら尖閣諸島が中国に奪われていた可能性も否定できない気もしますし。
ちょっと、妄想がすぎましたか。
「ジェットエンジンですか?」
「そうだよ! プロペラ機だと、どうしても速度に限界があるんだよ」
「速度に限界ですか?」
「プロペラ機だと技術的な制約があるから、頑張っても時速850kmとかで、どうしても頭打ちになってしまうんだよね」
急降下の場合だと、機体重量と地球の重力を利用できるので、950km/hとか出そうな気もしますけど、水平飛行の場合では900km/hオーバーは無理だと思いますね。
「そうだったのですか。知りませんでした」
「そこで、ジェットエンジンの出番というわけです! ジェットエンジンならば、音速の壁も突破することが可能になるんだよ!」
これからの未来において、ジェットエンジンが航空機のエンジンの主流になるのが分かっていますので、早めにジェットエンジンの技術的な蓄積もしておきたいところですよね!
戦後世界の航空機産業をリードするのはアメリカではなくて、我が大日本帝国になる可能性が僅かながらも芽生えるといいなぁ。
リードできないとしても、世界の航空機産業の一角には食い込みたいですしね。
「それが可能ならば、素晴らしいですね」
「そうでしょ! そうでしょ!」
「でも、一つだけよろしいでしょうか?」
「んー、なにかな?」
「藤宮様はもう少し字を綺麗に書きましょう」
「……」
「大人になっても字が汚いままですと、恥をかくのは藤宮様ですよ?」
「……」
え、鉛筆を持つと手が震えるんだよぉぉぉ!
「あと、治金ではなくて冶金だと思います」
「なぬ!?」
や、冶金なんて言葉は知らなかったよ……
人間が金属を支配して治めるんだから、治金でもいいじゃん!
治具に治水とか治安って言葉もあるんだしね?
横須賀 追浜 海軍航空技術廠(空技廠)
「ふーむ、ジェットエンジン…とな?」
「なんですか、この子供の書いた落書きみたいのは?」
「事実、子供の描いた絵なんだよ」
「そうでしたか。しかし、ジェットエンジンですか? 一応は立体図にもなっていますし、子供の落書きにしては随分と技術的ではありますね」
「貴官もそう思うか?」
「はい。しかし…… 空気を取り込んで圧縮させてから爆発させて…推力を…生み…出す? まさか! こ、これは!?」
「ん? どうかしたのか? そんなにも興奮して」
「部長! コレはもしかしたら、とんでもない技術かも知れませんよ!」
「これは、そんなにも凄いアイデアなのか?」
「はい。ジェットエンジンとは、今まで考えたこともありませんでしたが、間違いなくこの技術は使えますよ!」
「聞きかじった程度なのだが、欧米ではプロペラを使わないで航空機を飛ばす方法が模索されていると噂されているが、これがそうなのか?」
「はい。おそらくは、コレがそうなのでしょう。事実、イギリスでは十年前にコレと似たようなエンジンの特許が既に出願されております」
「十年も前にか?」
「そうです。しかし、まだジェットエンジンを搭載した飛行機が飛んだとは聞き及んではいませんので、実用化には難航しているのでしょう」
「十年も前から開発しているイギリスでも実用化に難儀しているとなると、我が国で実用化できるのはいつになるのか見当もつかんぞ」
「イギリスが特許を取った内容も見分できますので、それで技術の後追いが出来ますし、四、五年もあればモノにできるかと思います」
「しかし、またなんで、こんな難しい技術の塊を子供が知っているのだ?」
「さあ? 逆に子供だからではないでしょうか? ストローでシャボン玉遊びをするのと原理は似ていますので。まあ、それにしてはこの絵が技術に専門的であり過ぎるのが、いささか腑に落ちないではありますが」
「ふーむ、子供の柔軟な発想なのか…… いや、それとも藤宮様が人一倍に聡明であるのか?」
「藤宮様? このアイデアは藤宮様の発想だったのですか?」
「陸軍の立川にも同じ内容のが行っているらしいが、基本的には内密だぞ」
「軍機ですね? 了解しました」
「軍機とはいっても、噂それ自体は独り歩きしてしまうだろうがな」
「そういえば、電探を考えたのも藤宮様とかいう噂がありましたね」
「艦船の建造期間を短縮するブロック工法もだな。しかし、あくまでも噂の域は出ておらん」
「では?」
「今回の件もあるし、そういうことなのだろうな」
「凄まじい知性ですね……」
「もしかしたら、若い無名の技術屋の誰かが藤宮様に代弁させているのかも知れんがな」
「皇族の力を借りた方が、新技術が採用されやすいとかでしょうか?」
「それは否定できまい」
「レシプロエンジンのプロペラ機では、音速を超えるのは無理だとかそんな難しいことを、子供の藤宮様が知っているはずもありませんでしたか」
「そうであろうな。それにプロペラ機でも、まだ時速600kmに届くか届かないかってところだぞ?」
「理論上では、プロペラ機の限界は最高でも時速900km程度であると考えられています」
「しかし、この新技術であるジェットエンジンであったのならば、音速の壁をも突破できるようになると?」
「得られる推進力次第ではありますが、理論上では可能かと」
「それが可能であれば、人類が空を飛ぶようになってから僅か数十年で、凄まじい進歩だな……」
「それには小官も同意致しますが、技術とは日進月歩であります」
「ただでさえ我が国は欧米先進国に科学技術で遅れているのだから、白人どもに猿真似と言われようが置いて行かれる訳にはいかん」
「欧米列強との差が広がれば、黒船来航時みたいに圧力も厳しくなりそうですしね」
「我が国にはろくな資源もないのだから、科学技術を発展させねば欧米諸国に搾取される植民地同然の国に成り下がってしまう」
「このジェットエンジンは、どうやら高オクタン価の航空ガソリンでなくとも大丈夫なようですので、資源に乏しい我が国の状況にマッチしたエンジンだと思います」
「灯油でもOKとか書いてあるけど、本当に灯油で飛行機が飛ぶものなのか? 石油ストーブではないのだぞ?」
「逆に航空機用のガソリンエンジンが繊細過ぎるとも言えるのでしょうね」
「灯油でも飛行機を飛ばせるのは革新的だな。満州で発見された油田は重質油でガソリンと灯油の収率に大差がないから助かるぞ」
「オクタン価を高めるのにも、かなり苦労しそうなガソリンとは聞いております」
「うむ。満州の油田に喜んでいた上の連中が、分離できるガソリンの量もオクタン価も低いと聞いて半泣きしていたな」
「重油を使う軍艦には関係ないですから、船乗りには好評でしたけど、航空機関係者には糠喜びでしたね」
「まあ、北樺太にあるオハの油質がまだマシなのが多少は救いだがね」
「しかし、レシプロエンジンでは空気の薄くなる高高度では性能が落ちますので、やはりこれから先の時代ではジェットエンジンが主流になるでしょう」
「おそらくは、貴官が言うとおりそうなるのだろうな。そういうことだから、ガソリンを使用しないジェットエンジンとやらの研究を頼んだよ」
「了解しました!」
「それにしても、この漢字ですけど……」
「ん? 漢字がどうした?」
「冶金が治金になってますね」
「工作機械を治具とか呼ぶから、おそらくはそれと混同しているのだろう」
「あ、ありえそうですね……」
「まあ、藤宮様はまだ子供だ。そこは大目に見てやるんだな」
マウスで書く限界が露呈してきた…




