年上の人 9
学校から出る時にリネハン先輩と色々あってからのバイトだった。悶々と考えてミスしたらどうしようかと思ったけど、今日は客足が途絶えるどころかいつもよりも忙しかったので例の件のことを考える暇もなくひたすら体を動かしていた。忙しいときはあっという間に時間が過ぎてしまう。つまり無我夢中で体を動かしたものの頭は動いていないために何の対策も考えることなくその時を迎えてしまった。
いざバイトが終わると、やはり約束通りに先輩がいた。
「ソロウ、お疲れ様。」
「あ、はい。ここで待たせてすみません。」
先輩はいつも通りにこにこしている。特に変わった様子がない。
「じゃあ帰ろうか。」
ここから寮までは遠すぎるということはないけど、気軽に行けるほど近くはない。その微妙な距離を2人で帰るのが、こんなにもそわそわするとは。
前に感じたものとは違う、今は少し居心地の悪さを感じるそわそわだった。
とりあえず先輩に促されるままに歩く。そういえばとふと思う。今までは気がつかなかったけど、いつも先輩は歩く時に馬車が通る大通り側を歩いてくれている。現に今も。
こっちを歩くようにと言われたわけではないけど、とても自然にこちらを歩くように並んで立っていてくれていた。
とても細やかな気遣いのできる紳士的な人なんだと思った。
「今日もお疲れ様。バイトはどうだった?」
「めちゃくちゃ忙しかったです。近くで何か催しをしていたわけじゃないのに爆混みでした。」
「へえ。それを捌けるソロウは凄いな。学校も大変なのに、終わってからも忙しいバイトをこなしてるなんてさ。」
「いえいえそんな……。」
今日のバイトのことを話す。その後はリネハン先輩の今日の授業の話やお互いが仲がいい友だちの話、それから先輩のバイトの話などいつも通りの会話をしている時だった。夜道ということもあって気が付かずに欠けた石畳のところに足をつまずかせてあわやこけそうになってしまった。
「ソロウ!」
焦ったリネハン先輩の声が聞こえる。それと同時に片手を握りしめられたと思うとその次の瞬間には背中から先輩の腕が回っていた。
こんなに距離が近いことは初めてで、頭の中での状況整理が追いつかない。
「怪我してない?」
のろのろと声のする方を見ると、思ったよりも近くに先輩の顔があった。
普通ならこんな距離感にならない。そこで私は先輩に助けてもらったのだと理解した。
「おかげさまで何ともなってないです。ありがとうございます。」
「良かった。」
心配そうな表情から一変して笑顔になり、先輩は私の背中から回していた腕をそっと降ろした。2人で立ち止まっているのでもう大丈夫だとわかっているはずなのに、私の片手は未だに握りしめられたままだった。
「ソロウ。噂、知ってる?」
知っているし、なんなら今日はそのことでやっかまれたり茶化されたり遠巻きにされたりした。ただその事実をそのまま言うのも何なので肯定だけしておく。
「一緒に店に行っただけで付き合ってるってことになっちゃって……なんかすみません。」
噂話をしているのは私ではないけど、事実に反する状態にはなってるのでそのことに関しては謝罪した。
「いやソロウが謝る必要はないからね。」
「ありがとうございます。」
お互い気にしないようにして、今まで通り少し仲の良い先輩後輩でいこう。
握られた手を離してもらおうと少し動かしたときだった。私の考えとは真逆にさらに強い力で握られた。
「あのさソロウ、さっきの廊下で……俺が告白したらってやつ。本当にそうしたらどう思う?」
あの時には何も言われなかったから大丈夫だったんだなと思っていたけど、やっぱり廊下でのビルとの会話を聞かれていたらしい。聞かれた上に、仮定としてその先の返答を求められた。
今の私としてはビルにさっき言おうとしたとおり、今の段階では先輩のことを恋愛対象として見ていない。とても良くしてくれるし優しい人だからこのままの距離感でいられれば好きになるような気がする。結論として、今先輩が私を好きだと言っても、私は先輩として大好きですとしか言えない。ただし今ここでそう答えたら、ここから寮までの微妙な距離をこれまた微妙な空気で歩いて行かなくちゃいけない。きっとビルにそんなこと言ったら「それぐらい我慢しろよ」って言われるだろう。ごもっともです。
「ごめん。すっごく困らせてるよね。」
「もしもってことで色々考えちゃって……。」
「ああ、なるほどね。」
ちゃんと告白されたわけではなくて、もしもの話に対しての返答なのに、話題とタイミングのせいでこんな苦労するとは思わなかった。告白する側はもちろん緊張して大変なんだろうけど、告白をされた方もまた大変なのだとひとつ勉強になった。いや勉強とか言ってる場合じゃない。
そんな私の気持ちを汲み取ってくれたようで先輩は頷いてくれた。
「それじゃあ1ヶ月後に返事聞かせて。俺、頑張るから。」
「わかりました。」
リネハン先輩の温情により、返事を待ってもらえることになったのだけど、ただ先延ばししただけなのでいずれは答えを言わなくてはいけない。
それでもまだ暫くは仲の良い先輩と後輩でいられることに安堵した自分がいるし、1ヶ月経ったらこの気持ちはいい意味で変化しているのだろうかと考える自分もいる。
それからはその話題に触れることなく、さっきまでの雰囲気なんてなかったかのように他愛無い話をしながら帰路に就いたのだった。




