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10/23

年上の人 10

 リネハン先輩から告白されてから1週間が経った。


 先輩は他の人に聞かれるたびに私と付き合っていないということを言ってくれたため、その情報は主に女子たちによって瞬く間に拡散し、あくまで噂は噂だったんだねということで収束した。

 ただし一部の女子からは信じきれていないようで疑いの目を向けられているけど、何かされるということはないし気にしないことにしている。ただすれ違って少しして微妙に聞こえるくらいの声でひそひそされるからいらっとするけど。


 いらっとすると言えば、今回の魔法科学の小テストである。前回が散々だったので、魔法科学が得意な子にノートを借りて勉強したのにまたも赤点。けっこう頑張ったし自分としては手応えがあっただけに、しょんぼりを通り越していらっとする。


 そして今回はなんと私のみが赤点だったので、資料兼備品室という名のマクナイト先生専用部屋で、なんか作業してる先生の前に座って再テストを受けている。再テストなので、赤点より上の50点以上取れないとだめで、合格するまで問題を解き採点し間違ったところを復習してもう一度テストという流れだ。ちなみに今はここに来て2回目のテストなので再々テスト中。

 終わったので一応確認するけど、間違いは何度見ても分かってないから間違いなわけで確認したところで何も変わんない。


 ふと目の前にいるマクナイト先生を見てみると、なんか難しそうな題名の本を普段からは想像もつかないほどの真剣な顔で読んでいた。集中しているのだろう。それを見ると、こんなテストを渡して採点してくれというのが何となく憚られる。いや、むしろ早く採点してもらってはやく合格してって話なんだけど、そんなことよりもなぜか集中して本を読んでる先生を集中して見てしまう。

 全生徒の共通認識で先生は童顔……いや若々しい。若々しいというところで意識は止まっていたのだけど、授業の時では考えられないほどの距離感でまじまじと見てみると、鼻筋はすっと通っていてまつ毛も長いし、なんとシミも毛穴も見当たらないつるっつるの卵肌、女子泣かせの美肌だった。


「ソロウ。」


 あんまりにも凝視していたせいか、本から顔をあげた先生が「解答書き終わったのか?」と私に声をかけ、手元のテストを見る。


「あのさ終わってんなら声かけて。」

「や、なんか、先生集中してたようなので。」

「そりゃ気を遣わせた。でも気にしないで言って。」


 先生は読んだページが分かるようにそのまま本を伏せると片手を出してきたので、テストを渡す。すぐに採点してくれる先生を見ていて思ったのだけどとても姿勢がいい。さっき本を読んでいる時もそうだったけど、今座っているソファの背もたれを使うことなく背筋を伸ばして座っていた。長時間同じ体勢で何かしようとすると背もたれを使いたくなるものだけど、マクナイト先生からはそんな様子は全く見られない。

 俯き気味に採点していて髪が気になったのか、先生が耳上の髪の毛をかきあげると、なんとその耳にピアスホールがあった。しかも1個とか2個ではなくもっといっぱい。複数個。


「さっきから見過ぎでしょ。」


 採点が終わったのか、ペンを置いて先生が顔をあげた。


「分かっちゃいましたか。」

「何が気になることでもある?」

「いやあ……先生ってピアス穴がっつり開けてるんですね。」

「まあね。」


 魔道具としてピアスを着けている人は多いけど、今つけていないということは不要なのだろうか。こんな魔道具たちなんてもう頼らなくても実力抜群、とかそういうことなのか。


「魔道具ですか?」

「いや。」


 魔道具じゃないということはおしゃれピアスということなのか。学校での先生しか知らないけど、プライベートはだいぶおしゃれな人なのかもしれない。


「せっかくいっぱい開けてるのに、つけてこないんですね。」


 他の中等教育校はつけていい種類や個数が決まっているけど、この学校は規制していない。むしろ、魔道具やおしゃれとしてピアスどころかネックレスやアンクレット、リングやブレスレットを何個もつけている。もちろん先生たちもだ。


「前はピアス付けてたんですか?」

「まあ……学生の頃。」


 おしゃれに興味持ったりするもんね。そういうお年頃だよね。ちなみに私はというと、欲しいは欲しいけどいざ見てみるとお金が勿体なく感じるために持っていない。とは言えやっぱり憧れはあるから、自分でお金が稼げるようになったら買おうと思っている。


「何でつけてこないんですか?」


 これは踏み込みすぎた質問かな、と思ったけど、先生は困ったように笑った。


「前にちょこっと言われたことがあってさ。それからはつけてない。」


 マクナイト先生が誰かの意見に左右されるなんて想像がつかないけど、ここまでしているってことは先生にとって影響力がある人なんだな、と思った。

 影響力強いというと家族とか親友とか、恋人、とか?え、それ気になる。先生ってどんな人がタイプなんだろう。ピアスから脱線したけど、こっちの方が気になる。


「ちょこっと言われたって、彼女にですか?ていうか先生の彼女ってどんな人ですか?いつから付き合ってるんですか?」


 食い気味に聞いたせいか、先生はだいぶ引いていた。そもそも先生は自分のことを話すタイプではないし、恋人なんて個人情報の中でもだいぶ中核に位置する話題だろう。


「話が飛躍しすぎだよ。恋人から言われたわけじゃないし、そういう相手なんていないわ。」

「えーそうなんですかー?」

「そうなんです。はい、採点終わった。合格でーす。もう帰って良いですよー。」


 急に先生感出してきた。これはもう言うことはないから早く帰れということなのだろう。もともとプライベートなことは基本話さない人だし、これ以上言う気はないはず。まあでもね、昔はおしゃれに気を遣ってたとか、何か心に刺さるようなこと言われてピアスをつけていないとか、恋人がいないとか、結構情報が入ったしここは大人しく引くことにしようじゃないの。


 あ。


「そうだそうだ。リネハン先輩との噂のことで色々と心配していただいてありがとうございました。」

「そのことなら気にしなくていい。」

「その噂なんですけど、火のないところはなんちゃらってやつみたいで、昨日リネハン先輩に告白されたんですよ。」


 貰ったテストや筆記用具を鞄にごそごそ詰め込みながら伝えるが、先生からの返答がない。何か気を取られるようなことがあったのだろうか、と荷造りした後に先生を見るとぽかんとした顔でこっちを見ていた。つまり、先生からすると予想外の言葉だった、と。


「びっくりしました?」

「そりゃあ。」

「まさか私相手にそんなことあるわけないってことですか?」

「いや、そんなことない。」


 やけにきっぱりと否定した。その後でこちらから視線を外して斜め下に向け、腕を組み何かを考えている。そして考えがまとまったのか、再度こちらに視線を移した。


「ソロウがどうこうじゃないんだ。リネハンが告白されてそれ以上に発展しなかったっていう話はよく聞くんだけど、リネハンが告白したっていう話は初めて聞いたからなんか意外って意味。」


 リネハン先輩がそれなりの回数告白されたっていうのは全校生徒が知るところだし、それは先生たちもそうなんだろう。それにマクナイト先生は聞き上手だし、そういう情報は望んでいないとしても入ってきそう。


「先生が知らなかったってだけで、実際は告白されてその後があったのでは?」


 そんなこと無いだろうなとは思うけど一応言ってみたが、返事は予想通りだった。


「そうだな、そんなことあったら、結構な話題になってただろうから俺の耳にも入ってたと思うぞ。」


 事実じゃないとしても、仲良くしてたってことで憶測が憶測を呼んでこれだけ騒ぎになってるんだから、と付け加えられた。

 だよね、ほんとそれ。いや、もしかしたらマクナイト先生なら裏情報を掴んでるんじゃ?とは思ったけど、そんなことはなかったようで。


「告白だのなんだのって俺にそう言うってことは恋愛相談?」


 先生は恋愛相談に乗ってくれるっていうのも、これまた全校生徒が知っているところで、きっと先生もこの流れ的にそうなんだろうと考えているんだろう。

 恋愛、相談?相談、なんだろうか。私としてはさっき言ったように心配してくれた先生に結果報告というかそういう話をしようと思ったのだ。そうか、さっき先生と恋人だの何だのって話になって、恋愛脳になっているんだろう。やっぱりお年頃なんだね私ってば。


「さっき先生と大切な人とか恋人とかそんな話したから頭がお花畑になって言っちゃったかんじです。」

「あーそう。そもそもその話題振って来たのはソロウだからな。その時から頭がお花畑になってたってことか?」

「いえ違いますけど。」


 意味分からんーなんて言いながら笑うマクナイト先生の顔はなんか可愛い。そう、かっこいいというか可愛い。なるほど、これが童顔の力なのか。なんて考えていたら、絶対に怒られる。マクナイト先生は童顔と言われると怒るというのが先輩から後輩に受け継がれし話なのだ。


「じゃあ何だ、俺に対する自慢なの?」

「違います。」

「ふーん。まあいいや。で?」


 で?


「ソロウはどうしたの?」


 どうしたの、ということは告白されて返事はどっちにしたのかということだろう。そうだよね、私も友だちにこんなこと言われて結果を言われなかったらどっちだよって聞きたくなる。

 こういうのは「はい」か「いいえ」のどちらしかないだろうし、先生はどうしたのかと聞いているけど根本にはどっちなのかと考えているに違いない。

 まあ、どっちでもないんですけどね。


 すぐに返答ができなかったこと、そしてリネハン先輩に1ヶ月後に返事を聞かせてほしいと言われた旨を伝えた。


「急に言われてうまく返事ができなかった私に先輩が猶予を与えてくれました。」

「うーん。リネハンの耐久力凄いな。」


 その言葉は、耐久力が試されるような事態にさせている私に対する嫌味ですかね。まあ確かに、そう見えるよね。


「それで、ソロウは何でうまく返事ができなかったわけ?その時点でリネハンのこと恋愛的な意味で好きじゃないって見えるんだけど。」

「ですよね。」


 実際、今先輩のことはそう見ていない。

 ただ人として素敵な人だと思っているし、ぶっちゃけ先輩と付き合ったとしたらきっと大切にしてくれて私に安心感を与えてくれる、そんな関係を築きあげてくれると思う。それはきっと泣きたいくらいの幸せで、それが分かっているから私を好きだと言ってくれる先輩を好きになりたい。こんな考えって、告白された側のあざとさがにじみ出ているし、奢り高ぶっている。

 そういう考えを思いつくがまま、拙い言葉で必死に伝える。


 最初は先生の目を見て話していたけど、話しているうちにだんだんとこんな考えに罪悪感を覚えて、だんだん先生の目が見られなくなって最終的には机の上で無意味に握った両手を見下ろしていた。


「ふーん。」


 マクナイト先生は言葉にも満たない短い返事をした。ここからは教師らしく引導を渡されたり諭されたりするだろうな、と思ったのだが、その予想は裏切られることとなった。


「つまりまとめると、リネハンは付き合ったら彼女として大切にしてくれるだろうから好きになりたいと。」

「短くまとめましたね。」

「でもそうでしょ。」


 要点をまとめるとそうなんだけど、さっき頑張って伝えた私って一体?と思わなくもない。


「まあでもそんなもんか。」


 意外な言葉に勢いよく顔をあげてマクナイト先生を見ると、そこには眉をひそめるでも眉間に皺を寄せるでもない皮肉に笑ってるでもない、そんな顔をしていた。


「付き合うきっかけも付き合い方もひとそれぞれだしな。リネハンにソロウの気持ちそのまま伝えてみたら?」


 てっきりそんな不誠実なのは止めろと言われるかと思ったけど、そういうこともあるよねというスタンスだった。

 それなりな年齢の分、色々と見聞きしているから清濁合わせ飲み、テンプレな意見だけじゃないということか。


「そうですね。わかりました、ありがとうございます。」

「おー。」


 結局恋愛相談になっていたし、なんやかんやで相談に乗ってくれたマクナイト先生に感謝だ。

 いやしかしこんな意見がでるということは、先生もそういう経験があるんじゃないのかな。


「ねえねえマクナイト先生。」

「なに、まだ何かあるの?」

「これで最後です。付き合ってから好きになったりとか、好きじゃないけど付き合ったりとかそういう経験があるんですか?」


 と言ったら、すっごく眉間を顰めていた。しまった、これは無しな質問か。ちょっと調子乗り過ぎたか。

 すみません、とすぐに謝る。先生は気にするなと言ってくれたけど、そんな表情されて気にするなというのはなかなか難があるしい。でもこれ以上深堀しても良くないのはさすがに私でも分かるので、引くことにした。


 先生に帰っていいと言われてからなんやかんやと話していたのでそれなりの時間が経っていた。先生の時間をこれ以上もらうのは悪いので、もう帰ろう。再テストはさておき、とっても有意義な時間だった。


「じゃあ、先生に色々教えてもらったことだし、帰ります。」

「気を付けて帰れよ。」


 鞄を掴んでソファから腰を上げて、この資料室から図書館に繋がるドアに向かう途中、私の背中に先生が「また何かあったら言えよ」とさっきの調子がなかったかのようにいつもの調子で声を掛けてくれたので、勢いよく後ろを向いて元気に返事をして、今度こそ資料室を出た。

 自業自得とはいえ再テストやリネハン先輩の告白とかで色々考えてもやもやしていたけど、先生のおかげで少しすっきりしたので、足取りも軽く図書館を後にした。


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