年上の人 8
教室を出てからというもの、授業中なので一応会話せず静かに歩いていく。そうなると、私の姿を見たどこかのクラスの女子がたまにひそひそしているのが聞こえてくる。その声は一緒に歩いてるマクナイト先生の耳にも入っているはずだ。授業中なんだから静かに集中して取り組んでほしいものだ。
新棟と旧棟を結ぶ渡り廊下に来たところで、先生が口を開いた。
「ソロウ、お前リネハンと付き合ってんの?」
まるで世間話をするように軽い口調だったけど、内容が内容だった。マクナイト先生は生徒から恋バナを振られたら普通に答えてくれるタイプではあるけど、先生から振ったところは今まで見た事がない。
「マクナイト先生もそんなこと言うんですね。」
「なんか色々言われてたからさ。」
「ああ……。」
つまり先生としては、学校でもてもての人と付き合ってる私が色々と噂されていて心配していると、そういうことなんだろう。付き合ってるのか、と聞いてるけど、リネハン先輩とわりと仲良くしていることが昨日話題にあがっているから、付き合ってるんだろうなと思いながらも念の為聞いてる感がありありだ。
先生にまで勘違いされたくないし、このまま噂が流れればリネハン先輩にも悪い。
「付き合ってないです。勘違いされてそのまま噂が広がってって、今朝教室で違うって言ってるのに信じてもらえなくて、もう何でよって感じです。」
「そうなんだ。聞いてごめんな。」
今日初めて誰かに私の言い分が信じてもらえたという事実に感動を覚えた。
「教室に行ったら朝一でビルに聞かれるし、否定してもみんな信じてくれないどころか付き合ってるけど照れて言えないんだなって空気だしてくるし……。」
「え、ソロウ、恥ずかしくて言えなかったの?」
「だから違います!」
だいぶ大きな否定の声をあげてしまったけど、こっちには授業をしている教室はないから誰の迷惑にもなってないはず。いやマクナイト先生はうるさって思っただろうけど、それは甘んじて受け入れてもらう。
ここまで必死に否定する私を見て、先生はやっと信じてくれたようだった。
「マクナイト先生、私が噂されてたから心配してくれたんですよね、ありがとうございます。」
「ああ、いや……、」
先生の言葉が妙に歯切れが悪い。
「そりゃ心配するよ。ただソロウが思ってるような心配じゃないっていうか、まあ、なんていうか……。」
本当に歯切れが悪いけど、とりあえず心配をしていたということでこれ以上聞く必要はないな。これ以上つついて万が一怒られでもしたら藪蛇案件だ。
そんなこんなでその後は当たり障りのない話をして、資料室で教材を手に入れ、マクナイト先生と運んだ先は魔法科学室。教室とは真反対の位置すぎて言われた時は軽く泣いたけど、文句は言えなかった。なぜなら私は魔法科学で赤点最下位の人間なのだから。次こそは絶対に回避をしてみせる。
真反対まで教材を置きにいって教室に戻ったのだから、当然次の授業には遅れるわけだけど、マクナイト先生も一緒に行って次の授業の先生に事情を話してくれたから遅刻扱いにはならなかった。
その後上級生とかにひそひそされたりしながら授業を受けて昼ご飯食べてまた授業を受けてたらあっという間に1日が終わって、楽しい楽しい図書委員の時間になった。
一発目から行った遠い遠い図書館にビルと行くと、もうマクナイト先生がいた。これは前々からの謎で、教室でホームルームをしていたのに私たちより先に図書館にいる。ビルや先輩とも話したけど、みんな分かんないと言っていたし、先輩は昔からの七不思議のひとつと言っていた。
「おー来たか。」
資料室から本を持ったマクナイト先生がひょっこりと顔を出した。そういえば昨日あそこでお茶を御馳走になったな、と感謝の気持ちと共に思い出す。大変美味しかったです。
「ま、何かあったら呼んでくれ。それじゃあ。」
そして資料室に消えていった。
私とビルは顔を見合わせ、無言で掃除用具をロッカーから取り出し頷きあい掃除を始めた。教室にいる時みたいに楽しいお話は今は封印して心を無にしてやるしかない。ただひたすらふわふわのはたきみたいなもので本棚の上から順番に埃を落としつつ、汚れているものや破損している本も探していく。探すと言うか、パッと見でそんな本があるかなあぐらいだし、だいたいの破損本は借りた人たちが申告してくれるから基本的にここには収納されていない。そうして黙々と掃除をしていき、2日目にしてやっと図書館の仕事が終わった。
「ビル。」
「ステラ。」
「「お疲れさま。」」
気持ちが声になって重なった。
「さーて、マクナイト先生呼ぶか。」
仕事を終わらせたら一応マクナイト先生に確認してもらわないといけないので、資料室に呼びに行く。
「先生、終わりました。確認お願いします。」
ノックしたら入るように言われたものの入るまでの用事でもないのでドアをあけて声をかけると、先生は何か書き物をしていたらしくペンを置くとこちらにやって来た。
「先生俺たち昨日と今日頑張ったよ!」
飼い主に駆け寄るワンコだろうか、ビルが先生に駆け寄りまとわりついている。何かと犬疑惑があるビルを軽くあしらいながら、さらっと辺りを確認して「確かに」と呟いた。
「あの量の本を処分したし、書架の埃も落としてくれたし、よくできました。あとは埃っぽいから窓開けとくか。」
マクナイト先生が指をパチンと鳴らすと一斉に図書館の窓という窓が開いた。梯子を使ってもなかなか手の届かない上にある窓もそれは同様で、こういう大規模な魔法が使えるのはさすが教師という他ない。
もちろんビルは目を輝かせてその状況を見ていた。
「すっご!マクナイト先生、すっご!」
「これぐらいできないとここの教師なんて務まりません。」
「いやでもすっご!」
「バイゴットのお姉さんなら朝飯前なんじゃないの?」
「え……うそでしょ、姉ちゃんの話題とか止めてよ……。」
王立に行ってたお姉さんなら確かにできるだろう。先生の言葉に頷いたけど、お姉さんの話題はビル的に無しだったらしく、思い出してげっそりしていた。そんなビルにマクナイト先生は笑いながらごめんと言った次に手を出すように言う。ビルは何だろうという顔で手を出すと、いつもの小さな袋入りの飴ちゃんではなく棒付きキャンディーが2つ。ちなみに私は再テストの時にもいただいたいつもの小さな飴ちゃんだった。
そういえば昨日私はお茶を御馳走になったけど、ビルは特に何もなかったからこれが労いということなのだろう。とりあえず私は昨日の話はせずに「ビル良かったね!」と満面の笑みで言ってみた。
「え、何で俺こんなに?ステラは?」
「いや昨日バイゴットも頑張ってたけど、何も渡せなかったから。その埋め合わせも兼ねて。」
自分のと私の飴ちゃんを見比べるビルだったけど、マクナイト先生の発言に納得したようでさっそく1本食べていた。
「ありがとうございます!こんなんだったら毎回忘れてもらって良い!」
「いやそのままずっと忘れている可能性も有る。」
「それは困りまっす!」
まだ食べていない棒付きキャンディーをぎゅっと握りしめる様子が微笑ましい。と同時に、ここまでの会話で昨日私に先生は何を与えたのかと聞かないビルにちょっと安心したけど単純だなとも思った。
「さーて、図書委員の仕事も終わったし、帰った帰った。」
マクナイト先生の最後の一声を合図に私とビルは帰ることにした。帰っていいと言うからには、現在大開放中の窓は先生が閉めてくれるのだろう。
荷物を持ち、ビルと一緒に図書館から出て、世間話をしながら帰る。
「そういえばさー、ステラっていつからリネハン先輩が好きだったの?」
「だから先輩と付き合ってないってば。」
朝からこの手の質問はされてきたし、聞こえる音量でひそひそとされてきた。
もうめんどくさい、うっとうしい、そんな私の様子が分かってはいるものの、ビルは顔色も変えずに続ける。
「いやそもそもステラってリネハン先輩の話題って積極的に出さないし、みんなと一緒になってキャーキャーしてなかったじゃん。恋愛的な感じで好きって感じがしなかったからさ、いつからなんだろうって。ちょっと前から学校帰りに会ってたみたいだし、そん時から?」
真面目な様子のビルに触発されて、私も真面目に考えてみる。
入学したときに頭も良いしかっこいい先輩がいるっていうのは聞いていて、その後は有名人に憧れるって感覚に近かった。ちょこっと前に放課後に会って一緒に帰るようになって、意外な一面も知ったりして、かっこよくて話しやすい先輩って認識に変わった。そして昨日、仕事を手伝ってもらったり飲み物を奢ってもらったりしてとっても感謝している。
ただほんの少しの疑問があるとすれば、みんなが言う通りに最近ちょこっと会っただけの後輩の仕事を手伝うのか、飲み物を奢るのかってところだけど、それは今は置いておこう。
「うーん。有名人に憧れる気持ちが意外とお茶目な先輩って認識に変わったって感じ。だから恋愛的な何かって無いよ。」
こんなこと言ったら、そんな気持ちで付き合ってるの?とビルに言われるかと思ったけどそんなことはなく、ただただ黙って私を見ていた。見ていたと思ったら、唐突に口を開く。
「ステラはそう思ってても、リネハン先輩は違うかもね。」
「違うとは?」
「先輩はステラのことを恋愛的に好きなんじゃないってこと。そのうち告られんじゃね?てか告られたらどうするの。」
それは私が今は置いておこうと思って脳の片隅においやったそれをビルがぶち込んできた。というか、この口ぶりから察するに私とリネハン先輩が付き合ってないと理解している様子。今日のあのノリはなんだったんだ、否定しまくったあの労力を返せ。
「ちょっと待って、まず整理しよう。何で付き合ってないって信じてくれたわけ?朝からみんな信じてくれなかったのに。」
「うーん。2人がどうこうなってるって、今までのステラの態度から俄かには想像できなくて、ステラの気持ち聞いて確信した。」
ビルは納得してくれたようで「そっかー」と頷いていた。
「それで告白されたらどうする?」
このままその話題流れないかなって思ったんだけど、そこ気になるよね。私もビルの立場だったら聞きたくなるわ。
今のところは良い先輩って意味での好きなんだけど、これから先はどうなるかは分かんない。一緒にいて、良いなって思うところが増えていくうちに好きになってるかもしれないし。
っていうことを伝えようとしたところで、なんとびっくり、思わず今?って言いたくなるようなタイミングで前方にリネハン先輩が。
「今の話聞かれたかな?」
「聞かれてたら私だいぶ気まずいんだけど。」
「どんまい!」
小声で話しているけど、むしろこれすらも聞こえてるんじゃ……?本当に気まずい!と思っている間に、さっきまで隣にいたビルはダッシュでこの場を去り、リネハン先輩に通りすがりに挨拶をして、あっという間に学校から出て行った。
残ったのは、廊下にてほどほどに離れて立つ私とリネハン先輩で、そのリネハン先輩が私の方に向かってやってくる。さっきまでの話題が話題だったから、私からはリネハン先輩の方に歩いていけないし、心臓がバクバクしている。なんなら冷や汗もんだ。
そしてついに先輩が目の前に立つ。
「あのさソロウ。」
「はい。」
「これから時間ある?」
「いや……今日バイトなので。」
「じゃあ待ってるからさ、その後一緒に帰ろうよ。」
無理です。とは言えない雰囲気だったので、頷くことしかできなかった。




