年上の人 6
紅茶を美味しくいただいて、心も体も軽くなったところで帰ることにした。さすがにご馳走されっぱなしというわけにもいかないので後片付けを手伝う旨を申し出たわけだけど、先生は「いらない」と言って譲らなかったので、そのお言葉に甘えることにした。
「とっても美味しかったです。ありがとうございました。」
「それは良かった。ビルの耳に入ったら絶対うるさいから黙っておくように。」
その場面を想像したのか、うるさいと言いながら顔を盛大にしかめる先生がおかしくてついつい笑ってしまったけど、先生の言うことは間違い無い。あのビルのことだから、知ったら確実に大騒ぎする。そして先生に詰め寄って文句を言い続けること間違いなしだ。
「明日あいつにご褒美渡すからさ。」
「了解です。内緒にしておきます。」
「おー。じゃあまた明日。」
「はい。さよなら。」
明日も図書委員の仕事はあるわけで、その時に多少の色をつけて渡すつもりなのか、それとも先手必勝で会ったらすぐに渡すのか、さてさてどっちかななんて考えながら図書室を出ていく。
本日バイトはお休みだし、買い出しもないのでゆっくりと人気のない別棟を歩いていく。新棟に続く渡り廊下は屋根こそあるけど、壁で遮られているわけではなく風が吹き抜ける構造となっているため、その日の天気の影響を受けやすい。風が強ければ寒いし、雨が降れば荷物はおろか自分まで濡れてしまうため、なんで壁を作らなかったのかと不評だった。もちろん私も思っている。ただ、障害物に阻まれることのない景色を見ることができるから、それだけは気に入っている。今だって、赤く色づいた葉っぱが木々を飾っている。夏は緑の葉が青々と茂っていた。村と違ってここいらは木々が圧倒的に少ない。だからこうして自然に囲まれたような気分になれるこの渡り廊下は何だか懐かしい気持ちにさせてくれる。
びゅう、と風が吹く。景色はいいのだけど、この時期の風はやっぱり肌寒い。コートの上から両腕を擦りながら渡り廊下を歩いていくと、新棟からもう帰ったはずの人の姿が見えた。
「リネハン先輩?」
図書委員の先輩(リネハン先輩にしたら友だち)と帰ったはずなのに、しかも何でこの旧棟に向かう渡り廊下にいるのか、という疑問が出てくる。
笑顔でこっちに手を振ってくれてるけど、もしかして私に用事があったのだろうか。でも別に用事があってそこにいて、たまたま私がいたから手を振ったとかだったら、この勘違いはけっこう恥ずかしいということで、焦らず走らず歩いて先輩のところに行ってみる。
「何か用事があったんですか?」
「用事といえば用事かなあ。」
曖昧な言い方だけど、まあ何かあったということだ。うん、勘違い女にならなくて良かった。間違っても「私に何か?」みたいなこと聞かなくて良かった。なので軽く挨拶をして、その横を通り過ぎようとしたら、なんとびっくりなことにリネハン先輩に呼び止められた。
「ソロウはこの後何か予定ある?」
「いいえ。今日はバイトもないしそのまま帰るところです。」
「それじゃあ、一緒に帰らない?」
さっき帰ったはずのリネハン先輩が一緒に帰らないか、と誘ってくれる。よく見れば、ちょっと顔が赤い。なんだこれ、どういうことだ、もしやそういうこと?いや、さっき勘違い女は恥ずかしいと考えていたはずだ。なのに勘違いのイタイ奴になっても良いんじゃないか、とちょっと思ってしまった。
「よ、喜んで。」
「良かった。じゃあ行こうか。」
ということで隣に並んで帰ることになったので、ちょっとした疑問をぶつけることにした。
「リネハン先輩、用事は大丈夫なんですか?」
「用事っていうか……うーん。」
「あ、言いにくいことだったらいいです。聞かなかったことにします。」
言いにくいこと言いたくない事、人間誰しもあるものだし、そういう時は聞いちゃいけない。まあビルは普通に聞いてくるけど、それはあのビルだから許されているのだ。
「さっきあいつと一緒に帰ってたらさ、学校を出てすぐにあるカフェで新作ってあってね。ソロウと一緒に行きたいって思ってさ、とりあえず寮に戻って荷物置いてここに来たんだ。」
勢いで来たから断られなくて良かった、と言ったリネハン先輩に色々と驚きが止まらない。学校を出てすぐのカフェということは、店構えからしてオシャレなのにお値段がわりと手頃でこの学校の女生徒に大人気のあの店のことだろう。先輩はそういう可愛いお店の可愛い飲み物がお好きなのだろうか、一人で行きにくいから私と行きたいということか。
「先輩、あそこの飲み物お好きなんですか?」
「いや、初めて行くよ。ただクラスの女子であそこ好きな人多いし、ソロウさっき図書委員で頑張ってたし、ご褒美に良いかなって思って。奢りますよ。」
「奢りは悪いです。あそこの新作は気になりますね。」
あ、なるほど、そういう感じね。単純に最近よく顔合わせる後輩を労うためにってことね。いや嬉しい。ただ同時に私が今無駄に乙女脳になっていることが発覚した。まあこっちも年頃なんでね、そういうこともあるよね。
そういえばさっきマクナイト先生にもご褒美を御馳走になったな、と思ったけど、まあ美味しいものは別腹だよね。店に行ったらお腹と相談してサイズダウンしたものを頼もう。あそこの新作ならきっと外さない。そして明日に控えた図書館清掃のための英気を養うのだ。
「新作試したいので行きましょう!」
「あはは。そうだね。」
話していたら気付けば本棟を歩いていて、あっという間に校舎を出ていた。
渡り廊下でも感じたけど涼しい、というか風が冷たい。こんな外気温だし、新作がシェイク系とは考えにくい。ホット系とみた。今日みたいに肌寒い日は温かい飲み物をテイクアウトして飲みながら帰るのがいいんだよなあ。
「今更なんですけど、リネハン先輩って甘いものお好きですか?」
「いやー。たまに食べたくなるぐらいかなぁ。」
「あ、じゃあ今日がその貴重な日ってことですね。」
私が奢られることを断ってもこうして一緒に行くのだから、つまり今日は甘いものを摂取したい日とみた。
「ソロウは甘いもの好き?」
「大好きです。」
食い気味にそう答えると、先輩は笑った。
「あそこの店、たまぁに持ち帰りで買うんです。夏は暑かったんで、アイスのレモネードとかミックスベリージュースとか買って飲みながらバイトまで行ってました。」
「その気持ちはわかる。今日行くところじゃないけど俺も道すがら飲み物買ってたよ。」
何を飲んでいたか聞いてみればアイスコーヒー(しかもブラック)とかミントウォーター(シロップ抜き)とのことで、やっぱり甘いものは普段使いではないことが理解できた。そうなるとなおのこと今日は貴重な日だ。
「今日は肌寒いので、ホット頼んで手を温めつつ飲みながら帰ろうかなって思って。」
「そうしたら店内でゆっくり飲んだ方が良いんじゃない?」
「それがですね、飲み終わって外に出たら、店内との温度差でさらに寒く感じるじゃないですか。」
「ああ、確かにね。じゃあ今日はテイクアウトにしようか。」
今日は?と思ったけど、別に深い意味はないだろうと考えてあえてつっこんで聞くことはしなかった。
「そういえば今日友達と話してたら、妹がいるのは知ってたんですけど、なんとお姉さんもいることが発覚したんです。しかも王立教育校出身って言っててめちゃくちゃびっくりしました。」
「王立!そりゃ凄いよ、驚く。」
「ですよねー。選ばれし者ですもんね。」
見たことないし、こんな僅かな情報しかないのに憧れちゃうよね、かっこよし。
「ちなみにリネハン先輩はごきょうだいっていますか?」
「兄が2人ね。1番上の兄の子どもの面倒を見に行ってるんだよ。」
「ああ、なるほど。」
親戚、というか甥っ子の勉強を見に行ってるのか、なるほどなるほど。お兄さんからしても、幼い子どもを外部の人よりも知ってる家族に見てもらえるなら安心するだろう。もちろん甥っ子ちゃんも、かっこいいおじ……お兄さんに教えてもらえるなら心許せるし嬉しいこと間違いない。
いやしかし、先輩が末っ子だったとは。この面倒見の良さから下にいると思ったのに。
「意外です。」
「何が?」
「弟か妹がいると思ってました」
「うーん。甥っ子たちの面倒見てるからそう感じるのかな。」
ああなるほど、納得した。そして甥っ子たちということは、今家庭教師をしている子の他にも親類に小さい子がいるとみた。
「ソロウは?」
「私ですか?私はひとりっ子です。」
「それじゃあ親御さんに可愛がられてるでしょ。この学校って寮だし、ひとりっ子で女の子じゃ反対とかされなかった?」
「うーん。」
言われて考えてみる。
たしかに小さい頃父母には可愛がってもらったし、叔父叔母も私を自身の子どものように厳しさの中に愛情をこめて大切に育ててもらっている。
叔父叔母は反対なんてしないし、むしろ私のことを思ってこの学校を勧めてくれた。どこまでも私を第一に考えてくれている。
「いい意味でそういうの無かったです。」
「そっか。とても理解のある親御さんなんだね。」
「そうですね。」
なんて話しながら歩いていると、お目当てのカフェが見える。店の中に入る学生やテイクアウトに立ち寄る学生を見るに女子の数が圧倒的に多く、今日も今日とて女子人気の高いお店だなぁと思う。
そしてこちらを見ながらひそひそする女子たち。
「ねえ、あれってさぁ、リネハン先輩じゃない?」
遠くの方から聞こえた声にはっとする。
失念してた。リネハン先輩はとてもモテる。そしてそんな人の隣になんかよくわからない女がいて、なおかつ2人一緒に女子受けするカフェに来たとあれば「ちょっとどういうこと?」という目で見られるのは当たり前。
ひそひそ声が私に聞こえるということは、もちろんリネハン先輩にも聞こえているだろう。「隣の子誰?」「レックスって彼女いたっけ?」「あの2人付き合ってんの?」などなど。
しかしリネハン先輩はそんな視線や声なんてもろともせずテイクアウトの列に並び、私を手招きする。注文待ちの子たちめっちゃ見てるんですけど。
小心者なんでこんな風に見られてる人のところに行くのはとても勇気がいる――と思っていたのは数秒前のことでした。
「ねえねえソロウ、新作って生クリームとマシュマロがのってるホットココアなんだって。」
最高。やっぱり肌寒い季節はホットココア一択。
ひそひそ声は収まり、かわりにこちらへ向ける視線が多くなったけど、気にしてはいけない。なぜならホットココアしか勝たないから。なんか思春期特有のやつでみなさん恋愛方面に脳内変換しているようだけど、先輩と付き合ってないし、よく話す先輩ってだけだし、いわゆる友だちじゃん?友だちとカフェにテイクアウトに来るのって珍しいことじゃないし、別にいいじゃないの。というか、先輩が親しくしてる女友だちって私だけじゃないだろうし、何も珍しい光景じゃないでしょうよ。
ということで、リネハン先輩の隣に並ぶ。
「先輩も新作のココアにします?」
「いや俺はホットレモネードにするよ。」
「甘酸っぱくて美味しいですよね。」
「さっきソロウがレモネードの話してたから飲みたくなった。」




