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年上の人 5

 ちらり、と先生がこっちを見たけど、それは一瞬ですぐに目線をビルに戻した。


「それよりバイゴッド、お前、妹に髪飾り贈んなくていいの?今行けば間に合うんじゃない?」


 ちらり、と壁掛け時計を見るので、私たちもそれに倣って見ると、今寮に取りに行って配達所に持ち込めば明日の分として届けてもらえる時間だった。

 ビルもここに来るまでの会話を思い出したようで、「確かに!」と言って勢いよく荷物を引っ摑んで走る。


「ステラ、マクナイト先生、また明日!」


 こちらがまた明日、と言う前に図書館から風のように出て行った。

 さっきまで図書委員の仕事をしてへばってたとは思えない。かと言ってマクナイト先生の前で仕事を手抜きしたから体力が残っていたとは到底思えない。

 とすれば、妹への思いか。泣かせるじゃないか。


「ソロウ、この後予定は?」

「特にないです。」

「じゃあ重い本を持ってった労いにお茶でもどう?」

「ほんとですか?ぜひ!」


 今回は飴ちゃんじゃなくてワンランク上のお茶になりました。

 誘われるがままにもはや先生の個室となった資料室に足を運ぶ。ドアのところで声がけとかはあるけど、ちゃんと入ったのは初めてで、つい周りを見ちゃう。意外とちゃんと本棚に本が入っていてびっくり。本とか塔ができるように積み上げて置いてそうなイメージだったんだけどな。引き出しから紙やらなにやら物が飛び出たりもせずに、きっちり閉まっている。


「立ってないでそこ座って。今お湯沸かしてるから。」


 来客用だろうソファが置かれてたのでそこに腰掛ける。先生はこちらに背を向けて、言葉のとおりにお湯を沸かしていた。しかしなぜかビーカーで。


「いやいやマクナイト先生、なんでビーカーでお湯沸かしてんですか?まさかそれでお茶を?」

「そのまさかだよ。気にすんな大丈夫だ。このビーカーはここに卸した時から紅茶用のお湯しか沸かしてない。」

「いや、ビーカーとしての役割がそれですか!なんかもっとこう、実験的な何かじゃないんですか!」

「ビーカーは実験にしか使っちゃいけないってことはない。」

「ううん?」


 やけにきっぱりとしたマクナイト先生の言い方に、私の方が間違ってるのかという錯覚すらしてくる。

 そして先生は私と話しながらもポットをだしてお茶っぱをスプーンで掬って淹れる。そしてお茶っぱが入った入れ物を棚に戻したところで、ビーカーがぼこぼこと音を立てて沸騰を知らせたので火を止めて、使い古されている分厚いグローブを手にはめてポットにお湯を注ぎ入れる。一連の動作を行う様子はとても手慣れていて、次の動作への迷いが無く、とても手際が良い。

 その後カップやらシュガーポットやらスプーンやらも一緒にトレイに載せて、持ってきて私が座るソファの前のテーブルに置くと、自分は対面のソファに腰掛けた。


「マクナイト先生。」

「ん?」

「魔法で紅茶を淹れて下さるんだと思いました。」

「俺は魔法を使わないで淹れる派なんだよ。」

「紅茶、好きなんですか?」

「まあな。」


 なんて話していたら蒸らし終わったようで、カップに紅茶を注ぎ淹れて、私の前にそっと置いてくれた。その後自分の分も淹れて、シュガーポットを真ん中に用意する。


 淹れ方にこだわっているけど、マグカップで出される。色々と気にしないタイプらしい。

 両手でそっとマグカップを持つと、紅茶の良い匂いがふんわりと鼻をくすぐる。カップはそんなに熱くないんだけど、これ紅茶は絶対あっついよね、私猫舌だから今飲んだら確実に舌がやられる。


「熱いのダメなんだろ、さすがに冷却魔法で適温にしてるよ。だから安心しろ。」


 言われるがままに紅茶をそっと口に含むと、なるほど熱すぎず、温かいという温度帯だった。

 少しフルーティーな爽やかさがあって、えぐみや渋みなど一切感じない。とても飲みやすくて美味しい。もう少し濃いめに淹れて、アイスティーにしても良さそうだ。


「すっごく美味しいです!凄いです先生!」

「そりゃどうもね。」


 そう言ってマクナイト先生もマグカップに口をつける。同じマグカップを使っているはずなのに、先生の手が大きいからカップが少し小さく感じる。今更だけど、先生の手って骨ばっている大人の男って感じがするけど、指が細くて長くてとても綺麗だ。


「そんなに見てどうした?砂糖入れるならお好みでどうぞ。」


 砂糖が入っているだろう入れ物をすすすっとこちらに推して、その後スプーンを渡してくれた。その言葉に甘えて、砂糖を淹れることにする。砂糖は邪道って考え方があるみたいだけど、美味しく飲めるならそれに越したことはないよねっていうのが持論。なので遠慮なく付属のスプーンで3杯マグカップに入れて、渡されたスプーンでしっかり砂糖が溶けるまでくるくる回す。だってカップが大きいから、こんぐらい入れないと甘みを感じないんだよ。


 そして感じる視線。混ぜ終わったスプーンをもともと入っていた入れ物に戻して視線を上げると、当たり前だけどばっちりマクナイト先生と目が合った。


「何ですか、砂糖入れすぎですか?アウトですか?」


 そんな私に先生は小さく笑って、「いいや」と言う。


「美味しく飲めるならそれが良いって思う。まあでも病気になるくらいの砂糖摂取はやめときなさいよ。」

「え、先生も砂糖がっつり入れる派ですか?」

「いやそんなに入れない。」


 砂糖入れることは邪道!っていうタイプではないし、むしろ入れる派らしいとのことで妙な同志感が芽生える。うんうん、美味しいのが1番よね。


「そういえば、先生にもお姉さんがいるんですね。」

「いきなり話題変わるな。」

「そりゃ先生のそういう話って貴重だったんで。ビルにはお姉さんも妹ちゃんもいるし、2人とも羨ましいです。私、兄弟姉妹がいないんで。」


 今お世話になっている叔父と叔母のところには子どもはいない。したがって、私は今までずっとひとりっ子だったから、やはり憧れの気持ちはある。まあ、ないものねだりなんだけど。


「私が生まれた村は結果的にそういう子が多かったんです。ただそもそも子どもの数が少なかったんで、多いってほど多いわけじゃないんですけど。山の中にひっそりあるような村で、まあ、体力ない人間は生き残れないようなところでした。だから生まれても大きくなれるまで生きる子が本当に少なくて、だから私たち子どもは村の人たちみんなが大切に育ててくれたんです。」


 私の村での昔話はビルにでさえしたことがない。叔父叔母と暮らすようになって、そのような村はとても少数で珍しい環境であると理解したからだ。私としては気にしないのだけど、この身の上話をして変に気遣われても気まずい。またこの事情を知った悪意ある人が私のみならず、叔父叔母に嫌な目を向ける可能性も考えると言うことなんてできなかった。誰がどこで聞いてるかもわからないし。


 センチメンタルな気持ちになったときに、信頼する担任教師とゆったり紅茶を飲んでいるこの空気にやられたからかもしれない。でも言ったことは後悔はしていない。


「でも私、その日暮らしじゃなくてこんなに寝る場所にも食べることにも困らない温かな場所で生まれ育ってきょうだいがいていいなって思っても恨んだり妬んだりってことはないです、みんなはみんなで私は私だから。」


 そう言って紅茶をすする。保温機能でもついてるのだろうか、冷めることなく適温のままだ。

 対して先生はマグカップに口をつけることなく、ずっとこちらを見ている。そして何も言わないので、なんか居心地が悪い。授業でもずっと見られたら当てられるのか?って居心地悪いしね。


「せっかく先生にお茶をいただいてるのに色々と気まずい話してすみません。」


 そうなんだよ、さっき自分で気まずいから話さなかったって言ったんだよ、それをけっこう真面目なトーンで先生にしちゃって申し訳ないです。そして同情してほしくて言ったわけでもないということを話すと、先生は「知ってる」と応えてくれた。


「村の大人たちや親戚の人に、現状でできるかぎりの手段をもって大切に育ててもらったんだろう?渡された愛情と同じだけの愛情をお前も返してきたから、変にスレないでここまで育ってきた。そんなことよく分かってるよ。」


 そして先生は穏やかに笑うと、カップに口をつけた。


 彼らが彼らにできるかぎりの手を尽くしてくれたことをちゃんと理解している、それがとても嬉しかった。


「先生って、」

「ん?」

「先生って、」

「うん、だから何。」

「先生って、すっごく良い人ですね!」

「なんだそれ、今更だね。」


 ちょっとやんちゃな表情で笑う先生に感謝の気持ちが溢れるけど、気恥ずかしくて正直に言えなかった。


 そして私たちはその後もずっと話していた。大きなマグカップに入っていてすぐに飲み終わらない、冷めることのない美味しい紅茶を少しずつ飲みながら私の気が済むまでずっと話していた。


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