年上の人 4
驚いて後ろを見ると、なんとまさかのリネハン先輩。
「びっくりした。リネハン先輩ですか。」
「ごめん、驚かせて。」
「いえ大丈夫です。何でここに?」
さすがに歩きながら話すのも失礼なので立ち止まる。今でこそ別棟と言ってるけど、昔はこっちしかなかった。ただ人や資料が増えたしということで、新棟――つまり今の本棟ができて、別棟は資料置き場や先生方の個室がメインの棟となった。ただし図書館は貴重な蔵書があったり、そもそも数が多くて移動が大変ということでこのままになった。ただ隣の部屋も図書館となった。
「ちょっとね。ソロウはそれどうしたの?」
「図書委員なんで、このいらない本たちを外に持ってって燃やすんです。」
「1人でそれはキツイよ。俺も手伝うよ。」
「いえいえ、1人で行けますって。」
重いし、今日家庭教師の日だったら悪いし、そもそも図書委員である私の仕事だし。
てことでお断りするも、良い笑顔の先輩にさっと箱を取られた。
「え、重いですよ!返して下さい!」
「ソロウよりは筋肉あるし大丈夫だよ。」
「そういうわけじゃなくて……」
「じゃあいくらか持ってよ。」
そう言われて上に乗ってた本を渡されるが、片手では持てないけど両手で持つには軽すぎる。これって平等じゃないよね。
「明らかに配分の比率がおかしいですよ。」
「良いから良いから。ほら行くよ。」
すたすたと歩き出した先輩の後をついて行く。意外と先輩はひかないタイプらしい。
「この後予定とか大丈夫です?」
「別棟での用事が終わったし、あと帰るだけだから大丈夫。それにしても俺は平気だけど、ソロウにはこの本の山重かったでしょ。」
「……はい。最初断っておいてなんですけど、正直持っていただいて助かりました。ありがとうございます。」
「ははっ。正直でよろしい。」
人懐っこい笑顔でリネハン先輩はそう言う。
実際に先輩と話すまでは、穏やかで完全無欠のイケメンって思ってたけど、実際話してみると苦手な教科だってあるし、こんな感じでくしゃっと笑う。年上の先輩なんだけど、そんなところは可愛いと思う。
「ていうか、本当に今回燃やす本が多いよね。俺のクラスの図書委員が担当だったときはこの半分もなかったよ。」
「だいたいはそんなものです。」
ただし前回は天気が優れなくて、たまたま処理が出来なかったため、今回はその分も含まれて多くなっただけなのだ。その旨を話すと、先輩は納得していた。
基本的に本はマクナイト先生が修復をかけている。それでも修復できないものを燃やして処理をするのだけど、それを毎回しているのにあの図書館から本が減ったという感覚はない。それだけうちの学校は国でも有数の蔵書率を誇る。
お分かりいただけるだろうか、図書委員がどれだけ体力勝負で大変な委員会なのかを。この委員に決まり、最初の会議で先輩方から「不人気で毎年最後まで決まんない」と言われたときの私とビルの絶望感。
委員活動が終わった時はマクナイト先生からご褒美として甘いお菓子をひとつもらうのだけど、労いの意味も込められているのかな。補習終わりに飴ちゃんももらったし。優しいね。
その後先輩と一緒に外に出て、魔術の実施訓練などに使われる広場に行き、本を燃やす。もちろん魔法で燃やしたので燃え滓は残らない。
持ってくるのに使った箱は一応持って帰ることにした。何かで使うかもしれないし。
「あれ?レックス?お前、なんでここにいんの?あ、ソロウだ。」
先輩の名前が呼ばれ、そちらを見ると同じ図書委員の3年の先輩がいた。
ここにいる理由はお察しいただけたらしい。
「仕事手伝ってたんだ。今日は本が多かったみたいで。」
リネハン先輩は箱を指さしてそう答える。それを見て、先輩は同情するように頷いた。
「前回は雨降ってたしな。そっか、それで手伝ってくれたんだな、サンキューレックス!」
「いえいえ。」
ビルに代わってもらえば良かったのに、という言葉は先輩から出なかった。そうなのだ、ビルはテンション高くて元気いっぱいのわりに、私よりも少し身長が高いだけで、筋肉もあまりないひょろっとした奴なのだ。ちなみに制服のコートの下は体の線が出ないだぼっとしたものを着ているのはそのためである。本人も気にしている。
「じゃあ私はまだ委員会の仕事残ってるので、図書館に戻ります。リネハン先輩ありがとうございました。」
「そんなことないよ。また言って。」
あとは先輩に軽く礼をして箱を拾って抱えるとその場を離れた。
後ろでは先輩とリネハン先輩が楽しそうに話しながら本棟に向かっていき、私は別棟の図書館に戻った。
「戻りましたー。」
「お帰りぃ。」
ソファでぐったりしているビルが私を迎えてくれた。屍となっているところを見ると、今日の分の本の整理は全部終わったらしい。
「やっぱ1日じゃ終わんねぇ。また明日もやんないとな。」
「お疲れビル。私は明日、部屋の清掃だぁ。」
本来なら部屋の清掃も着手していたのだけど、今回はまあしょうがない。
邪魔にならないところに箱を置く私をビルが生気の無い目で見ていた。
「てかステラ、あんだけの本よく持っていけたよな。さては筋肉ゴリラか?」
「何が『さては』なの。失礼だから!」
繊細な年頃の乙女に向かって筋肉ゴリラとはなんという言い草だ。
行く途中でリネハン先輩と会って本を運ぶのを手伝ってもらい、燃やしてきたことを伝える。
さっきの態度はなってないが、げっそりとなっているビルに対してさすがに本をほとんど持ってもらったとは言えなかったので、そこはぼかして伝えた。
「まじかーあのリネハン先輩にかー。お前めっちゃ羨ましいわ。」
とそこで、図書館の奥にある資料兼備品室と言う名のマクナイト先生専用部屋から先生が出てきた。本を数冊抱えていて、それらは修繕が終わったものだと察する。
「ソロウおかえり。」
「はい。戻りました。」
「で、ビルは何が羨ましいの?」
「聞いてください、マクナイト先生!ステラは本を処分しに行くときに、あのリネハン先輩に手伝ってもらったらしいんですよ!」
リネハン先輩は女子だけでなく男子にも人気がある。文武両道でイケメンなのに嫌味なところもなく性格もいい。恋愛対象として憧れる女子とは違うけど、尊敬する先輩として憧れるビルのような男子も少なくはないのだ。
そんなことをさっきの生気の無い目ではなく、キラキラした目で語っていた。
「1年じゃ3年と会う機会なかなか無いしな。かろうじて委員会ぐらいか。あと登下校。」
「そうなんです!でもリネハン先輩は急いで帰るし、広報だから!」
急いで帰るのは家庭教師かな。と、この間バイト帰りに話したことを思い出す。
そして広報――広報委員会。公的私的問わず、生徒へのお知らせを担当する委員会だ。学校からの今週の予定のお知らせや外部からのボランティアやバイトのお知らせ、そんな感じでわりと多岐にわたり、言っちゃえば生徒とその他を繋ぐ窓口みたいな委員会。
今日別棟にいたのは広報の仕事の一環だったのかもしれない。
「てかステラは先輩と会えたのに何でそんな冷静なんだよ!」
ハンカチを持ってたら引きちぎれそうな形相でビルが私に噛みついてくる。
確かに前の私だったら会って、しかも手伝ってもらっただけで心臓が悲鳴をあげただろうけど、ここ最近リネハン先輩と高頻度で私のひっどい姿の時に会って話すことがあったので、今回は意外と普通だった。むしろ普通の状態で会えたことに安堵すらしている。
「最近リネハン先輩とよく会って話するからそんなに……」
「え、そうなの?」
なんて言ったら、まさかのマクナイト先生が食いついてきた。そうか、教師陣から見ても3年と1年が会う事は珍しいのか。
どういうことなのか聞きたそうなビルがいるので簡単にここ最近の話を話した。髪の毛ぼっさ爆走後にリネハン先輩と会ってインクをもらったことや、バイト後大口あけてパン食べてるところを見られた後でおすそ分けして食べ歩きで帰ったこと。
「とまあ、そういうことで……って、ビル?」
ビルは残念な子を見る表情だった。
「お前、女として見られてないんじゃね?なんていうか、」
「妹か近所の子ども枠。」
「さすがマクナイト先生、それっす!」
妹はまだいいけど、子ども枠って何ですか先生。父にしては歳が近いし、もはや義父設定ですよね。えっ将来私リネハン先輩に養女として引き取られちゃうってこと?見た目も中身も申し分ない父なんてそれはそれで良いかもと一瞬でも考えてしまった自分に呆れてしまった。そしてビル、いい考えとばかりに指パチンじゃないよまったく。
「親戚の子に勉強教えてるくらいだし、リネハン先輩って面倒見が良い人なんだなあ。」
それは最初の出会いからしてそう思ったので、ビルの発言に同感である。
「そういうバイゴッドは弟キャラだよな。」
確かに。ビルは人懐っこくて元気いっぱいだから、お兄ちゃんっていうより弟っぽい。
「ビルってお兄さんかお姉さんいる?」
「うん。結婚して家出た姉がな。」
マクナイト先生と顔を見合わせる。お互いがお互いの言いたいことがわかる。
「女子2人に挟まれてる感がありあり。」
私の言葉にマクナイト先生が頷いた。
なんだろう、会ったばっかりの人に対してもこの距離感だから弟系だなっていうのはあって、しかもどんな人にも話をうまく合わせるのが真ん中っていうところもある。で、女子の話に普通に入ってこれるあたり女系のきょうだいだなって思った。
「そういえば妹さんが来年ここって言ってたよね。お姉さんもここだったの?」
「俺が教師になってからはバイゴッドってヤツはいないね。だいぶ歳離れてる?」
ってことは先生、今までの生徒の名前を覚えてるってこと?記憶力すごっ。そうか、だから魔法科学なんていう頭破裂もんの担当教師になれるのか。
「歳云々じゃなくて、王立に行ってたんで。」
「おっ王立!?」
王立ーー王立教育校。
その名の通り、王の名の下に設立され、将来を約束されたエリートたちだけが通える学校だ。初等科と中等科の一貫校で、みなそこで幼少期から現状に満足せず切磋琢磨し研鑽を重ね合う、将来有望株の集団。
もともと能力の高い子どもに対して王の名の下に許可証が発行され、行くかどうか選べるわけだが、ほぼほぼ全員が入学する。
そんな凄いところに通っていたと?お姉さんが?
「お姉さん、すっごい人じゃん。」
「勉強できる人かもしんないけどいっつも泣かされてたよ俺。たまに家に帰ってきてもパシリ扱いだし、暴君すぎる。」
それはまあ、ドンマイ。弟の宿命だよ、ビル。
てかお姉さんがそんなに凄い人なのに、どうして君はそんな成績なんだよビル。
「俺の話はもういーの。先生は?」
「え、俺?」
自分に話題がくると思ってなかったみたいで、マクナイト先生が驚いていた。
「そうそう。きょうだい、いる?」
「まあ。」
やはりというか何というか、歯切れの悪い答え方だ。しかしそれに屈するビルではない。
「兄姉弟妹?」
「何かの呪文、それ……。」
ぐいぐい食いつくビルに引き気味のマクナイト先生。決して止めない。なぜならマクナイト先生はあまり自分のことを話さないから気になる。こんなにフランクに接してくれるのにプライベートが謎すぎるっていうのが生徒たちの総意なのだ。
「姉が1人。」
「俺と一緒じゃーん!パシられたりしない?優しい?」
「仲は良好だよ。」




