もう1人の貴方 3
数日かかったとしても帰れるならそれで良いと思っていたところ、さらに説明を聞けばこちらでは数日経つけれどあちらの元いた時間に戻してくれるという。
行方不明扱いも覚悟していただけに余計に嬉しい。
「メレディスを呼んでくるわ。」
「はーい。」
ほっと一安心して背もたれに背を預けていると2人が戻ってきて、関係者になってしまったマクナイト先生にバリエンダール先生が先程の話をしていた。
「私の魔法が完成するまでこの子にはこの部屋にいてもらおうと思うのよ。」
「その方が良いね。他の奴らに見られるのも面倒いし何があってもアレだし。」
「だからメレディス、この子がここにいる間頼んだわよ。私は数日ほど家に篭るわ。」
「えっ」
こちらを向いたバリエンダール先生の形の良い唇が「美味しいお茶をありがとう。」と紡いだのを見ていたら、あっという間に姿を消してしまった。
この部屋に残ったのは、さっき会ったばかりの私とマクナイト先生の2人。しかも過去のマクナイト先生はだいぶやんちゃだ。この状況にされては、このマクナイト先生はきっとイライラして色々言ってきそうだし、面倒くさいと言って出ていきそうだ。でもそれはしょうがない。マクナイト先生は巻き込まれた側だし、頼まれたからといって「はい。分かりました。」と二つ返事で了承する義務はない。バリエンダール先生は好意で私の帰還方法をどうにかしてくれるというだけで、マクナイト先生にまで何かを求めるのは酷だ。
と思った。
「んじゃそういうわけで数日面倒見てやんよ。ありがたく思え。」
その発言に驚いてマクナイト先生を見てみると、嫌そうな顔をすることなくいたって普通の顔をしていた。
「ここには大抵のもんがあるけど、数日とは言っても必要なものがあるだろ?早速買い出しに行くか。」
面倒見る気になってくれている上に、買い出しに付き合ってくれるという。
「何、もしかして疲れた?今日じゃ無い方が良い?」
しかも疲れたのではないかと気を遣ってくれるとは。
見た目に反して面倒見が良いらしい。だから先生になったのか。
「疲れてはいない。でも私貧乏学生でお金殆どないから買い出しできないし、数日ならここのものをどうにか駆使して乗り切る予定。」
「さっきの話で分かってるって。」
出自の話をしたから分かっていてくれたらしい。
「でもバリエンダール先生のツケでどうにかするから買っとけって。先生もそう言ってたし。」
それを早く言ってほしい。
貧乏根性で貰えるものは貰うし使えるものは最後まで使うので、これから買い物に連れて行くという提案に乗った。
「んじゃ行くぞ。」
ポケットに手を突っ込んで催促するマクナイト先生について図書館を出た。
当たり前だけど図書館から出た道や渡り廊下から見える景色は一緒で本当に過去に来たのか?と疑問になるほどだった。それでも色付いた木々に囲まれた渡り廊下を歩く時に隣にいるのはつやつやの黒い前髪を重力のままに下ろして教師用のコートを身にまとったマクナイト先生ではなく、アッシュブルーに染まった髪の毛をオールバックにして薄いカラーサングラスをかけた学生服のマクナイト先生だという事実がここが過去なのだと嫌でも思い知らされる。
「あとお前の設定だけど、俺の知り合いの妹でこの学校に入るか迷ってるからお下がりの制服着て潜入したってことで。」
馬鹿正直に未来から来ましたなんて言えないから設定が必要なのは分かるけど、妹というキャラ付けの設定はどうなのか。
「あのさ私2年って言ったんだけど。」
「誤差の範囲内だろ。この学校の生徒っていうわけにもいかないし、中途半端に歳近いから卒業生っていうわけにもいかないし、ここを知らない知り合いの妹ぐらいがやりやすいんだって。」
「えー」
若干不満が残るけど、頼みの綱はマクナイト先生なので文句を言うまい。
その後も無言になることなく普通に会話が続いて驚いた。意外とマクナイト先生が話しかけてくれるのだ。やっぱり面倒見が良いんだな、と思ったその時だった。
「よお、メレディス!」
カバンを持って帰ろうとしていただろう男子生徒3人組がこちらに手を振っていた。髪の毛を遊んでいたりアクセじゃらじゃらだったりで類友だなという印象を受ける。
「用事終わったんだな。てか隣の子誰?」
「知り合いの妹。」
早速設定が活かされる機会がきた。
「ここに入るか迷っててさ。とりあえず制服を着させて見学してるとこ。もちろん先生には内緒で。」
「まあメレディスがやってんだからそうなるよな。」
「おもしれーから黙っとくわ。」
マクナイト先生の評価が思ったとおりだし、彼らの発言を聞いてやっぱり類友だと思った。
友だち同士で話す彼らの話をマクナイト先生の隣で聞きながら歩き校門で別れる。後ろから聞こえる彼らの声とは反対方向に私たちは歩いていく。
「さっそく設定が役に立ったね。あと皆んなからの評価が想像どおりでウケる。」
「は?」
何言ってんだこいつみたいな顔してマクナイト先生がこちらを見た。
「部外者をこっそり学校に入れても納得されちゃうぐらいにやらかしてるんだなって。さすがシャンパンタワーだ。」
「うるせー。面白けりゃそんで良いんだよ。」
でもそのおかげで不審に思われなかったのだから助かった。
図書館の資料室はバリエンダール先生が私室化していてほとんど物が揃っているが、それでもちゃんとした食事だったり自分の洗面用品や着替えが欲しかったのでそれを買うことにした。やっぱり化粧水やリップぐらいはほしいし、洗い替え用に下着や寝る用にラフな服が欲しい。それと室温は問題ないけど寝る時に何か掛けて寝たい派なのでブランケットも。
「そうだ。暇つぶしに本読んだり勉強するのに資料室から出ると思うけど、この時間はまずいとかある?」
「あそこってあんま人が行かない場所だけど、始業時間過ぎて誰も来なさそうなら出て良い。放課後は基本俺が行くからどうとでもなるし。」
放課後も来てくれるらしい。
今日もそうだっただろうけど、仲が良い友だちと遊びたいだろうに申し訳ないと思いつつもありがたい限りだ。
「数日とはいえ誰とも話さねぇのってつまんねぇだろ。だから特別毎日顔を出してやるよ。」
憎まれ口のわりに優しいので怒りは湧いてこない。だから素直にありがとうと伝えると、「別にいーし。」とぶっきらぼうな答えが返ってきて、あの先生がこんなこと言ってると思うとちょっと笑えて元気が出た。
そうやって話しながら橋を越えると沢山の店が建ち並ぶ大通りに到着した。違う店があったり、未来の店とは外装が違っていたりで物珍しくて外観を見ることに夢中になってしまった。
「お前さぁ、どこで何買うか早く決めろよ。」
呆れながらマクナイト先生がそう言う。
「ごめんごめん。ここら辺ってよく来るから、過去の店ってこんなんだったんだって思うと面白くてついね。」
私のバイト先の店も変わらずそのままあって、ちらりと見たらチキンサンドが売っていた。
「あのチキンサンド、すっごい人気であんまり食べられないんだよ。」
「美味いもんな。ただ量がえげつなくて食い切れねぇから俺は買ったことない。買った奴からちょっともらうぐらいだな。」
通常のサンドイッチよりも盛りはいいけどえげつないと形容するぐらいの大きさではない。あの大きさを食べきれないなんて、この育ち盛りの頃には既に少食だったのか。だから比較的華奢なのか……いや、スリムボディなのか。
「なんだよ、食いたいの?」
「なかなか買えない代物だし、テイクアウトしていこうかな。」
「じゃあ先に買うか。」
というわけで買ってもらえることになった。
対応してくれた店長が若かったけど、商売柄刻み込まれた笑い皺が変わらなくてほっとした。
なかなか食べることができないチキンサンドの袋を持って目的物を買うべく店を何ヶ所か巡った。
数ヶ所のお店で「気まず過ぎてマジ無理」と言ったマクナイト先生が外で待っていたのであまり長居することなく買うよう心がけた。でも長居したらあれも欲しいこれも欲しいとなっただろうからこれで良かったのだと思う。
必要なものを買い揃えて帰るとき、マクナイト先生が荷物の半分を持ってくれた。半分だったけどそっちの袋の方が重かったから、口は悪いけどやっぱり優しいじゃんと思う。
帰り道も会話は続いている。今日初めて会ったばかりの人間と会話が続くなんてマクナイト先生って凄いんだなと改めて思った。
そうして学校に到着して、この時間なので誰に会うことなく図書室の中にある準備室に帰還した。買った荷物をソファーに置いた後、マクナイト先生が一応と言いながらトイレとシャワールームの場所を教えてくれた。何でそんな場所知ってるんだろうと思ってじーっと見ると「何だよ」とマクナイト先生が言う。
「この部屋に詳しいしシャワールームの場所知ってるしまさか!って思って。」
「ばっ馬鹿!お前マジで馬鹿だろ何考えてんだよ、んなわけねぇだろ!」
「私『まさか』しか言ってないんだけど、何でそんな動揺しまくりなの?やましい事があるの?」
「ちっげーし!」
顔を真っ赤にしてそう言っていた。
こういうネタには免疫がない思春期さんということが発覚したのでこれ以上イジるのはやめにした。
「買うもの買ったし説明したし、俺はもう帰るわ。」
そう言って準備室を出ようとするマクナイト先生に待ったをかける。不思議そうにこちらを見る彼をそのままにして、さっき買ってもらった時にお願いして半分に切ってもらったチキンサンドの片方を出してティッシュに乗せて、もう片方を袋に入ったままマクナイト先生に渡した。
「半分こしよ。」
「は?」
「人気商品だよ?食べないと損だよ損。これぐらいならイケるでしょ。」
「半分ならまあ。」
「美味しいものはシェアしようよ。って言ってもバリエンダール先生持ちだから私が胸張って言うことじゃ無いけど、今日のお駄賃だと思って受け取っときなよ。」
量が問題なだけで、美味しいと言っていたからきっと食べるはず。そう思って袋を差し出しているとやっと受け取ってもらえた。
「んじゃ貰うわ。あんがと。」
「お礼はバリエンダール先生に言ってあげてね。」
「分かってるって。んじゃなステラ。」
「またねマクナイト、君?」
すると奇妙なものを見る目で見られた。
「そんなぎこちない呼び方初めて聞いたわ。」
私も初めて呼んだわ。
マクナイト先生はマクナイト先生なのでそう呼びたいけど、目の前の彼にそう呼ぶのはどうかと思うので先生じゃなくて君にしてみたのだ。
「メレディスで良いよ。俺だってステラって呼んでるし。」
今はこっちの方が年上だからステラ先輩って呼んでいただいても構わないのだけど。そう言うと「面倒くさい」と言われた。今のところ私の方がお姉さんなんだからもっと敬ってくれても良いんだよ。
こっちといえば、現在こちらで生きているステラはどうしているのだろう。というか未来の私がここにきて、過去の私がいなくなったとかそういうことはないよね?同一人物がひとつの時代に同時に存在できないとかないよね?いやでも、バリエンダール先生が私を帰してくれるって言ってたからきっと大丈夫。
「……またね、メレディス。」
「おう。」
そしてサングラスの奥でくしゃっと笑った顔が年相応に屈託が無いものでなぜかどきっとしてしまった。
なるほど。これがギャップというやつか。
過去のマクナイト先生もといメレディスを見送ってからソファーに腰掛けて半分に分けたサンドと今日買ってきたフルーツをむしゃむしゃと食べて、部屋にあった牛乳をごくごくと飲んでお腹が満たされたのでそのままソファーにごろんと横になる。
この数時間で色んなことがあった。そしてお腹いっぱいになった。だから他のことは後回しにして寝ても良いよね。
そう思って靴を脱いで、今日買ったふわふわのブランケットを取り出して体にかけて眠りについた。




