もう1人の貴方 2
そもそもだ、未来の段階で過去のこの時間に何がどうなっていたのかが分からない。だから私の行動が本来のものから外れているのか、そうではないのかが分からない。何が正解で何が不正解なのか。とりあえず臨機応変になおかつやり過ぎないようにしておこう。
十分に蒸らした紅茶をマグカップに注いでマクナイト先生と私の前に置いた。
「どうぞ。熱いから気を付けてね。」
マクナイト先生がカップを持ち上げて優雅な仕草で紅茶を飲む。それを見た後に私も一口飲んでみた。熱くてほんの少ししか口に入れることができなかったけど、紅茶の味がしっかりする。それでいて渋みやえぐみがない。良い茶葉ということがわかる。まあそれはそれとして、ストレートで飲むよりは甘いものが好きなので、遠慮なく砂糖を入れていく。もちろん3杯しっかりと。
「お前マジかよ。」
しっかり砂糖を溶かせるようにと、早く冷めるようにスプーンをぐるぐると回す。それを見ていたマクナイト先生が信じられないという目で見ていた。
「砂糖をいれないのが普通だもんね。」
「それなら、」
「でも美味しければいいかなって。私、めっちゃくちゃ田舎に住んでてさ。その日その日どうにかするのが大変で、医者なんて1日かけて呼びに行って1日かけて連れてこないといけないようなそんなところに住んでたの。やせた土地で寒期の食事事情なんて酷いものでさ、体力のない老人や子どもなんて生きていくのが大変。こんな嗜好品なんてお目にかかれなかった。」
あの頃を思い出す。厳しくて、でもみんながいて家族がいた温かいあの村での日々。
「流行り病で私の両親も死んじゃって叔父さん叔母さんに引き取ってもらったんだけど、その時に初めてもらったお菓子が飴だったの。何の香りも味もない、砂糖をただ固めただけの飴ね。『飴ちゃんだよ』って口に入れられたのがすーっごく甘くて美味しくてさ。ここら辺の子ならお小遣いで買えちゃうようなそんなやつだったけど、私にとっては宝物だった。あの時の感動は今でも忘れられない。だから砂糖が好きなの。」
砂糖も溶けたし、ある程度は冷めただろう。スプーンを置いてひと口飲んだ紅茶は甘くてとても美味しい。
「苦労してきたんだな。」
「ここら辺の人たちにしてみればそうかもね。そして今、過去にやってきてどうしたらいいのか分からずに質の違う苦労をしてるってわけよ。」
「そりゃそうだ。」
笑いながら同意するマクナイト先生は、ドン引きしたり怒ったりこうして笑ったりとても感情豊かだった。
「俺もちょっと入れてみっかな。」
1杯だけ砂糖を入れて、私が使ってたスプーンを奪ってくるくると混ぜる。満足いくまで混ざったようで、スプーンを引き上げたのちにひとくち口に含んだ。
「なるほど。結構うまい。」
「でしょ。おすすめ。」
そして2人でああいうお菓子が好き、こういう食べ物が好きなど、色々話しながらお茶を飲んでいたら、いきなり資料室のドアが開いた。驚いてそちらを見ると、トレードマークのピンヒールに項のほつれた髪が色っぽい、記憶と寸分違わないバリエンダール先生がそこにいた。
先生はカツカツとヒールを鳴らして、私の前にやってきた。
「ふぅん。」
じぃっと見つめられる。怒っているわけでも、何か言われたわけでもない、この無言が怖い。
「バリエンダール先生、お帰りぃ。」
マグカップを持って、へらりと笑ったマクナイト先生のおかげで緊張で強張っていた体に熱が蘇り、力が戻って来た。
「何をしているの?」
「こいつに淹れてもらったお茶飲んでた。」
「そぉ。」
私たちの横を通り、色々漁った棚に行き、マグカップをひとつ掴んでこっちにやってきたかと思うとそれを私の前に置いた。言いたいことはなんとなくわかる。
「私にも淹れてくれるかしら。残っているので構わないわ。」
「ポットのですか?新しくお作りしますよ。」
新しく淹れるために、ポットに残ったお茶を自分のカップに移そうとしたら手を出して制された。
「気にしなくていいわ。そちらにしてちょうだい。」
そちらと言いながら、ポットを指さしてメレディス先生の隣にその長い脚を組んで座り込んだ。
先生がそう言うのだからということで出されたマグカップに紅茶を注いでバリエンダール先生に渡した。
「ありがとう。」
受け取ったカップをじっと見た後に紅茶を飲んだ。
「美味しいわ。」
「ありがとうございます。」
以前マクナイト先生が自分が在学しているときからバリエンダール先生がいたと言っていたから、もしや飛び級合格して教師になったのかと思っていた。ところが実際見てみたら、あまりにも変わらなさ過ぎた。過去も未来も、バリエンダール先生は何ひとつとして変わっていない。確かに年齢のわりに若々しいという人もいるけど、先生の場合はそれすら凌駕している。
「あ、そうだ。バリエンダール先生、こいつ未来のここの生徒らしいよ。」
もう少しやんわりと言いたかったのに、まさかのマクナイト先生が簡潔に述べてしまった。
「ふぅん?」
「本棚のとこにいて光ったと思ったら、こいつがいたんだよ。絶対俺がなんかしたって思われっから他の先生に疑われたら先生が良い感じに言ってよ!俺関係ねぇんだから!」
「なら自分で言えばいいじゃないの。」
「そうだけどさ、」
「メレディス。私この子とお話したいの。お茶を飲んでるところ悪いのだけど、少しの間ここから出てもらえるかしら。」
マクナイト先生は肩をすくめてから、ぬるくなっただろう紅茶をぐいっと一気に飲み干して席を立った。
「あっちで本読んでくる。」
そう言って資料室から出て行った。
「あなた何があったの?」
何を考えているのか分からない瞳にじっと見つめられながら、あちらの時代からこちらの時代に来てしまった経緯を話す。その間先生は黙ってこちらをじっと見ていた。伝え終わっても先生は黙っているので、さすがに居心地が悪くなってきた。
「あの、バリエンダール先生?」
「ふぅん。それで、その本ってこれ?」
私の言葉をすっぱり無視して、テーブルに置かれた元凶の本を指差した。
「そうです。」
「なるほどねぇ。」
腕を組み、細長い指でトントンと叩く姿は様になっている。
「この本が作用して、あなたは未来からこの過去の時代に来たのね。僅かな魔力の残滓をあなたと本から感じるわ。」
「じゃあこの本をどうにかしたら戻れるってことですか?」
「無理」
いつものゆったりとしたあの話し方はどこへやら、小気味良いぐらいにすぱっと言い切られた。
「本にはほぼ魔力が残ってないから片道切符だったのよ。だからこの本じゃ無理ね。」
「そんな……」
手がかりと思っていたのに、それでは無理と言われて希望が断たれてしまった。
あちらの世界には私を慈しみ育ててくれた叔父叔母、大切な友だち、そして常に私を気にかけその見た目に反して厳しくも優しく接してくれる先生がいる。そんな人たちにもう会えないなんて考えたくもないし、私が知る人が全くいないこの世界で生きていく自信もない。
悲しみと絶望を覚え目の前が真っ暗になり言葉を失った私に、先生はゆっくりと首を傾けた。
「どうしたの?」
「だって私……帰れないってことですよね……?」
「この本ではね。」
「2度とあの時代には戻れないんだ……。」
「そうは言ってないわよ。」
今さっき自分で無理って言ったじゃないか、と恨むような目で先生を見ると不思議そうにこちらを見ていた。
「だって私が他のものを媒介にして貴方を未来に帰すのだもの。これは使わずにね。」
とんとんと本を指で突きながら事もなさそうにそう言った。
「そんなこと出来るんですか……?」
「他の人は出来ないでしょうね。でも私はできるのよ。帰す魔法を構築するまで数日ってところかしらね、それぐらいこの私でも時間はかかってしまうわ。」
地獄からの天国である。
たった数日待てば、バリエンダール先生がどうにかしてくれて私は帰還できるという。
「あ、ありがとうございます、先生!」




