もう1人の貴方 1
急な浮遊感、続いて落ちる感覚、そして体を強かにぶつけた痛みを感じる。あの光は感じない。おそるおそる目を開くと、図書館だった。今のはなんだったんだろうか。
「……んだよ、今の光。誰か魔法使ったのか?」
聞き覚えのある声がする。さっきの気まずさはなんのそのでその声がする方へ走る。
「マクーー」
「お前がやった?」
そこには綺麗なアッシュブルーの髪の毛をオールバックにして、ピアスが両耳にばちばちついていて、校内なのになぜかサングラスをかけた男の人がいた。
「え?」
色々と聞きたいことがあるけど、たったその一言しか出てこなかった。
眉を顰めていかにも不機嫌そうにしている目の前の人は、薄い色のサングラスをしているためわかるのだが顔のパーツが整っている。そして足も長いしスタイルが良い。学校指定のコートを着ているからここの生徒なんだろう。なぜ彼からマクナイト先生の声がするのか。先生の弟さんとか親戚なのだろうかと思ったけど、確か先生はお姉さんしかいなかったはず。そして親戚がいたら話題になっていただろうからきっと違う。
「俺聞いてんだけど。答えろよ。」
随分乱暴な口調だ。
「いいえ違います。」
同じ学年にはいない。とすると先輩か後輩なんだろうけど、先輩の中でこんなに目立つ人見た記憶がない。心機一転で新しい自分に挑戦してみたのだろうか。あるいは把握していない後輩か。
「今図書館にバリエンダール先生はいないし、俺とお前しかいない。俺はなんもやってねえ。ってなると確実にお前だろ。」
ポケットに手を突っ込みながら上から目線の発言で見下ろすなんて本当に態度が悪い。上から下へと忙しい人だ。
それにしても、なぜここでバリエンダール先生の名前が上がるのか。図書館というとマクナイト先生だし、他の先生方がやってくるイメージもなければ名前が上がるイメージもない。
「私がやったわけではないです。むしろ巻き込まれました。」
目の前の男子がぴくり、と眉を動かした。
「本を手に取ったらいきなり光ったんです。眩しくて目を閉じたら、上から落ちて床にぶつかったみたいな体験するし、なんかよく分かりません。」
さっき打った腕と足がじんじんする。外出血も内出血もしていないからそこまで酷くはなさそうだ。
とりあえず持っていた本を渡す。
奪われるように本を取られるかと思ったけど、意外なことに丁寧な仕草で私から本を受け取るとぱらぱらとめくって中身を確認している。
それにしても。
さっきからこの場所に対して妙な違和感があるのだ。よく来る図書館のはずなのに。ふと、ことの発端の本を抜き取った場所に目をやると、さっきまでの並びと変わっていた。隣にあった本ではなく、違う本が並んでいる。というか、あったはずの本がなくてないはずの本がちらほらと見られる。おかしい。
「おい。」
きょろきょろと見ていたところに声をかけられた。
「光りもしなけりゃ、それらしい細工がされてるわけじゃねえけど。」
細工はどうか分からないけど、確かにさっき光ったのだ。この調子では信じてもらってないみたいだけど。
「まあこの際なんでも良い。教師に何か言われたらお前がちゃんと説明しろよ、絶対俺の名前を出すな、巻き込むな。名前を出したらお前より俺が疑われる。まじで。」
私より疑われるなんて、結構やんちゃな人なのだろう。
「後ろ暗いことはないので当然先生たちにはありのまま話しますけど、そもそも私、貴方の名前知らないです。」
そう言うと、ぽかんとこちらを見ていた。さっきまで散々な態度だっただけにそんな表情も出来るのかと少し驚いた。
「今更ですけど自己紹介が遅れました。2年のステラ・ソロウです。」
先に名乗ったしそっちも名乗れ、と目で語る。正体……というか、マクナイト先生との関係がわかるかもしれない。
「メレディス・マクナイト。1年。」
「んん?」
「あ、思い出した?入学式にテンション上がりすぎて特大シャンパンタワー作ったの。あのあとさ、めっちゃくちゃ怒られたんだよ。シャンパンはまずかったよな。ベタついて最悪だったし、ただのソーダにしときゃ良かった。」
1人う頷きながらしみじみと語る男子を見る。後輩なのにこの態度か。確かにまだシャンパンを飲める歳じゃなかっただろうけどそこじゃない。そもそもタワーを作るのがおかしい。そりゃ先生に目をつけられるに決まっている。
いやいや、そうじゃない。聞き間違いだろうか。
「メレディス・マクナイト?」
「そう。あれこれやってるから、わりと俺の名前知られてると思ったけどそうじゃなかったみたいだな。」
ぼかしてるけど、つまりやんちゃをしまくってるのがわかる。それはさておき、私が知るメレディス・マクナイトなんて1人しかいない。そこで違和感の正体に気付いた。
「ここは過去の世界?」
こいつ何言ってんだ?という目で見られたけど気にしない。
突如光った本、落とされた感覚、前と違う本棚、そして1年生のメレディス・マクナイト。何らかの理由で魔法が作動して、私はマクナイト先生が学生の時代の図書館に落ちたのだろう。と考えるとしっくりくる。
という私の推測を伝えたけど、一応の配慮として未来のマクナイト先生ことは隠しておいた。過去の先生に未来の先生の話をしてどうかるか分からないから用心すべきだ。
「なるほど。お前は未来のここの生徒で、未来の図書館からこの過去の図書館に落ちた、と。」
「だと思う。」
あちらではマクナイト先生は私よりも年上だったけど、過去とはいえここでは私が先輩なのだからくだけた話し方をすることにした。そもそもこの人がそういう話し方をしているし、私だけが丁寧な言葉遣いにする必要はない。
過去の先生は私から受け取った本をじっと見ていた。
「そういう魔法って通常、ましてやこの学校では特に使えねえはずなんだけどな。」
確かに。時間移動の魔法を研究した人は今までに たくさん いたけど、成功したという話は聞こえない。知らないだけで本当はいるのかもしれないけど、公には誰もいない。そして当たり前だけど、この学校は先生の許可が下りないかぎり魔法は禁止だ。それに魔法と言っても大掛かりなものは使用できない。そのため時間移動なんてとてもではないけど考えられない事態なのだ。
「バリエンダール先生なら今回のあれこれをどうにかしてくれるんだと思うんだよなあ。」
ここでの教師というか学校事情はわからないので、マクナイト先生の言葉を信じるしかなかった。
「バリエンダール先生はいつここに来るの?」
「さあ。多分日暮前には来るんじゃねえの。それより俺喉乾いたし腹減ったんだけど、お前は?」
いきなり話が変わった。
お腹は空いてないけど言われてみれば喉は乾いていると伝えると、じゃあ何か飲もうと言われて連れて行かれた先は資料室だった。中に入るとびっくりで、本やら何かの機材やら小包やらが溢れかえっていた。辛うじて懐かしのテーブルとソファが見える。その上にも本が置かれていたので、とりあえずまとめて端に寄せた。
「なんか、すっごい部屋だね。」
「バリエンダール先生って片付けるの苦手だし、何がどこにあったか忘れるんだよ。で、新しく買うと。そういう繰り返しだからほら。」
そう言って手近にあった箱から真新しいビーカーを取り出した。
「こういう器具も新品で眠ってるってわけ。」
箱にビーカーを戻した後で、奥の机の上に備え付けられた戸棚を漁り始めた。
「お。あったあった。」
ぽいぽいと何かを発掘して腕に抱えてやってくるとテーブルにばさばさと置く。それはクッキーやドライフルーツなど日持ちするお菓子だった。
「これ勝手に食べて良いの?」
「良いんだよ。俺よくもらうんだ。」
なるほど、だから妙に詳しいのか。
「あと飲み物か。」
保冷ストッカーを開けると水が入ったピッチャーが用意されていたようで、これも何も迷うことなく取り出してきた。ついでにグラスも。
意外にもマクナイト先生はグラスに水を注ぎ差し出してくれたので、ありがたくいただいた。その後自分の水を用意して一気に飲み干した。
「ここはバリエンダール先生が管理してるの?」
「そう。あの先生図書館の管理者だから、この資料室はもはやバリエンダール先生の部屋だし、こんなんになってる。だから自分が食べる用の日持ちする食いもんは常に用意されてんだよ。」
クッキーの入っている缶の蓋をぱかりと開けてつまみ始めた。
「お前の時代にバリエンダール先生っている?」
「いる。でもここの管理者じゃなくなってるよ。」
「へー。」
そこまで興味がなかったらしく、今度はドライフルーツが入った瓶の蓋を開けて食べていた。乾燥させたことでフレッシュさがなくなり、ほんのりとしか香りが漂ってこない。そういえば前にマクナイト先生にもらった昼食のフルーツ美味しかったなとぼんやりと考えた。
ふと目線の先にある昔のマクナイト先生の机に興味がわいたので見て良いのか聞くと、許可をもらえたのでソファを立ち、座っている過去のマクナイト先生の横を通り過ぎて机の前に立った。
いままでまじまじと見たことがなかったけど、ここの机は相当な雑然ぶりだと言いたい。本は積み上がってるし、紙は縦横ぐちゃぐちゃで破れているものやインクがはねているものがある。それだけじゃないガラスの実験道具なども無造作に置かれていて、ちょっとした衝撃で落として割るんじゃないかという疑惑がある。横には先生が紅茶を淹れる時に使うものを収納していた棚があった。お高めな紅茶が入った瓶が雑に置かれていた。あとはマグカップに入れられたスプーン、シュガーポットもあって蓋を開けると真っ白でさらさらなお砂糖が入っていた。都合がいいことにマッチとコンロ、今はまだ真新しいミトンも見つかった。さっき新しいビーカーもあったし、揃うものは全て揃ってる。
「ねえねえ。」
お菓子を食べることをやめて、ソファの背もたれ越しにこっちを見ていたマクナイト先生が「何だよ」と短く返事をした。
「さっきの新品のビーカーって使っても良いかな。」
「良いんじゃね?ビーカーなんてあほほど埋まってるだろうし。」
「さっきのやつ出して出して!」
一瞬面倒くさいと顔で言っていたけど、私に言われた通りに先ほどの箱から真新しいビーカーを取り出してこちらに持って来てくれた。
「何に使うんだよ。」
「紅茶淹れようと思ってね。」
「は?」
ビーカーを受け取り、マクナイト先生と同じようにお湯を沸かした。
「ビーカーを?マジで?」
「大マジ。」
まだ気泡も見えないビーカーを眺めながら答えた。
「未来のこの部屋で何回か紅茶淹れてもらったの。こうやってお湯沸かしてさ。これ新品のビーカーだから、淹れてもいいよなって。」
最初マクナイト先生に紅茶を淹れてもらった時に実験器具のビーカーで沸かすなんて、と思った。隣にいる過去のマクナイト先生もきっと思ってるだろう。過去の人に、過去の私が重なって面白かった。
そう、ここは過去なのだ。つまりここであったことは未来に繋がっていて、こうしたやり取りをあちらのマクナイト先生は覚えているということになる。それを私に言わなかったということは、言えば差しさわりがあったのかもしれない。私は未来から来たことや、バリエンダール先生のこと、こうしてお茶を飲んだことを話してしまったが、それで未来が変わってしまって、私が帰った時に別物になっていたらどうしようと今更ながらに思ってしまった。
「沸騰してっけど。」
マクナイト先生の声にはっとする。随分考え込んでしまって目の前が見えていなかった。ぼこぼこと大きな気泡が生まれ沸騰しているビーカーに気づき、急いで火を止めた。
「ごめん。ありがとう。」
「別に。」
今の段階になってポットを用意してぐつぐつと煮えたぎるお湯を入れて温める。そうしてお湯を捨てて、お高いだろう茶葉を淹れてさらにお湯を入れて蒸らす。そのポッドとカップ、シュガーポットをテーブルに持っていく。テーブルに置かれていたお菓子はすっかり空になっており、その空箱や空き瓶をメレディス先生がゴミ箱にぼんぼん捨てていった。結構な量だったから、今の時代のマクナイト先生はいっぱい食べれる人だったらしい。それが未来ではあんなに小食になってしまうなんて、と考えながら先生が片付けたテーブルにポッドなどなどをセットしてソファに座る。マクナイト先生も目の前のソファに座った。




