年下の彼 4
「エリク・エッカートってステラのこと好きなんじゃね?」
進級してそれなりに期間が過ぎた日、今年度初で私たちのクラスが図書委員の当番となった日だった。
手元の教科書から顔をあげると、真面目な顔をして背を丸めて顎を乗せたビルがこちらを見ていた。
天候不良で不要な本を燃やす作業は無いし、部屋もわりと綺麗だったのでオーケと手分けして掃除なんてあっという間に終わった。そのためマクナイト先生にカウンターの整理を命じられた。それも終わったので、隣に座るオーケのレポートを手伝っていたところ、いきなりビルがやってきて開口一番こんなことを言ったのだ。
「何それ。っていうか、ビルってエリク君の知り合い?」
「妹……ああ、アリシアって言うんだけど知ってるだろ?アリシアがそんなこと言ってたんだよ。」
アリシア。エリク君と同じクラスで、私たちと同じ図書委員の子。あの子がビルの妹だったとは気が付かなかった。
「アリシアのお兄ちゃんってビルなんだね。ぜんっぜん気が付かなかった。」
「俺とアリシアって似てないって言われるから……って話を逸らすなよ。」
逸らすつもりは無かったし、ただの感想を述べただけなのにビルにぶーぶー文句を言われた。
「それでアリシアがさ、エリクがステラのことを何かと話題にするって言ってたんだよ。」
何かとって、そんなに言っているのか。
バイト先にそこそこの頻度で現れるし、学校で顔を合わせればそれなりに話す。会う頻度が高いため話をするのだから、そのネタを友だちに話しているだけなのでは?というとビルが不満げにこちらを見ていた。
「まじでそう思ってんの?オーケどう思う?」
レポートを必死に書いているオーケに話題を振らないであげてほしい。
でもオーケは優しいからレポートを書く手を止めてビルを見上げた。
「俺と話すときもステラの話題がわりと出るんだよね。これってさ、やっぱりさ」
「だろう?オーケ、そうだよな。」
ビルがうんうんと頷いている。
待って、オーケが最後まで言う前にビルが言葉をぶっこんでるし、これ本当に分かり合ってるの?と声を大にして言いたいんだけど。
本当に何なの。
「やっぱりエリク・エッカートってステラのこと好きだよな。」
ビルによる特大級のぶっこみに言葉を失ってしまった。隣のオーケを見ると、何も言わずうんうんと頷いている。
「そう考えるのが妥当だよね。」
「リネハン先輩のことといい、ステラって男心わからなすぎじゃね?それともわざとなの?」
ここでなぜリネハン先輩の話題を出す?今エリク君の話じゃないの。というか男心わからないとかわざととか、悪口言い過ぎじゃない?脇腹ぎっちぎちに握ってやろうか。
色々と考えが巡ったけど、声にも行動にも出していない私は偉いと思う。
そんな私をよそにビルが続ける。
「いや普通に考えてさ、恋愛的に気になりもしない奴の話をする?しなくね?しないだろ。」
「そうだねえ。」
「しかもステラに一緒に帰ろうだのなんだのと懐いてるみたいだし。」
確かに会うたびに一緒に帰ろうと誘われる。ついでに言うなら昼食べているときよく相席される。
「お前のこと、ぜったい、好きだよな。」
「あれ?そういえばステラって、結局リネハン先輩とどうなったの?」
ビルとオーケの話題が全然違う。というよりオーケ、今ここでその話する?
2人同時に返事をできる話じゃないのは本当に止めてほしい。
「あのねオーケ、リネハン先輩と私は恋人でも何でもなくて仲が良いだけなの。それで勘違いされてほんっとうに大変だったんだから。」
「あの先輩、すごく人気だったもんね。俺も好きだったな、憧れの人。」
「私もそう、憧れの人なの。」
何か言いたそうにじーっとこちらを見るビルに視線を送る。もちろん何も言うんじゃない、という圧をかけて。
「で、ビル。」
「あい。」
「そういう話やめて。本当に。」
「あい。」
恋愛のあれこれなんて私たちの年代にとっては良い話題だろう。ただし自分が張本人になるのは嫌だ。
2人に否定したところでとてつもない疲労感が私を襲った。
とここで、マクナイト先生が資料室から出てきた。私たちがわちゃわちゃと騒ぎ過ぎたからだろうか。
「マクナイトせんせー。」
「お前ら騒ぎ過ぎ。とくにバイゴッド。」
そうですよね、すみません。
元はと言えばビルなんだから私悪くないよね。とは思うけど、騒いだのは事実なので大人しく謝っておく。オーケも同様に謝っていた。
「まあ良い。お前たち以外他にいないしな。」
それで良いのか?と思ったけど、先生がそう言うならそう言うことで、と何も言わないことにした。
「ねーねーマクナイトせんせー、後輩くんがステラのこと好きっぽいんですよー。ステラって他学年キラー過ぎません?」
先生との会話で以前匂わせるような話題が出たあの日を思い出す。そんなに昔ではなくて、わりと最近のこと。なのでビルの話題は本当に止めてほしかった。だから余計なことを言う前に「ビル黙って」と言ったけど、黙らせたところでさっきの言葉は取り消せるわけもなく、しっかりと先生の耳に届いていた。
「なんだソロウ、エッカートに告白でもされたの?」
「そんなわけないじゃないですか。」
「だってさ、バイゴッド。」
「うーん……」
ビルは納得していないようだったけど、これ以上追及してくるようなことはなかった。ちなみに他学年キラーとかに関しては誰も何も言わなかった。それで良いのだ、それで。
マクナイト先生の出現によりビルはこれ以上聞けないと判断したのか図書館から出ていき、オーケはレポートにとりかかり、私はそれを補助する運びとなった。
先生はこちらをじっと見ていたけど、その後何も言わずに図書室に戻っていった。
今年こそ魔法科学の赤点を回避すべく資料を図書館から借りていたのでそれを返そうと別棟へ続く渡り廊下を歩いているときだった。
「俺、ステラ先輩のこと好きです。」
エリク君に呼び止められて振り向き一拍を置いたのちにそう言われた。ぽかんとした表情の私と、顔を真っ赤にしたエリク君の間に沈黙が流れた。
そう言えばリネハン先輩から告白の返事を促された時もここだったな。なんだろう、ここは恋愛スポットなのかな、と現実逃避気味に考えてしまった。
「実は一目惚れだったんです。」
続くエリク君の言葉に現実に引き戻された。
「初めて先輩のバイト先に行ったとき、忙しいだろうけど先輩が笑顔でメニューを色々と説明してくれて、それで好きになったんです。」
仕事だからそういう対応をするのは当たり前だったのだけど、エリク君からしてみるとそれは好ましいものだったらしい。
「店にめっちゃ通って。それで入学してみれば先輩がいて、めっちゃくちゃアピールしました。」
凄く懐かれていたのは分かる。
そういうことだと知られたくなくて以前にマクナイト先生が資料室のお茶会で少し匂わせてきたときに濁したり、その気持ちに気付かないふりをしたくて図書館のカウンターでビルやオーケがそんなことを言ったときに否定してきた。
分かっていた。私に会うたびに名前を呼びながらこちらにやってきて、隣にきてにこにこと話してくれるのだから。先輩と後輩というには距離感が近過ぎた。
私をどう思っているかなんて本当は分かっていた。ただ彼の笑顔を曇らせたくなくて、決定打を打ちたくなくて、そのままの関係を保っていた。
「だから先輩、俺と、」
エリク君が口をつぐむ。その理由はすぐに分かった。こちらに向かっている靴音が聞こえたのだ。こっちにやってくる人なんて私が見知っている中で1人しかいない。
「ソロウ……と、エッカート。」
やっぱり。数冊の分厚い本を両手で抱えたマクナイト先生だった。
「委員会は今日ないけど、2人してこんなとこでどうした?ってまあ、それはお前たちの自由だけど……」
妙な雰囲気になってることに気が付いたのか、小さく唸った。
「あー、なんかお邪魔みたいだね。すぐに退散するよ。じゃあね。」
けして足を止めることなく私たちの横を通りすぎ消えていく。その様子を私たち2人は言葉を発することなく眺めていた。
私はだいぶ焦っていた。今の話、いつから聞かれていたのか。先生はどう思ったのだろうか。
「あの、ステラ先輩、その、明日また仕切り直しさせて下さい!」
当たり前と言えば当たり前だけど、エリク君もだいぶ焦ったらしい。
先生の出現により中途半端に終わってしまった何かを仕切り直ししたいと私に言い、返事をする前に真っ赤な顔のエリク君は走って消えてしまった。その後ろ姿が見えなくなるまでただ黙って見ているしかできなかった。
なんでだろう。明日のエリク君を気にしなくてはいけないのに、そんな気持ちになれなかった。
ああそうだ、私は資料を図書館に返さなくてはいけないんだった。今日の期日までに返さなくてはいけない。急いで返す必要がある。その先に先生がいるのなら、今のことについて問いただすこともやぶさかではない。
だから私は図書館に走った。
全力疾走して上がった息を整える。ある程度呼吸が落ち着いたところで図書館の扉を開けた。当たり前のように誰もいない。
先生が資料室にいることは分かっているのだけど、わざわざ資料室に行ってさっきのことを話すなんておかしい。不自然すぎる。
さて図書館に入ったはいいもののどうしようか考え、とりあえず借りていた資料を返すことにした。図書委員の特権で自分で貸し借りの手続きが出来るからありがたい。
カウンターで諸手続きをして元あった場所に戻しながら考えるけど、そもそも何でこんなに焦る必要があるのか。ちょっと前にリネハン先輩とあれやこれやの詳細をマクナイト先生にお話した上で、恋愛相談に乗ってもらっていた。まあ、結局先輩とは何ともならなかったけど。それで考えると、仮に先生がエリク君の告白を聞いていたとしても別に良いじゃないか。後日再度告白されてもエリク君への返事は決まっていて、恋愛相談する必要もない。告白されたんですよね、で終わる話題だ。それだけなのに、先生に話を聞かれて頭が真っ白になって問い質そうとするのか。
ぐるぐると考えがまとまらず疑問だけがただひたすら湧いてくる。
ふと手元を見れば返却しなくてはいけない資料が目に入った。とりあえずこの資料をもとの場所に戻そう。
カウンターを出て、図書館の最奥にある魔法科学の棚に向かい、資料をもともとあった場所に納める。
とここで、少し目線を上の段にずらすと、題名の書かれていない古ぼけた背表紙が目についた。歴史ある色合いというかくたびれ具合なのに、一丁前に金色の箔押しが施されている。
ここにあるということは魔法科学に関するものだろう。ただ何となく興味が湧いたのでその本を取り出し、どんな内容が書いてあるのか見てみようと本を開けた瞬間、眩い光が本から湧き出て、私は目を開けていることが出来ずに勢いよく瞑った。




