年下の彼 3
「そうだわソロウ。ちょっと手伝ってほしいんだけどー。」
了承する前にマクナイト先生によって阻止された。
「委員長の初仕事でーす。」
なるほど、そういうことなら。
というわけで、3人にお断りをした。オーケはいいよいいよと分かっていた反応をし、アリシアは残念そうにしていた。エリク君は見るからにむくれていた。
「マクナイト先生、今じゃないとダメですかー?せっかくなので同じ委員会の先輩と後輩で仲良く帰りたいんですけどー。」
先生に抗議をしているけど、委員長としての仕事って言ってるのだから私しか出来ないことで、しかもこのタイミングで言うのだから今してほしいというのは分かりきっている。
「書類にサインとか色々とやってほしいことがあるんだよ。今日が無理なら明日の放課後になるけど、明日はソロウの都合がつかないだろう?」
都合がつかない、と言いながら先生が私をちらりと見る。
確かに今日はバイトが休みで時間があるけど、明日はバイトを入れているから難しい。そういえばそんなことを購入した教科書を運びながら先生に言っていたっけ。
「そうですね。」
「ということでソロウは居残り。だって居残りに慣れてるもんね。」
「ちょっとマクナイト先生!」
「あー……」
先生の言葉を察したオーケが苦笑いしている。
決して居残りに慣れているわけではない。先生の授業だけがどうしても点が取れなくて補習になるってだけで、他の教科はそんな事態になっていない。魔法科学のみで、他の教科ではまったくない。
「え、どういうことですか?なんかそこだけで分かり合ってる!」
なんて言うエリク君をオーケとアリシアが図書館の外へと連れ出していった。最後まで残っていたのが私たちのグループなので、私と先生の他に誰もいない。とても静かだ。
「さてと。書類は資料室にあるからあっちでやろう。」
今日は授業らしい授業がなかったから図書館に来る人はいないはず。いたら奇跡だ。
ということで資料室で委員長としての初仕事をすることになった。
入ってみればテーブルにそこそこの高さの書類が積まれてあった。
「これですか?」
「そう。よく読んで内容を確認してサインして。たまに他に書くことがあるけど、そこはそれっぽくでよろしく。」
それっぽくだなんて、教師が言って良いことなのだろうか。
「分かんないことあったら聞いて。じゃ、よろしく。」
マクナイト先生はそう言うと、奥にある先生の机で何か作業を始めたので、私も始めることにした。
書類としては、図書委員の役職の記名と、今年の方針や手順の記入、あとはマニュアルを確認して変更がないかなど。どれもこれも相違ない、という委員長の、つまり私のサインが必要だった。
1枚あたりの文字数が少ないので、書類としてはそこそこの量があるけど早く終わった。
そっとペンを置いて、奥に座るマクナイト先生を見る。よほど大事な作業をしているのだろう。いつもの軽口はなく、ずっと静かだった。そのおかげで私の作業は早く終わったのだけど、もしかしたらそういう配慮もあるのかもしれない。
先生が本をめくり、かと思ったら何かの液体やら粉やら草花をビーカーに入れていろんな種類を作り、それらを少しずつ他のビーカーに入れて調合している。その様子を確認しながらペンで記入していく。
そんな先生をじっと見ていた。
「何か分からないところあった?それとも終わった?」
「終わりました」
「わりと前に終わってるでしょ。」
「よく分かりましたね。」
聞けば、ペンの音が止まってだいぶ経つから、とのこと。
「声、かけてよ。」
「マクナイト先生、とても集中して作業してたので。」
「いや気にしなくていいのに。」
体ごとぐるりとこちらを向いた先生が持っていたペンを置いて椅子から腰を上げた。
そういえばこんなやりとりを前にもした。あれはリネハン先輩に告白されて返事を保留していた期間で、その時に魔法科学の再テストを今みたいにこの資料室でここに座ってやっていた。あの時先生は私の目の前に座って難しい本を読んでいた。そして集中しながら読んでいただろうけど、今回みたいに気付いてくれて声をかけてくれた。
こちらにやってきた先生が目の前のソファに座る。あの時と同じように、私の目の前に。
そうして私が書きあげた書類を、そのすらりしているのに骨ばって男性的な指で持ち上げ、内容を確認し始めた。
「完璧。良くできました。」
先生が書類から目をあげてにこり、微笑んだ。
「今年の方針とかよく書けてるよ。えらいえらい。」
ありがとうございますとか、そんな感じのことを言えば良かったのに、こんな笑顔で褒められたことが嬉しくてふわふわした気持ちで先生の言葉を心の中で反芻してしまって言葉が出てこなかった。
「頑張ったご褒美になるか分かんないけど、お茶でも飲んでく?俺もちょうど区切りがいいところまで終わったし。」
先生からの魅力的な提案を断る理由なんてない。はい、と今度はちゃんと返事ができた。
ビーカーを使って先生が紅茶を淹れることにもう慣れた。一応礼儀として最初はストレートで飲もうとしたけど、先生が当たり前のようにお砂糖を用意して「入れないの?」と言ってくれたのでお言葉に甘えてお砂糖を入れて頂いた。
淹れてもらった紅茶は前と変わらずに美味しい。
「委員長って色々と仕事を任されるんですか?」
一息吐いたところで先生に問いかける。先生はうーん、と少し考えた。
「……ほどほどにかな。ほかの委員会ほどじゃないよ。委員長だからって放課後に仕事を任されることはないし。」
それは良かった。バイトの時間削られたりしたら大変だと少し心配していたけど、そんなことはなさそうだ。図書委員として放課後の清掃は年に数回あるけど、それは別に負担じゃない。
「バイトの時間を削りたくないので安心しました。」
「それは良かったよ。まあソロウの場合、赤点取らなきゃもっと放課後の時間を有効活用できると思うんだけど。」
「耳が痛い話なのでやめません?この話。」
はいはい、と笑いながら先生が言う。先生が今言ったことは正しいだけに本当に耳が痛い。今年こそ赤点を回避はしたいものだ。
「ああそう言えば、ソロウってエッカートと仲良いのな。」
エッカート、ああ、エリク君のことか。ついこの間教えてもらったのにすぐに出てこなかった。みんなが彼のことをエリクと呼ぶからだろう。
「エリク君ですか。」
「あー……そうそう。」
先生の妙な間が少し気になったけど、それに触れたりはせずにエリク君の今日までの数日間の言動と行動を思い出す。御用達のお店の店員で見知っているということで子犬のようにじゃれついてくるし、さっきも一緒に帰ろうとごねていた。仲って良いのか?纏わりついてくるに近い気がする。
「どうなんでしょう。私は覚えていないけど、エリク君は私のバイト先に来ていたみたいです。だからこの学園で見知った顔があったから絡んできているみたいですね。」
「あんだけ懐かれたらソロウも嬉しいんじゃないの?」
「嬉しい……?うーん。弟がいたらこんな感じなのかなとは思います。」
「ああ、弟ね。」
そう、弟。私に弟どころかきょうだいなんていないけど、バイト先にくる人や行きゆく人を見たり友だちから聞く限りそれに似ている気がする。
そういえば先生はお姉さんがいると言っていたし、いわゆる弟なんだろうけどエリク君ともビルとも違う気がする。それは先生が先生で、私よりも長く生きているからなのだろう。
「……まあエッカートはソロウを姉として慕ってるわけじゃなさそうなんだよな。」
先生が小さい声でそう呟いたけど、それは聞こえないことにした。それは聞きようによっては不穏な、私の心の安定を壊すような一手に感じる。だからわざわざつつく必要はない。
この話題を変える為に他の話題を振ると先生は普通に乗ってくれたし、エリク君とのことを掘り返したりはしなかった。だから私も安心して美味しい紅茶を味わいながら先生との会話を楽しむことができた。
そうしてそれなりの時間をここで過ごした後に解散となった。先生の仕事の邪魔はしたくないし、お礼を言って帰寮した。




