年上の人 14
先輩の2度目の告白から月日が流れた。
あの時の言葉の通り、今までどおり買い食いしたり一緒に帰ったり、仲の良い友だちとして関係を続けてきた。
そうして月日が流れ、3年生、つまりリネハン先輩が今日卒業する。
卒業式は講堂で行われ、校長先生から言葉を賜り、成績優秀者1名が生徒代表として答辞をする。今年の代表者はもちろんリネハン先輩だった。
全先生方と卒業生のみが出席可能で、在校生は不可能。そのため卒業式の全容を把握してるわけじゃない。
それなのになぜ今日学校にいて、しかもみんな教室の窓に1列にへばりついているかと言うと、
「よーし、先輩たちが出てきたぞ!」
その一言で、私たちは窓の外に向かって色とりどりの花を魔法で咲かせる。誰かの魔法が優しく風を起こして舞い散らせていく。
講堂から出てきた先輩は在校生の魔法によって現れた色とりどりの花のシャワーを浴びて正門までやってくるのがこの学校の習わしだった。
一通り花を降らせると、今度は在校生が卒業生のところまで行き、お祝いやらを述べるというのが卒業式の流れだった。ちなみにその時に告白して振られる人もいればカップル成立することもある。
「よしステラ、俺たちも行くぞー!」
隣にいたビルに腕を掴まれ、全速力で3年生のいる正門に向かう。
「ちょっとビル、どこまで行くの!?」
「そんなの決まってるだろ!」
人波を掻き分け掻き分け、たまに躓きながら走った先には、
「委員長、おめでとうございます!」
我らが図書委員長がいた。そういえば前にリネハン先輩が仲が良いって言ってたっけ。
「お、バイゴッドとソロウ!ありがとうな!」
そういってにっこり笑った先輩は、他の卒業生と同様に卒業する時に着用することができる白地に紺色のツバがついた帽子を被っていた。
「いいんちょー!卒業しないでー!でもおめでたいー!あと卒業帽、すっごく似合っててかっこいいですー!」
「情緒不安定すぎて色々混ざってるよビル。」
そんなビルの気持ちはわかる。なんたって先輩たちは明日からこの学校には来ないし、大人として社会に出てしまう。もう自分たちと同じ学生ではなくなる。色々と込み上げてくる。
「あはは!すっげー泣いてくれるじゃんバイゴッド!ありがとうな。」
背の高い先輩に頭をポンポンとされにっこりと笑われたビル。
「うわぁめっちゃときめいた。好きです!先輩!」
「俺もバイゴッドが大好きだぞ!」
身長差で下からジャンプしたビルに飛びつかれた先輩は、びくともせずに受け止めて笑っていた。
実はこの委員長もけっこうモテる。いつも笑顔だし、とっても前向きな性格だし、パーソナルスペースがかなり狭い上にスキンシップ多めの人なのだ。無意識の人たらし。そりゃ確かにときめくよね、惚れちゃうよね。
ただし当の本人は、在校中彼女を作ることはなかったとさ。
「卒業おめでとうございます。委員会では色々と教えていただいて、お世話になりました。」
「図書委員会、意外と体力勝負で大変だったろ。」
ビルに抱きつかれたままそう言った先輩に深く頷いた。
「最初に先輩が言ってた通りでした。」
「あはは!この1年よく頑張った、ソロウ。あの図書委員をやってこれたんだ、これから先どんな大変なことでも乗り越えられるさ!」
「せ、せんぱーい!」
ビルにしがみつかれている方とは逆の腕を広げられ、感極まってその中に飛び込んだ。
「ソロウ。」
後ろから、この1年間で聞き慣れた声が私を呼ぶ。委員長の腕の中から振り向くと、そこにはリネハン先輩がいた。
先輩が来たことによって、周りがざわめきこっちを見ているのが分かる。ちなみにビルも野次馬よろしくこっちを見ている。リネハン先輩の名前やら告白やらそんな単語が周りから聞こえてくる。ただ大きな声で言うことができないようで、あくまでもひそひそと、だった。
「お、レックスじゃん。なに、ステラに告白しにきたの?」
そんな中でいつもと変わらない調子でそう言ったのが愛すべき鈍感な我らが委員長。
周りが一気にざわめく。となりのビルは自分が言われたわけでもないのに顔が真っ青になって怯えていた。いや、何でビルが?誰もビルのこと気にしてないけど。
「告白しにきたわけじゃないよ。」
それはそう。だって数ヶ月前に告白されて返事だってして、今は良き友になってるし。
「最後に話せたらなって思って。」
「おーそうか!確かにそうだな!」
それで終わらせちゃう委員長、あなたはなんてお人なんだ。良い意味でチョロい。
「リネハン先輩、卒業おめでとうございます。」
とりあえず委員長の腕から離れて先輩に向き合い祝いの言葉を述べる。もちろん、周囲が固唾を飲んでこちらを見ている中で、だ。こんなに人に見られて緊張する中お祝いするなんて初めてだ。さっきのわいわいとした楽しい空気に戻ってきてもらいたいのに周りがそれを許してくれない。
「ありがとうソロウ。君のおかげでこの1年間を本当に楽しく過ごせたよ。色々と困らせたけど、俺に向き合ってくれて本当にありがとう。」
前に噂されたこともあってあまり詳しく話すことは憚られると判断してくれただろう先輩の言葉からは万感の思いが伝わってきた。
「いえ、こちらこそ本当に、」
ありがとうございました。そう言おうとした瞬間にリネハン先輩が私の腕を強く引いて抱きしめる。
周りはきゃーきゃー騒いでいるけど、私はというとぽかんとした表情で黙っていた。急なことで脳みその処理が追いつかないし、何て言えばいいのか分からなかった。
「卒業式くらいは名前で呼んでもらえる?」
周りは大騒ぎで聞こえてないだろうけど、耳元で囁かれた私ははっきりと聞こえた。口を開くより前にいつのまにか近づいていたビルをぶら下げていた図書委員長が私たちをまるごと抱きしめた。
「俺たちも混ぜろよ!みんなでハグだ!」
「きゃー!リネハン先輩とハグしちゃったぁ!」
明るい声の先輩と、黄色い声をあげるビルによって周囲からさっきのきゃっきゃした空気は霧散した。あーはいはい、そういうやつねー、みたいな空気に早変わりだ。
「あはっ!力強すぎだろ!」
リネハン先輩が笑っている。みんな楽しそうでこっちも楽しくて嬉しい気持ちになる。
「レックス先輩。改めて卒業おめでとうございます。」
「うん。ありがとうステラ。」
そうして先輩たちは卒業していった。
◇
卒業生が全員いなくなり、在校生一同で片付けをする。といってもそんなに片付けるものはないため、ほぼほぼお話の時間となっていた。
あとは帰りたい人から帰っていいのだけど、私はなんとなく本棟と別棟を結ぶ渡り廊下にきていた。ぼうっと外の木々が風で揺れるのを見ている。
「風、冷たくないの?」
本棟からやってきたマクナイト先生だった。方向的にこれから図書館の自分の部屋に行くのだろう。
「そこそこ冷たいですけど、大丈夫です。」
「そう。」
いつもは下ろされている前髪はなんとオールバックにされていて、髪の色はいつもよりほんのり青みがかっている。式典仕様なのだろう。
かつかつと靴を鳴らしながら隣に並び、欄干に両肘をつけて静かに景色を眺めるマクナイト先生の横顔を見る。普段と違う先生の雰囲気に妙に色気を感じて大人の人なんだなと思った。
「凄く視線を感じる。」
「凝視してました。マクナイト先生がオールバックなの初めて見ました。大人の男って感じですね。」
「いやもともとソロウたちより大人なのよ。」
呆れたようにマクナイト先生は笑ってた。
年齢としてはそうだろうけど、醸しだす雰囲気の問題なのだ。
「ところで、卒業式はどうだった?」
式だけど私たちは出席ができないから、卒業式というイベントの中の在校生によるお見送りやらお片付けのことを指していることがわかった。
「みんなで一斉に花を降らせるのは圧巻でした。あと普段は関わり合いがなかなか持てない先輩たちと無礼講でお話できることに驚きました。あと告白して成立したカップルもいれば玉砕する人もいたので、泣いてる人を多々見かけました。」
「あれは名物だからね。ソロウは?」
「はい?」
「告白されなかった?」
「ないない。ないですよ、そういうの。」
「まあリネハンがいるんだから告白する奴はいないか。」
なぜかリネハン先輩の名前が出てきた。
リネハン先輩に告白されたり、恋人にはならなかったものの親しい友達となり、今日も話したり流れでハグしたけどそれが関係あるのだろうか。とはいえ今日のハグは卒業式で気持ちが高ぶったせいだし、なんならその後4人でがっちりハグをしている。
「何でリネハン先輩?」
今までを振り返ってもよく分からない。
「だって付き合ってるんでしょ。恋愛相談のときにあいつのこと好きになりたいって言って、前に昼一緒に食べた時は返事は決まってるし変わらないって言ってたし。その後2人が気まずい様子もなく、なんなら仲がいいから。」
まあ確かにあのリネハン先輩と付き合ってる人に告白しようとする猛者はほぼ皆無だろう。それは分かるんだけど。
「マクナイト先生、勘違いです。私とリネハン先輩は付き合ってないです。ふつーに仲が良いお友だち関係です。」
「えっ!」
「え?」
あまりにも驚いたのか、勢いよくこちらを見てきたので視線が交わる。
きっと先生の目には困惑した私が映っている。
「言ってませんでしたっけ?お断りしたんですよ、私。なんやかんや言っても、リネハン先輩はあくまで優しい先輩だったので。だからお返事した後も仲良くしてもらってました。まあ」
色々相談したけど結果報告はしていなかった。それぐらいはすべきだった。
「さっきしっかり抱き合ってなかった?」
「言い方ー。卒業式の雰囲気に呑まれました。でもその後すぐに図書委員長とビルも併せて4人でしっかり肩を組みました。」
「ああ……そういうね。」
私の説明に納得してくれたらしく、こちらから視線を外してまた前を向いてしまった。
「リネハンからしてみればどんな形であれ傍にいられるなら嬉しいってことかな。それは分からなくもない。」
ぽつり、と静かに先生が呟いた言葉が妙に耳に残る。
「それは体験談ですか?」
こちらを見ようとしないマクナイト先生の横顔をじっと見つめる。
それなりの時間無言だったけど、先に耐え切れなくなった先生が苦笑いしながら顔だけこちらに向けた。
「俺だってそれなりに経験はあるよ。さて、俺はそろそろ図書館に行くよ。ソロウは帰るのか?」
予想通り、やっぱり先生は図書館に行くところだった。
それにしても明らかな話題転換だった。先生はプライベートな話題を好まない。だからここまでは言えるけどそれ以上は駄目ということなのだろう。
「先生がお茶を御馳走してくれるなら帰りません。あ、もちろん急ぎの仕事があるなら断っていただいて大丈夫です。」
今日は卒業式のためいつもより帰宅時間が早い。そのためバイトまで時間があるから、図書館で少し課題でもやろうかと思っていたところだった。
「何でお茶を御馳走しないといけないんだよ。てか急ぎじゃないなら御馳走する前提かよ。」
「それは先生のお茶が美味しいからと、ここにいて体が若干冷えたからです。」
「俺さっき冷たくないかどうか聞いたよね。」
「その時は大丈夫だったんです。」
「いや、まあ、そうだろうけど。でも寒い中話してた俺も俺だし……わかったよ。お茶くらい淹れるよ。」
靴を鳴らしながら図書館向かって先生が歩いていく。その歩みの速度は自分1人ではなく、誰かが追いかけて一緒に歩くには丁度良いもので、今の場合誰かというのは私。気遣ってくれている。それが嬉しくて、なぜかこそばゆく感じる。
「ソロウ?」
その場に止まりついていかない私、それを不思議に思ったマクナイト先生が立ち止まってこちらに振り向く。
「一緒に行かないの?」
一緒に行ってくれる。同じ歩幅で歩こうとしてくれている。
マクナイト先生は教える立場にいる人で当たり前だけど私よりも年上の人。一歩先を歩いて導いてくれる人もいるけど、先生は同じ目線でいてくれようとするその姿勢が嬉しい。
「ソロウ?」
「はい!マクナイト先生!」
先生のところまで歩いて行き、肩を並べて歩く。
「俺も寒くなってきた。早くあったかいのが飲みたい。」
「同感です。さあさあ行きましょう!」
「ソロウあのね……いや、いいや。」
寒い寒い言いながら走るわけでも急ぎ足になるわけでもなく、私と先生、2人で肩を並べて歩いて行った。




