年上の人 13
なんやかんやして帰りの時間。このままリネハン先輩を待たせるのも悪いし、どうにかして先輩に会っておきたいな、と思って教室を出ると他学年の先生に資料を別棟の図書館に持っていってほしいと頼まれた。用事があれば大丈夫と言われたけど、バイトも用事もないので了承すると、詫びながら慌ててもと来た道を戻っていった。忙しくて別棟という僻地まで行けないから生徒に頼んだのだろう。
とりあえず鞄を持ち直して資料を持つ。渡されたのはわりと分厚い本を5冊ほどで、そこそこの重さがあったが持てないほどではない。
のんびりと慣れた道を歩き、渡り廊下に差しかかったところで後ろから走ってくる足音が聞こえる。そして誰かに肩を叩かれて、振り返る。
「リネハン先輩?」
「やあソロウ。」
少し息を切らせたリネハン先輩だった。
「なぜここに?」
「ソロウが見えたからね。」
だから急いで追いかけてきた、と深く息を吸って呼吸を整えたのちに答えてくれた。そうして私の両腕に抱えられた本を見る。
「ここにいるってことは図書委員の仕事?」
「ではないです。さっき先生にこの本を図書館に持っていってほしいと頼まれたので行くところなんです。」
「俺も手伝うよ。」
いいえ、と言う前に本を全てかっさらわれ、その代わりにリネハン先輩の鞄を渡された。
「交換ってことで。」
何も交換になってない。むしろ先輩の方が大変なのだけど、このやりとりも慣れたものなので鞄を受け取り先輩の好意も素直に受け取ることにした。
「ソロウが今ここにいるってことはバイトは休みなのかな。」
「はい。先輩もですか?」
「そうだよ。今日から親戚一家が小旅行に行くから、その間休みなんだよ。」
ということは、リネハン先輩にとって貴重な連休になるんだな、とぼんやり考えながら隣を歩く。この後一緒に帰ろうと言われたので、ぼんやりしてた脳が覚醒して了承の旨を伝えた。
リネハン先輩は話題豊富で、会話が途切れることなく続けてくれる。自分の話したいことを話すマシンガントークではなくて、ちゃんと話題を提供した上でこちらの返答を聞いてくれるし、こっちの話題にも乗ってくれる。遅くもなく早くもなく、穏やかな時間が流れる。それが心地よい。
ゆっくり歩いていたけど楽しく話しながらだったので、あっという間に図書館についていた。
私が扉を開けて、先に先輩に入ってもらってから扉を閉める。
生徒は誰もいない。当たり前だけど、カウンターにマクナイト先生がいるわけもない。自分の部屋にこもっているのだろう。
「マクナイト先生呼んできますね。重いので、本はカウンターに置いてて下さい。」
言われた通りに先輩は本を置くと、すぐに私から鞄を受け取った。
急いで資料室と書かれたプレートが上に貼り付けられている先生の部屋の扉をノックすると、誰何する声が聞こえた。
「ソロウです。」
「入ってー。」
中に入るような用事でもないので、扉を開けて覗き込む。
「ここに資料を返すように頼まれたので持ってきたんですけど、お願いできますか?」
「資料……ああ、あれね。今行くよ。」
頼まれたときに詳細を聞いていないため、先生にどうしてほしいかなど詳しく説明ができない。何だっけと言われなくて安心した。
「重かったんじゃないの?」
「リネハン先輩が持ってくれました。先輩は重かったと思います。」
「リネハン?」
2人で出ると、カウンターに置かれている積み上げられた分厚い本とこちらに向かってニコニコと手を振るリネハン先輩が見えた。
「なるほどね。」
マクナイト先生はそう言うと、カウンターの内側に入っていき本を1冊ずつ確認していく。中をパラパラとめくって何かをさらっと確認したようだった。
「はい確かに。明日先生に受け取ったこと伝えとくよ。ありがとう。」
「私は殆どやってないので……。リネハン先輩、ありがとうございました。」
「いやいや、ソロウが引き受けたことだし、俺のことは気にしないで。」
「お互い謙虚だね。まあいいや、ほら帰りな。」
任務完了。私とリネハン先輩はマクナイト先生に挨拶して図書館を後にした。
「なるほどねぇ。」
私たちを見ながら先生が呟いた言葉はあまりにも小さく、私たちに届くことはなかった。
◇
「あの後俺たちも何か手伝わされるかと思ったけど、マクナイト先生がしてくれるみたいで良かったね。」
リネハン先輩の言葉に同意見。委員会もバイトもないせっかくの放課後なのに本を持っていくという頼まれごとは引き受けたのだし、これ以上任務を与えられたのではたまったものではない。とはいえ私が遂行したわけではなく、先輩が肩替わりしてくれたから声を大にして言うことははばかられる。
「マクナイト先生ってさ、」
ふいに先生の話題が出てなぜか勢いよく横にいる先輩を見てしまった。その勢いにリネハン先輩もさすがに驚いたようで小さく「うわっ」と言っていた。
一緒に昼食を食べたからだろうか。恋愛相談をしたからか、委員会で会うからか、その後お茶をごちそうになったからだろうか。他の先生、不本意だけどビルみたいに仲の良い友人よりも接する機会が多い人の話題が出たからだろうか。
「いやー食いつきいいね。」
「……自分でも思ったより反応して驚きました。」
「俺としては面白かったよ。やっぱ苦手教科だったり補習の先生だから?」
苦手教科だったり補習の先生だから。だから過剰な反応しちゃった?
こんな言葉が含まれているんだろうな、と何となく察せられた。
「それは……」
そうじゃない。
私はさっきまでも今までもそんなこと1度も、頭の片隅に少しでも思ったことはなかった。
だから先輩の言葉に納得ができない。かと言ってここで声を荒げたりふてくされて「違う」ということこそ違うのがわかる。それは先輩に失礼だ。
「いえいえ違います。本当に、なんか自分でもびっくりするぐらい勢いついちゃって。なんでこんなになったのか。」
とってつけた笑いをしながら、うわっ面の言葉を並べる自分にもやもやしちゃう。
そんな私を不審に思ったのか、リネハン先輩がぴたり、と足を止めた。
「先輩?」
私も足を止めて、先輩を見つめる。静かに沈黙が私たちの間に流れた。
話しながら歩いていて、今は別棟と本棟を繋ぐ渡り廊下にいた。今日は少し風が強い。かさかさと葉が触れる音がする。
周りは時と音が流れているのに、私とリネハン先輩の間だけそれらは流れていない。この重い空気に、私は嫌でも理解してしまった。
「あのさ、そろそろ1ヶ月だよね?返事を聞かせてくれないかな?」
私に返答するかどうかが選べる疑問のように思えて、そんなことはない。私がどう返答するか、それだけが求められた疑問だった。
「今までなかなか勇気が出せなくて。でも今日、このタイミングならって思ってさ。」
確かにここならびっくりするほど人が通らない。私を手伝ってくれたのは、純粋な気持ちと言い方が悪いけど下心があってのことだったのか。でも悪い気はしない。先輩も年相応の人だというのが再確認できただけ。
お昼にマクナイト先生とその話をした。それが今日、この時だった。
「改めて。ステラ・ソロウさん。俺と付き合って下さい。」
初めてフルネーム、というかファーストネームを呼ばれた。
リネハン先輩は真っ赤な顔でこちらを見ている。告白するのは勇気がいるだろうに、こうしてもう1度告白してくれた。そんな先輩に敬意を表して私は答える。
「リネハン先輩、私を好きになってくれてありがとうございます。」
「うん。」
「もともと憧れの先輩だったんです。実際会って話してみて遊んだりして、噂通り優しいし面倒見が良いし頼りになる人なんだなって思いました。もっと先輩のこと知りたいなって思ってます。」
私の言葉を聞き漏らすまいとただ静かに聞いてくれている。相槌を挟む事なく、本当に静かに。
そうして、私は答えを述べる。
「でも知りたいのは、憧れの先輩からやっと仲良くなった友だちのことを知りたいって気持ちなんです。それは友情で、恋人同士が交わす愛情じゃない。だから先輩、ごめんなさい。」
2人とも口を閉ざしているので、沈黙が支配する。
先に口を開いたのは、ずっと静かに私の話を聞いていた先輩だった。
「ソロウは即答しなくて結局1ヶ月考えてくれたってことだよね。少しは迷ってくれたのかな。」
「……。」
「もしそうなら、俺のことを普通の友だちよりは好きなんだと思いたい。だから付き合ってから恋人として好きになってもらえたら嬉しい。だめ、かな。」
先輩が言ったことは、私も考えていたことだった。先輩は絶対に私を大切にしてくれる。
1ヶ月前に告白されたときに私は即答できずに先延ばしした。それが全ての答えだ。今はそうじゃないけど後で好きになるかもしれないという相談をあの時にできなかった時点で、先輩は先輩のままなのだ。
「その選択肢はないです。私にとっての先輩は、やっぱり頼りになる優しい先輩のままなんです。」
「そっか……」
ちょっと前まで私も先輩と似たようなことを考えてたのにどの口が言うのかと思うけど、ちゃんと考えた。そうしたら答えは決まっていた。
「諦め悪いよね、俺。」
困ったように先輩は笑っていた。
「なんとなく分かってたんだ。だから1ヶ月がんばったんだけどなあ。」
そう言えば、1ヶ月前頑張ると言っていた。それに何となく分かってたと言うことは、先輩は私の気持ちがないことを知っていて好きになってもらうように頑張っていた、そういうことなのだろうか。
「ちょこっと頑張っただけじゃダメだったな。」
どんな言葉をかけていいかわからずに私は口を閉ざしたままでいた。
「俺と仲良い奴が図書委員でさ、よくソロウと話しているの見てたんだよ。その時に声が可愛いなとかよく笑うな、とかそんな感じでわりとすぐに好きになったんだよね。でもなかなか声かける勇気がでなくてさ、だからあの橋でソロウ見たときはこれはチャンスだって思った。知ってるくせにフルネーム聞いちゃったりしてさ。一緒に帰れて緊張したけどすっごく嬉しかった。次の日も会えて一緒に帰れてさ、本当に嬉しかったんだ。その後はソロウに会いに行ったり遊ぶ約束取りつけて、やっぱり緊張したけど楽しかった。」
先輩がこういう風に自分の気持ちだけを語る場面を見たのは初めてで驚いたし、その内容は私に対するものでさらに驚いた。こんな風に思っていたのか、あの校内で最もモテる先輩が。
「ソロウは知らなかったかもしれないけどさ、そういう風に頑張れちゃうくらい好きなんだよね。振られたんだけどさ、こういう気持ちがあったってことをソロウには覚えててほしくてさ。」
勝手な話だけど、と言った先輩に私は言葉を返す代わりに首を振った。
先輩が頑張ったその行動は今の私には出来ないことで、出来ないことをできる人は尊敬できる。そして私に向けられた気持ちからくる行動なのだから、忘れずに覚えていようと思う。
「何回も言うけど俺諦め悪くてさ、ソロウと距離が開くのが嫌なんだ。だから友だちとして仲良くしてもらえる?」
「もちろん。これからも友だちとして仲良くして下さい。」
そうしてお互い精一杯の笑顔で握手をした。
何だかんだと理由をつけてるけど、私を友だちとして居させてくれる先輩は、私にとってはどこまでいっても優しい先輩なのだと思い知らされた。




