第3話退職届の代わりに、寿命の請求を
午前9時。
『帝国システム開発』のオフィスは、いつも通りのどんよりとした空気に包まれていた。
「おい佐藤!どこ行ってたんだお前!」
入社3年目のチーフ、大河原が、入ってきた俺の姿を見るなり怒鳴り散らす。
周囲の社員は、関わり合いたくないとばかりに目を逸らした。
「電話にも出ないで、バックレるつもりか? 昨日の資料はどうした!」
大河原の顔が怒りで赤黒く染まる。
昨夜、死にかけていた俺を心配する言葉は、1ミリもない。
俺は無言で、自分のデスクへ歩いた。
カバンから、1枚の白い封筒を取り出す。
「……退職届です。今日で辞めます」
「はあ!? なめとんのか!」
大河原が俺のデスクを強く叩いた。
「今のお前が変わりのきかない時期だって分かってんのか? 途中で投げる奴なんて、どこに行っても通用しないぞ!」
いつもの脅し文句。いつもなら、これで胃が痛くなっていた。
だが今の俺には、響かない。
むしろ、大河原の怒鳴り声が、ひどく滑稽に聞こえた。
「通用するかどうかは、俺が決めることなので」
「調子に乗るなよ、小僧が!」
大河原が俺の胸ぐらを掴もうと、手を伸ばしてくる。
その手が、俺の肩に触れた。
――その瞬間、俺の意思とは関係なく、『時間搾取』の防衛本能がピクリと動く。
ほんの一瞬。0.1秒だけ、回路を開いた。
「あ……?」
大河原の手が、ピタッと止まる。
彼の手の甲の皮膚が、一瞬でカサカサに乾き、シミが浮かび上がった。
「う、あ、熱っ……!?」
大河原が悲鳴を上げて手を引っ込める。
「何だこれ、何したお前!?」
彼は自分の手を見つめてガタガタと震え出した。ほんの一瞬触れただけなのに、大河原の右手は、まるで70代の老人のようにシワだらけになっていた。
「何って、何も。ただ、ちょっと『お返し』しただけです」
俺は冷めた目で大河原を見下ろす。
奪ったのは、ほんの3年分だ。俺がこの会社で、こいつに精神と肉体を削られた時間。その分の寿命を、そのまま本人に返還(回収)してやっただけだ。
「ひっ……!」
大河原が恐怖で尻餅をつく。
オフィスが静まり返る中、俺は自分の荷物をまとめた。
「お世話になりました」
誰一人声をかけてこない。
怯える元同僚たちと、床を這い回る大河原を背に、俺はオフィスの自動ドアをくぐった。
外の空気は、驚くほど美味かった。
ポケットの中には、昨夜手に入れた巨大な魔石がある。
「さて、まずはこれを金に変えるか」
現代社会のルールから外れた俺の、本当の『無双』が、ここから始まる―
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