第28話「お前たちに割く時間は、1秒もない」
「佐藤社長、こちらが先ほどエントランスで騒いでいた根津と大河原の、警察への引き渡し完了の報告書です」
新しく雇った秘書の四ノ宮が、ヒールを小さく響かせて社長室に入ってきた。
彼女は有名大企業の役員秘書を歴任してきた超エリートだが、今の俺の地位と力に心酔し、影のように付き従っている。
俺はふかふかの革張りソファに深く腰掛け、岩崎財閥の総帥から贈られた年代物の最高級ワインをグラスで転がした。
「そうか。四ノ宮、あいつら最後に何か言ってたか?」
「はい。『誠くんに会わせてくれ』『頼むから借金を帳消しにしてくれ』と、見苦しく泣き叫んでおりました。警察官に引きずられていく際も、床に爪を立てて抵抗していたそうです」
「ハッ、無様だな。あれだけ威張り散らして、他人の命を削り取っていた奴らの末路がこれか」
グラスのワインを一口含む。極上の甘みが口いっぱいに広がった。
かつては、あの二人の怒鳴り声一つで、俺の心臓は雑巾のように絞られ、毎晩のように不眠症に悩まされていたのだ。時給数百円のために、胃に穴が空くようなストレスに耐えていた。
だが、今の俺から見れば、彼らはただの「哀れなモブ」に過ぎない。復讐する気すら起きないほど、存在が小さくなりすぎていた。
「もうあいつらの話はしなくていい。俺の視界にも、耳にも入れるな。時間がもったいない」
「かしこまりました。以後、あの二人の名前は我が社においてタブーといたします。……それから、本日も海外から、佐藤社長に『寿命の取引』を求める緊急の要請が、専用回線へ数百件ほど殺到しております」
四ノ宮は手元のタブレットを操作し、ホログラムの画面を俺の目の前に展開した。
そこには、世界を動かす超大国のトップや、中東の石油王、歴史あるヨーロッパの貴族たちの名前が、必死の懇願文と共にずらりと並んでいた。
「中東のアル・シャラフ国王からは、『国家予算の半分、およそ三十兆円を今すぐ支払うので、私の身体を10年分若返らせてほしい』とのことでございます。すでにプライベートジェットに金の延べ棒を積んで、日本への着陸許可を待っている状態ですが……どうなさいますか?」
「三十兆円ねえ。大金だけど、今の俺にはただの数字だな。断れ」
「却下、でよろしいですね? では、こちらの『アメリカの軍事企業が、最新のステルス戦闘機の利権をすべて佐藤社長個人に譲渡する代わりに、末期癌のCEOの時間を巻き戻してほしい』という件は?」
「それも断れ。戦闘機なんて貰っても、俺が飛んだ方が早いしな」
俺はソファの背もたれに頭を預け、天井の豪華なシャンデリアを見上げた。
世界中の権力者たちが、俺の気まぐれな「1秒」を買い求めたくて、札束を叩きつけ合って土下座している。この圧倒的な優越感。現代社会のピラミッドの頂点に、俺は間違いなく君臨していた。
「四ノ宮、世界中の奴らに公式声明を出しておけ。俺は慈善事業家じゃない。お前たちの汚い利権やお金に、俺の大切なプライベートを邪魔されたくないんだってな」
「分かりました。そのように通達いたします。……彼らは絶望するでしょうね」
「絶望すればいいさ。お前たちに割く時間は、俺には1秒もないんだよ」
俺はグラスをテーブルに置き、窓の外の景色へと目を向けた。
青く澄み渡る東京の空。
あの世界を滅ぼすはずだった深淵の脅威は去り、街は何事もなかったかのように平和な日常を取り戻している。
だが、俺の身体の奥にある『時間搾取』の力は、あのラスボスである巨神を喰らったことで、現代社会のルールを掌握するだけでは飽き足らなくなっていた。
――さらなる躍進が始まる。
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